吝嗇りんしょく)” の例文
そのために、吝嗇りんしょくな客ほど彼をひいきにする、といわれていた。この、客と船頭との微妙な因果関係については、こういう例がある。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
強欲、残忍、吝嗇りんしょく佞奸ねいかん、あらゆる悪評を冷視して一代に蓄えてきた金銀財宝、倉につる財貨は、いったいどうなったことやらと?
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
説いたが春琴も道修町どしょうまちの町家の生れであるどうしてその辺にぬかりがあろうや極端に奢侈しゃしを好む一面極端に吝嗇りんしょく慾張よくばりであった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
与えられるものを、黙って着ている。また私は、どういうものだか、自分の衣服や、シャツや下駄げたに於いては極端に吝嗇りんしょくである。
服装に就いて (新字新仮名) / 太宰治(著)
コスモはもうたとえようのない嬉しさであった。たいていの人間は秘密な宝をかくし持っているものである。吝嗇りんしょくの人間は金をかくしている。
そのために、人々はみんな左内のふるまいを、奇怪なこととあやしんで、あれは吝嗇りんしょくで根性いやしい無風流者だと、爪はじきをして憎んだ。
そして彼はまんまと目的を達した。ロドルフは吝嗇りんしょくにもかかわらず、クリストフと同様に、エルンストからだまし取られていた。
平生人には吝嗇りんしょくと言われるほどの、倹約な生活をしていて、衣類は自分が役目のために着るもののほか、寝巻しかこしらえぬくらいにしている。
高瀬舟 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一つフロックコートで患者かんじゃけ、食事しょくじもし、きゃくにもく。しかしそれはかれ吝嗇りんしょくなるのではなく、扮装なりなどにはまった無頓着むとんじゃくなのにるのである。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
六白に生まるる人は、愛敬あいきょううすく、親戚、朋輩の交わり絶ち、かつ吝嗇りんしょくの心あるがゆえに、人にうとまるるなり。もっとも、その性質朴なるものなり。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
父親は娘の前途をのろっただけで、行方ゆくえを捜索しようともしなかった。家の中はいよいよ落莫らくばくたるものになった。主人の吝嗇りんしょくはますます露骨になってきた。
倹約は吝嗇りんしょくに傾きやすく文華は淫肆いんしに陥りやすく尚武はとかくおかまをねらひたがるなり。尚武の人は言ふおかまは武士道の弊の一端なり。白璧はくへき微瑕びかなり。
猥褻独問答 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
男女教員の風儀だとか吝嗇りんしょくとか不勤勉ということが村人の眼にあまるのである。ところがそういう村人は森の小獣と同じように野合やごうにふけっているのである。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
鼠は好んで人の物を盗みかくす。西鶴の『胸算用むねさんよう』一に、吝嗇りんしょくな隠居婆が、妹に貰いし年玉金を失い歎くに、家内の者ども疑わるる事の迷惑と諸神に祈誓する。
アリストテレースはすべて徳は中庸にあるとなし、たとえば勇気は粗暴と怯弱きょうじゃくとの中庸で、節倹は吝嗇りんしょくと浪費との中庸であるといった。能く子思ししの考に似ている。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
そうして彼ら夫婦はきわめて冷やかな極めて吝嗇りんしょくな人達です。だから来た当座僕は空腹に堪えかねて、三日に一遍ぐらい姉のうちへ帰って飯を食わして貰いました。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし、この頑固さを、世間でいうように、強欲とか吝嗇りんしょくとかに片づけてしまうのは当らないと思った。
吉良上野の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
吝嗇りんしょくな人間が生前に隠して置いた財物ざいもつの附近に、夜中徘徊するというのもやはりこのわけです。この人たちは自分の黄金こがねに対して厳重な見張りをしているのです。
吝嗇りんしょくなその家ではそうした残り肴をとられても口ぎたなくののしられるので、お菊は驚いて猫を追いのけようとした。そのはずみに手にしていた皿が落ちてれてしまった。
皿屋敷 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
従来親戚の間の評判のよくない私、妄想や、誤解や、曲解や、悪意や、敵意から、偏屈、一刻、怠惰、吝嗇りんしょく貪慾どんよく、等、等、勝手放題な悪名をばらまかれた私である。
結婚 (新字新仮名) / 中勘助(著)
第三に吝嗇りんしょくそしりさえ招いだ彼の節倹のおかげだった。彼ははっきりと覚えている——大溝おおどぶに面した貸本屋を、人の好い貸本屋の婆さんを、婆さんの内職にする花簪はなかんざしを。
吝嗇りんしょくの、貪欲どんよくの、冷淡の、悪意の、残忍の、勝利の、歓喜の、極端な恐怖の、強烈な——無上の絶望の、広大な精神力の諸観念が、雑然とかつ逆説的に湧き上ったのである。
群集の人 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
してみれば、今安次を勘次の家へ、株内と云う口実で連れていったとしたならば? 勘次の母の吝嗇りんしょく加減を知っていればそれだけ、秋三には彼女の狼狽うろたえる様子が眼に見えた。
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
なんでも大変吝嗇りんしょくな武士で金銭ばかり数えている者で人にあざけられていたが、ある事変が起って、人を助けなければならない時、日頃愛する金銭を、すこしもかえりみなかったので
そして、芯だけになったのに、吝嗇りんしょくなラザレフがともしたとすると、芯の下方が燃えることになるから、下の蝋が熔けるにつれて、横倒しに押し流され炎が直立しなくなってしまうぜ。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
狡猾こうかつで、吝嗇りんしょくで、不潔で、ほとんど始末の付かない者のように認められているらしいが、必ずしもそんな人間ばかりで無いと云うことを、私の実験によって語りたいと思うのである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
手強てごわく意見をするお皆を裸にして放り出したのは今から十年前、お皆は人知れず娘のお浜と往来ゆききして、夫の心の解けるのを待ちましたが、多の市の非道と吝嗇りんしょくは年とともに募るばかり
吝嗇りんしょくな男が自分の宝と置き換えられた石をながめている時でも、詩人がたましいをこめた、ただひとつの原稿を何かのために火にこうとしている時でも、この時における彼女ほどには
吝嗇りんしょく・貪慾ないしは幸運によって、一門の旧家であるがごとく反りかえって歩くと、後ろ指をさす者などもあったか知らぬが、実は今日のごとく経済上の異動の激烈でない時代においては
家の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ソノ金ヲ皆ンナ遣ッテ仕舞ッタガ二月バカリデ知ッテ、兄ガ吝嗇りんしょく故ニ大層ニオコッタカラ、トウトウドコマデモ知ラヌ顔デシマッタガ蔵宿デハイロイロセンサクヲシタガ、知レズニシマッタ
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして生活ぶりは極度に吝嗇りんしょくを極めて人との交際を嫌厭けんえんしておりますから、近隣のものでこの男と往来ゆききしているのはほとんどありませんし、また当人がこれだけの財を持っているということを
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
すべての美点は欠点のうちに投げ込まれるものだ。倹約は吝嗇りんしょくに近く、寛大は浪費に接し、勇気はからいばりに隣する。きわめて敬虔けいけんなことを云々うんぬんする者は、多少迷信的な言葉を発するものだ。
彼女はいったい身嗜みだしなみに金を懸ける方であったのに、板倉とああ云う仲になってからは貯金の必要を感じ出すと共に吝嗇りんしょくになり
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
日常のごく些細ささいなことで、女の信乃が恥かしくなるほどこまかく、倹約というより寧ろ吝嗇りんしょくにちかいところが少くなかった。
めおと蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこが学者であるということになっていた。近所での黄村の評判はあまりよくなかった。極端に吝嗇りんしょくであるとされていた。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
なぜだろう、なぜだろうと云ううちに、いつかあれは吝嗇りんしょくなのだということにまってしまったそうだ。僕は書生の時から知っていたが、吝嗇ではなかった。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
吝嗇りんしょく一方にて金をたくわえ、公共慈善等には一銭も出金せぬものに対し、他よりその行為を擯斥ひんせきして、かの家は犬神の系統である、人狐の住家すみかであると称し
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
あたかも一握りの黄金を握りしめてる吝嗇りんしょく家のように、戦々兢々きょうきょうとして自分だけを守ってる愛情だった。
吝嗇りんしょくのためにするように考えられては、藤吉郎という、この家のあるじさわりになる。そうした向きで用のない商人には、せいぜいなんぞ他の物を買うてとらすがよい」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は浪費家であるけれども、根は吝嗇りんしょくで、つまりキンケン力行りっこうの世人よりもお金を惜しみ物を惜しむ人間の執念を恵まれているのだが、守銭奴しゅせんどの執念をもちながら浪費家だ。
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
また悪事を行なう欲ふかで吝嗇りんしょくな人が、そのために富み栄えるばかりか、長寿まで保ってその終りをまっとうするということについては、私なりの異なった見解があるのです。
なお言い換えると、描写された性格が一字もしくは二三字の記号につづまってしまう。勇気のある人、親切な人、吝嗇りんしょくな人と云った風に簡単になる、すなわち覚えやすくなる。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
文次郎とお菊は、もとより継母の深い心も知らず、ただもうお嘉代の世にもまれなる吝嗇りんしょくに愛想を尽かし、日頃心ひそかにうらんで、しばらく江戸から姿を隠そうと、相談しているのでした。
姉も同じく、配給所の前に立並ぶ女達の中には少くとも五、六人は似た顔立を見るような奥さんである。ヒステリックでもなく、と云って、さほど野呂間のろまにも見えず華美はで好きでも吝嗇りんしょくでもない。
或夜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ええ、内匠頭の短慮と吝嗇りんしょくはよく知っていますが、殿中で切りつけるには、よくよく堪忍のできぬことがあってのことだろうというので、やはり同情されています。梶川の評判はよくないようです。
吉良上野の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
例の格式更新の願いが彼の吝嗇りんしょくから出たというのである。奉行職になれない不満だろう、とか。格式よりも金のほうが大事なんだろう、とか。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
けれども、あまり学校へは行かなかった。からだが弱いのである。これは、ほんものの病人である。おどろくほど、美しい顔をしていた。吝嗇りんしょくである。
愛と美について (新字新仮名) / 太宰治(著)
あわてて言いだした——(彼は根は悪い男ではなかった。吝嗇りんしょくと見栄とが彼のうちで争っていた。クリストフに恵んでやりたくはあったが、なるべく安価に済ましたかった。)
いったい信長には、その豪放と派手気に似合わず、本性は吝嗇りんしょくなのだという評がよく世間にかれていた。また実際、その例ともいえるようなことを挙げればいくらでもあった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女主人お米の徹底した吝嗇りんしょく振りはさすがに和助の口から言い兼ねた様子です。