口惜くちおし)” の例文
能く心して生活なりわいの道を治めよ、とねんごろに説き示しければ、弟はこれを口惜くちおしく思ひてそののち生活の道に心を用ひ、ようやく富をいたしけるが
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
はじめは、我身の不束ふつつかばかりと、うらめしいも、口惜くちおしいも、ただつつしんでいましたが、一年二年と経ちますうちに、よくその心が解りました。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恥しさと口惜くちおしさに二階の暗がりで風琴を前へ置いて泣いて居り升と、母が丁度帰つて来まして、此様子を見てビツクリし。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
彼は依然として無能無力に鎖ざされた扉の前に取り残された。彼は平生自分の分別を便たよりに生きて来た。その分別が今は彼にたたったのを口惜くちおしく思った。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私もまた、彼にとっては敵の一人であったのだ。この背負投げは、事実であるかも知れぬ……。口惜くちおしくも私は半信半疑のもやにつつまれて来るのであった。——
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
西行の心はこの歌に現れおり候。「心なき身にも哀れは知られけり」などいう露骨的の歌が世にもてはやされてこの歌などはかえって知る人すくなきも口惜くちおしく候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
吾こそは御嶽冠者なり! 口惜くちおしいかな、宝蔵には、八百万やおよろずの大和の神あって、彼の髑髏盃を守るがため、容易たやすひつに近寄り難く、かく一旦は立ち帰れども
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その他にも『永代蔵』には「一生はかりの皿の中をまはり広き世界をしらぬ人こそ口惜くちおしけれ」とか「世界の広き事思ひしられぬ」とか「智恵の海広く」とか云っている。
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
若「口惜くちおしい伊之助はん、人に怨みが有るものか無いものか、今に思い知らせる、覚えて居なまし」
今時いまどきの民家は此様の法をしらずして行規ぎょうぎみだりにして名をけがし、親兄弟にはじをあたへ一生身をいたずらにする者有り。口惜くちおしき事にあらずや。女は父母のおおせ媒妁なかだちとに非ざれば交らずと、小学にもみえたり。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
身を断念あきらめてはあきらめざりしを口惜くちおしとはわるれど、笑い顔してあきらめる者世にあるまじく、大抵たいていは奥歯みしめて思い切る事ぞかし
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「——事実を言おう、口惜くちおしいが、目が光ったんだ。鏨で突きつぶすと、銅像の目が大きく開いて光ったんだ。……女は驚いて落ちこんだ。」
僧「種々いろ/\なのが出ましたな、嫉妬やきもちの怨霊は不実な男に殺された女が、口惜くちおしいと思った念がって出るのじゃが、世の中には幽霊は無いという者もある、じゃが是はある」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「君は結婚をきわめて容易たやすい事のように考えているが、そんなものじゃない」と口惜くちおしそうに云う。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
心を痛めたといふことに………自分が遊戯にふけつて善をする機会を失なつてしまつたといふことよりも、なぜ自分はかうも意気地いくじなくい決心が守れまいといふ口惜くちおしさに泣けたのでした。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
一散いっさんげもならず、立停たちどまったかれは、馬の尾に油を塗って置いて、鷲掴わしづかみのたなそこすべり抜けなんだを口惜くちおしく思ったろう。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かえって心配の種子たねにて我をも其等それらうきたる人々と同じようおぼいずらんかとあんそうろうてはに/\頼み薄く口惜くちおしゅう覚えて、あわれ歳月としつきの早くたてかし
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
足下そっかにかけられ、如何にも残念に心得ます、御両親より受けました遺体をけがせし不孝の罪、いかに盲目なればとて口惜くちおしながら手出しも出来ず、此の儘に何時まで長らえ居りましても
家を出ずる時は甲斐に越えんと思いしものを口惜くちおしとはおもいながら、尊の雄々しくましませしには及ぶべくもあらねば、雁坂を過ぎんことは思い断えつ
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
貴女に生命を取らるれば、もうこの上のない本望、彼等に討たるるのは口惜くちおしい。(夫人の膝に手を掛く)さ、生命いのちを、生命を——こう云ううちにも取詰めて参ります。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此のお子が七歳の時われが前橋の藤本に抱えられて小瀧と云ってる時分、茂之助さんが大金を出して身請えすると、松五郎てえ悪足わるあしが有って、よんどころなく縁を切ったものゝ、あゝ口惜くちおしいと男の未練で
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
卑しき桂の遊女の風情によそいて、たいらの三郎御供申し、大和やまと奥郡おくごおりへ落し申したる心外さ、口惜くちおしさ。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いえ、死にとうない、死にとうない。親を殺したかたきと知っては、私ゃ殺されるのは口惜くちおしい。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
亀屋の亭主もこれまでと口をつぐむありさま珠運口惜くちおしく、見ればお辰はよりどころなき朝顔のあらしいて露もろく、此方こなたに向いて言葉はなく深く礼して叔父に付添つきそい立出たちいずる二タあし三足め
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お沢 いいえ、あの急な激しい流れ、いわ身体からだを砕いても。——ええ、なさけない、口惜くちおしい。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
新聞にてたたかれし口惜くちおしさと、綾子に対して言訳なさと、秘蔵の狆の不幸とが一時いっときに衝突して、夫人の剣幕さながらダイナマイトのごとくなれば、矢島は反返そりかえって両手を前に突出つきいだ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
痛い時、辛い時、口惜くちおしい時、うらめしい時、なさけない時と、事どもが、まああってもよ。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
口惜くちおしや、われら、上根じょうこんならば、この、これなる烏瓜一顆ひとつ、ここに一目、令嬢おあねえさまを見ただけにて、秘事のさとりも開けましょうに、無念やな、おいまなこの涙に曇るばかりにて、心の霧が晴れませぬ。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
口惜くちおしい……その人の、咽喉のど、胸へいつきましても……
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
口惜くちおしい。御寮人、」と、血を吐きながらかぶりを振る。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
海野は仕込杖もて床をつつき、足蹈あしぶみして口惜くちおしげに
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
海野は仕込杖以てゆかをつつき、足蹈あしぶみして口惜くちおしげに
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)