初冬はつふゆ)” の例文
残暑の日盛り蔵書を曝すのと、風のない初冬はつふゆ午後ひるすぎ庭の落葉をく事とは、わたくしが独居の生涯の最もたのしみとしている処である。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
また好きな初冬はつふゆが来た。今年は雨が多いので、勤めに出かける人などは困つたらうと思ふ。しかしその雨のせいか、今年の紅葉の色は非常に好い。
初冬の記事 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
初冬はつふゆの暗い夜はまだ明け離れるのに大分だいぶ間があった。彼はその人とその人のかどたた下女げじょの迷惑を察した。しかし夜明よあけまで安閑と待つ勇気がなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寒空には初冬はつふゆらしい雲が望まれた。一目見たばかりで、皆な氷だということが思われる。氷線の群合とも言いたい。白い、冷い、透明な尖端せんたんは針のようだ。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
画工 (枠張わくばりのまま、絹地のを、やけにひもからげにして、薄汚れたる背広の背に負い、初冬はつふゆ、枯野の夕日影にて、あかあかと且つさみしき顔。酔える足どりにて登場)
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伊藤公追弔演説會以來のひと激昂げきかうを思はずまた參禪論に於いてした爲め、神經が再び非常に過敏になつてゐるのが、今、路上の放浪者として、初冬はつふゆのしめツぽさと冷氣とに當つて
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
日影ひかげよは初冬はつふゆにはまれなるあたゝかさにそろまゝ寒斉かんさいと申すにさへもおはづかしき椽端えんばたでゝ今日こんにちは背をさらそろ所謂いはゆる日向ひなたぼつこにそろ日向ひなたぼつこは今の小生せうせい唯一ゆいいつの楽しみにそろ人知ひとしらぬ楽しみにそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
れん本所ほんじょ横網よこあみに囲われたのは、明治二十八年の初冬はつふゆだった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
初冬はつふゆはたそがれぬ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
初冬はつふゆのかよわなる
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
君もすこやかなりしか。我もまたさいわいに余生を保ちぬと言葉もかけたき心地なり。まこと初冬はつふゆの朝初めて火鉢見るほど、何ともつかず思出多き心地するものはなし。わが友江戸庵えどあんが句に
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
私はしばらくそこにすわったまま書見しょけんをしました。宅の中がしんと静まって、だれの話し声も聞こえないうちに、初冬はつふゆの寒さとびしさとが、私の身体からだに食い込むような感じがしました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蚊遣かやりけむり古井戸ふるゐどのあたりをむる、ともいへ縁端えんばた罷來まかりきて、地切ぢぎり強煙草つよたばこかす植木屋うゑきやは、としひさしくもりめりとて、初冬はつふゆにもなれば、汽車きしやおととゞろ絶間たえまこがらしきやむトタン
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
初冬はつふゆの凍つた明い朝なぞ、忽然冷えきつた鏡のおもてに、顳顓こめかみ白髮しらがを見出した時の驚愕おどろき、絶望、其れは事實に對する恐怖であるが、これは自分の心が生みだす空想の恐怖である幻覺ハルシネイシヨンである。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
秋の日は釣瓶つるべ落しだ、お前さん、もうやがて初冬はつふゆとは言い条、別して山家だ。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その晩三沢の二階に案内された自分は、気楽そうに胡坐あぐらをかいた彼の姿を見てうらやましい心持がした。彼のへやは明るい電灯と、暖かい火鉢ひばちで、初冬はつふゆの寒さから全然隔離されているように見えた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
画工 (枠張わくばりのまゝ、絹地きぬじを、やけにひもからげにして、薄汚うすよごれたる背広の背に負ひ、初冬はつふゆ、枯野の夕日影にて、あか/\とさみしき顔。へる足どりにて登場)……落第々々、大落第おおらくだい
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ほとばしる砂煙すなけむりさびしき初冬はつふゆの日蔭をめつくして、見渡す限りに有りとある物を封じおわる。浩さんはどうなったか分らない。気が気でない。あの煙の吹いている底だと見当をつけて一心に見守る。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
初冬はつふゆの山の手ほどわがの庭なつかしく思はるる折はなし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
三重吉は豊隆ほうりゅうを従えている。豊隆はいい迷惑である。二人が籠を一つずつ持っている。その上に三重吉が大きな箱をあにぶんかかえている。五円札が文鳥と籠と箱になったのはこの初冬はつふゆの晩であった。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
初冬はつふゆの朝の鰹にも我がちょうの意気のさかんなるを知って、窓の入口に河岸へ着いた帆柱の影を見ながら、この蒼空あおぞらの雲を真帆、片帆、電燈の月も明石ヶ浦、どんなもんだ唐人、と太平楽で煩っていたのも
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
初冬はつふゆの日はもう暗くなりかけた。道也先生は風のなかを帰ってくる。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
初冬はつふゆ夜更よふけである。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)