南蛮なんばん)” の例文
旧字:南蠻
おかには南蛮なんばん屋敷があり、唐人館とうじんかんむねがならび、わんには福州船ふくしゅうぶねやスペイン船などの影がたえない角鹿つるが(いまは敦賀つるがと書く)の町である。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「また海へお出になるのでございましょうね。このたびは、どちらへ? 唐天竺からてんじくでございますか。それとも、南蛮なんばんとやら——。」
南蛮なんばん物にはよく効く吐剤がある。南の方の国で取れる吐根とこんなどはその一つだが、なかなか手には入るまいよ、——だが、こいつは内証ないしょにして貰いたい。
南蛮なんばんの薬を売っていた商人、……そう云うものも名前を明かせば、何がし甚内だったのに違いありません。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
支那もまたその通りで、自国以外を東夷とうい南蛮なんばん北狄ほくてき西戎せいじゅうといった。これは希臘ギリシャ人と同じである。
大戦乱後の国際平和 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
南蛮なんばん秘法の痲痺薬しびれぐすり……あの、それ、何とか伝三熊の膏薬こうやくとか言う三題ばなしを逆に行ったような工合で、旦那方のお酒に毒でもありそうな様子あいが、申訳がございません。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
那覇なは壺屋つぼやという町があって、そこに多くの窯があって仕事をします。「南蛮なんばん」といって上釉うわぐすりのないものと、「上焼じょうやき」と呼んで釉薬くすりをかけたものと二種類に分れます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
南蛮なんばん寺の壮観は、京都に聳え、交市場の繁昌はんじょうは、堺浦をして天下の富の中心点たらしめんとす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
平日ふだんならば南蛮なんばん和尚といえる諢名あだなを呼びて戯談口じょうだんぐちきき合うべき間なれど、本堂建立中朝夕ちょうせき顔を見しよりおのずとれし馴染なじみも今は薄くなりたる上、使僧らしゅう威儀をつくろいて
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼はまた湯鑵に新しく水を入れて来て火鉢の火を盛んにした。湯の沸く間に、彼は彼の唯一の愛玩あいがん品の南蛮なんばん製の茶瓶ちゃびんひざに取上げて畸形きけいの両手で花にでも触れるやうに、そつとでた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
諸外国はことごとくこれを東夷とうい西戎せいじゅう南蛮なんばん北狄ほくてきなどと称し、天子はすなわち天命によりて、あまねく天下を統治すべきものとして、諸外国は当然中国に服属すべきものと認めていたのである。
国号の由来 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
「ふむ、なるほど、これあ、南蛮なんばんものとも違うようだな……」
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
南蛮なんばん桟留縞さんとめじまを、はた、阿刺吉あらき珍酡ちんたの酒を。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「そりゃ南蛮なんばんの馬だ」
鬱憂うつゆうははた南蛮なんばん
寂寞 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
ウンスンというのは、南蛮なんばんカルタ、天正カルタ、坊門ぼうもんカルタなどの類と同じに、そのころ流行はやった一種の骨牌かるたの称呼であります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むこうでは南蛮なんばん姿絵ののぞき眼鏡が子供を寄せ、こっちでは鐘の音のあわれに勧善懲悪地獄極楽のカラクリ人形。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
狙っていることも知っていた。弟が邪魔になって仕様がないので、一か八かで、秘蔵の和蘭渡りの赤い酒に、手に入れた南蛮なんばん物の毒を入れて置いた。——そうでしょうね、恵斎先生
あれがうわさうけたまわった南蛮なんばん如来にょらいでございますか? せがれの命さえ助かりますれば、わたくしはあの磔仏はりきぼとけに一生つかえるのもかまいません。どうか冥護みょうごを賜るように御祈祷をお捧げ下さいまし。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ふもとからその重詰を土産に持って、右の婦人が登山されたものと見えますな——但しどうやら、貴辺あなたがその鮨をあがると、南蛮なんばん秘法の痺薬しびれぐすりで、たちまち前後不覚、といったような気がしてなりません。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いわゆる「南蛮なんばん」にも「上焼じょうやき」にも見るべきものが豊かにあります。
沖縄の思い出 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
印度、はた、南蛮なんばん、羅馬、目的めどはあれ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
もっともそのころは、まだ煙草たばこというものが南蛮なんばんから日本へわたったばかりで、そういう道具どうぐもすこぶる原始的げんしてきなものだった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伯耆ほうき印賀鉄いんがてつ、これを千草といって第一に推し、つぎに石見いわみの出羽鉄、これを刃に使い、南部のへい鉄、南蛮なんばん鉄などというものもあるが、ねばりが強いので主に地肌じはだにだけ用立てる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「まことの天主、南蛮なんばん如来にょらいとはそう云うものでございますか?」
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「汝のような者が、信長の統業下にあることは、世間のうたがい、物笑い、日本にとどまらず、明国みんこく高麗こうらい天竺てんじく南蛮なんばんまでの恥さらしである」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
童女が陶物煙管すえものきせる南蛮なんばんたばこをつめて、さっきから恐る恐るさしのべていたが、それに眼を向けても手を出さない。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
南蛮なんばん国の王孟獲もうかくが、辺境を犯して、建寧けんねい牂牁しょうか越雋えっしゅんの諸郡も、みなこれと心を合わせ、ひとり永昌郡の太守王伉おうこうだけが、忠義を守って、孤軍奮闘中ですが
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしここで奇怪というのは、三ツ目小僧や南蛮なんばん渡りの鳥類の類いが珍らしいという意味ではない、時代の風教、殊に武道の上からみての奇怪至極な見世物小屋。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奥では久米一、おそろしく華麗な部屋に、南蛮なんばん渡りの縞衣しまぎぬを着て、厚いふすまの上に大胡坐おおあぐらをかいていた。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孔明が南蛮なんばんに遠征する以前、魏の曹丕そうひが大船艦を建造して呉への侵寇しんこうを企てた以前において、かの鄧芝とうしを使いとして、呉に修交を求め、呉も張蘊ちょううんを答礼によこして
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
呂宋兵衛は、まえにもいったとおり、南蛮なんばん混血児あいのこでキリシタンの妖法ようほうしゅうする者であるから、層雲そううんくずれの祈祷きとうも、じぶんが信じる異邦いほうの式でゆくつもりらしい。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここは遠い大内氏の時代から、南蛮なんばん、中国、琉球りゅうきゅうなどとの交易の要港で、経済的には、ふるくから日本のどこの都会よりも発達していたので、富豪が軒をならべていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
羅馬ローマの府や、スペインや南蛮なんばん諸国から、日本へ布教の目的で来て、かえって法度はっとにふれて片ッ端から殺された多くのバテレン達の——その所持品であり、着衣であり、祭器
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……すでに安土の城を築く職人どもの技術にさえ、南蛮なんばん美術や支那交趾こうちなどのあらゆる手法が取り入れられていることを何とるか。あわれ彼も地方的な一英雄に過ぎぬとみえる。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信長公がお偉いの、太閤様がどうだのといっても、もし商人がなかったら、聚楽じゅらくも桃山も、築けはしない。異国からいろんな物もはいりはしない。わけてもさかい商人はな、南蛮なんばん呂宋ルソン、福州、厦門アモイ
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その後、蜀帝の勅使は、ひそかに南蛮なんばん(雲南・昆明)へ往来した。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
南蛮なんばんだ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)