処女おとめ)” の例文
旧字:處女
……登子、形どおりな祝言や初夜の式もすんだが、まことの夫婦めおとのちぎりまではしていない。申さばそなたはまだ処女おとめの肌のままよ。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近づくにしたがって、この蒼ざめた科学者はいかにも勝ち誇ったような態度で、美しい青年と処女おとめとを眺めているように思われた。
顧みれば娘の桂は、涙の顔を挙げて、二つ三つ点頭うなずいて見せるのです。涙に薫蒸くんじょうされて、匂いこぼるる処女おとめの顔の美しさ——
彼女は、丁度嬰児あかんぼが母親のふところに抱かれる時の様な、又は、処女おとめが恋人の抱擁ほうように応じる時の様な、甘い優しさを以て私の椅子に身を沈めます。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
処女おとめのさかりを思わせるようなその束ねた髪と、柔かでしかも豊かな肩のあたりの後姿とは、言いあらわしがたい女らしさを彼女に与えた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「誓った言葉に背きはしませぬ。処女おとめのままの娘として、お紅殿をお返しいたしましょう。お信じなされ、お信じなされ」
血ぬられた懐刀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
奥方とはいうけれども、そこに処女おとめのような可憐なところが残っていました。その可憐な中には迷わしいような濃艶のうえんな色香が萌え立っていました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そうだ! あんないやしい人間におそれてなるものか。の男こそ、自分の清浄な処女おとめほこりの前に、じ怯れていゝのだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
とつぎ行く処女おとめよ。お前の喜びの涙に祝福あれ。この月桂樹は僧正によって祭壇から特にお前にもたらされたものだ。僧正の好意と共に受けおさめるがいい」
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
荒浪に取り捲かれた紫色の大磐おおいわの上に、夕日を受けて血のように輝いている処女おとめの背中の神々こうごうしさ…………。
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
で、哀れな金髪娘は、十六七の処女おとめがたまさか母親から受ける、あの不快極まる tête-à-têteテートアテート(膝詰談判)の憂目を忍ばなければならなかった。
けれどまず第一に人の眼にまるのは夜目にも鮮明あざやかに若やいで見える一人で、言わずと知れた妙齢としごろ処女おとめ
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
優しい処女おとめの声が、患者控室に当てた玄関をへだてて薬局に相対むきあった部屋の中から漏れて来たが、廊下を歩く気配がして、しばらくすると、中庭の木戸が開いた。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
山部赤人が下総葛飾の真間娘子ままのおとめの墓を見て詠んだ長歌の反歌である。手児名てこな処女おとめの義だといわれている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ほやり/\水蒸気立つ土には樹影こかげ黒々と落ち、処女おとめそでの様に青々と晴れた空には、夏雲が白く光る。戸、障子、窓の限りを開放あけはなして存分に日光と風とをれる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
衆徳しゅうとく備り給う処女おとめマリヤに御受胎ごじゅたいを告げに来た天使のことを、うまやの中の御降誕のことを、御降誕を告げる星を便りに乳香にゅうこう没薬もつやくささげに来た、かしこい東方の博士はかせたちのことを
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたくしは色香がすがれたようにも思われ、また元の処女おとめに戻ったようにも思われて、9415
妻はその処女おとめ時代に、毛沼博士とは親しい友人のように、自由に交際していました。私は羨望と、嫉妬に身を顫わしながら、それをうち眺めているより仕方がなかったのです。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
そのついでに車を廻して、そこからあまり遠くない所にある「処女おとめの木」を見物した。
処女の木とアブ・サルガ (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
あるいは生一本な処女おとめが、家庭を持ってその主婦となり、周囲の煩瑣な事件や境遇にひどくいたぶられた時、それに呼応して起った心内の愛欲苦悶が素直にはけ口を得ずして鬱屈し
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かれが窓から下の町を通る処女おとめをみおろした時、その処女はすべて小説ちゅうの人物ならざるはなく、彼女の影が遠く街路樹のうちに消え去るまで、それを考えつづけているのである。
岸の岩にうなじを預けて、彼女かれは深く湯に浸かっている。十九の処女おとめの裸形は、白く、青く湯のなかに伸びて、桜貝を並べたような足の爪だ。小さな花びらが流れ付いたと見える乳首である。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その表情はまだ子ども子どもしていて、腰つきも細っそりと華奢きゃしゃだったが、いかにも処女おとめらしいすでにふっくらと発達した胸は、美しく健康そうで、青春を、まぎれもない青春を物語っていた。
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ちまたにさまようかの怪しい姿をながめていると、異国の男もその眇目で若いあでやかな処女おとめを見付けたらしく、これも立ち停まってこちらをじっと見つめていたが、眼に見えない糸にひかれたように
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
並木通なみきどおりを片っぱしから乗りつくして、処女おとめはらもしばらく乗り回し、垣根かきねいくつかして(初めは跳び越すのがこわかったけれど、父が臆病者おくびょうもの軽蔑けいべつするので、やがてわたしも怖がらなくなった)
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
無意識のゆえに麗しく、沈黙のために芳しい花の姿でなくて、どこに処女おとめの心の解ける姿を想像することができよう。原始時代の人はその恋人に初めて花輪をささげると、それによって獣性を脱した。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
ひい、殺して下さい殺して。と、死を決したる処女おとめの心。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つややかな処女おとめのにおい
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
近所の窓が明いたり、奥の父や母にまで聞えるような大声を出されては、処女おとめごころは、本意なくても、居堪いたたまれるわけはなかった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次はしばらく黙って見ておりましたが、誇りを傷つけられた処女おとめに、何を言ってやったところで、無駄だと思ったものか
若い思春期の処女おとめでさえあれば、誰でも持つところの傾向なのであるが、それが呉服には特に烈しかったのであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
花でも摘もうとするような年若な女学生がよくその草原へ歩きに来ると想像して見よとも言った。風の持って行く吟声は容易に処女おとめの心をとらえたとも言った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その、処女おとめにして同時に脱兎の如き文字通りの退却ぶりを見て、白雲はあいた口がふさがらないのです。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この老人の老い先をどんな運命が待っているのだろう。この処女おとめの行く末をどんな運命が待っているのだろう。未来はすべて暗い。そこではどんな事でも起こりうる。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そう思うと、瑠璃子は処女おとめにふさわしい勇気を振いおこして、孔雀くじゃくのような誇と美しさとを、そのスラリとした全身にたたえながら、落着いた冷たい態度で、玄関へ現れた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
いずくの処女おとめであるだろうと、私は深く心に思うて見たがさすがに同職なかまに聴いて見るのも気羞かしいのでそのままふかく胸に秘めて、毎朝さまざまの空想をめぐらしていた。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
真間に美しい処女おとめがいて、多くの男から求婚されたため、入水した伝説をいうのである。伝説地に来ったという旅情のみでなく、評判の伝説娘子に赤人が深い同情を持って詠んでいる。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
それかといって、処女おとめの純情と、老師の恩愛は、一片の理では断ち切れぬ。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
われは死なむ処女おとめの愛に……
何たる宿命の生れかと、そのときふと、かの女は、世間なみの感傷的な一処女おとめになって、独り、顔じゅうを涙にぬらして、たたずんでいた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八方に篝を焚いて、湧き起る唄と音楽の中を、翩翻へんぽんとして踊りに踊る処女おとめの大群は、全く前代未聞の不思議な観物でした。
「いい娘じゃ! こりゃどうじゃ! ……処女おとめの、未通女きむすめの、お手本じゃ! ……俺決定きめた! 俺のものにする!」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
分別ざかりの叔父の身で自分のめい無垢むく処女おとめの知らない世界へ連れて行ったような心の醜さは、この悲痛な詩の一節の中にも似よりを見出すことが出来る。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「神の御名みなによりて命ずる。永久とこしえに神の清き愛児まなごたるべき処女おとめよ。腰に帯して立て」
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「しかし神尾は小人じゃ、まんいち拙者が故障を言えば、きっと拙者を恨むに違いない、恨まれるのは苦しくないが、何も知らぬ処女おとめが、悪い計略に落ちるようじゃと気の毒の至り」
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
其処そこには、もう優しい処女おとめの姿はなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
この処女おとめのような眸のどこにきのう講堂で吐いたような大胆な、そして強い信念がかくされているのかと覚明はあやしくさえ思う。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見ると、台の上に立ったお静はいつの間にやら、黒装束の魔僧達の手で、十七処女おとめの若々しい肌へ、ベタベタと金箔を置かれているところだったのです。
「今宵一夜は貝十郎、織江殿の清浄保たせましょう。……その間にお浦をお返しくださらば、処女おとめのままにてご返上! ……今宵過ぎればもはや織江殿……」
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
お仙は母の言うなりに従順すなおに動いた。最早処女おとめの盛りを思わせる年頃で、背は母よりも高い位であるが、子供の時分に一度わずらったことがあって、それから精神こころの発育が遅れた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)