一間いっけん)” の例文
「その時はその時で、またどうかするつもりなんでしょう。もう一間いっけん取るとか、それでなければ、吉川さんの方といっしょになるとか」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
裏庭にめんして一間いっけんの窓があり、スリガラスの障子しょうじがしまっています。そとに木のこうしがついているので、雨戸はあけたままなのです。
透明怪人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と腰障子を開けるとやっと畳は五畳ばかり敷いてあって、一間いっけん戸棚とだながあって、壁とへッついは余り漆喰じっくいで繕って、商売手だけに綺麗に磨いてあります。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一間いっけんちょっと、深さ四しゃくくらいの小さいウインドーであったが、出来たときは、非常に珍しがられて、付近の村の人が見に来たくらいであった。
私の生まれた家 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
くだん泉水せんすいを隔てて寝床のすそに立つて居るのが、一間いっけん真蒼まっさおになつて、さんも数へらるゝばかり、黒みを帯びた、動かぬ、どんよりした光がさして居た。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
枕元に一間いっけんの出窓がある。その雨戸の割目われめから日の光が磨硝子すりガラスの障子に幾筋いくすじも細く糸のようにさし込んでいる。兼太郎は雨だれのひびきは雨が降っているのではない。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「そうしたら、せっかく並んでいるのをわざわざひきずって、一間いっけんもはなすおつもりじゃなかったの?」
謎の女 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
何事か面白相に語らい行くに我もお辰と会話はなし仕度したくなって心なく一間いっけんばかもどりしを、おろかなりと悟って半町歩めば我しらずまよいに三間もどり、十足とあしあるけば四足よあし戻りて
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
はたして妻は糟毛かすげがお産をしました。親の乳も余りはりません こうしも小さい。月が少し早いようですと報告した。予も起きて往て見ると母牛のうしろ一間いっけんばかりはなれて。
牛舎の日記 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
これが芝居道でいう一間いっけん——一桝ひとますなので、場席ばせきを一間とってくれ、二間にけんほしいなどというのだった。
野蛮人の襲撃をうけたり、自然の暴虐に打ちこわされては、又立ち上り、一間いっけん々々と鉄道をのばして行く。途中に、一夜作りの「町」が、まるで鉄道の結びコブのように出来る。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
わづか一間いっけん、それがお葉には海山の隔りのやうにも思へた。初めて窓から空を見た時、その高さと広さと、うるはしさは驚くべきもので、お葉は涙を持って仰ぐより仕方がなかった。
青白き夢 (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
東山の麓に四十八けんの精舎を建て、一間いっけんに一つずつ灯籠を置き、毎月、十四日と十五日には、容貌の優れた若い女房を集め、一間に六人ずつ、四十八間に二百八十八人をあつめて
一間いっけんの床の間の上に、中身なかみの空しくなった古めかしい箪笥が一つ据えられて、その横の片隅に薬瓶や病床日誌やらが雑然と置かれてある。六畳の室は病室には少し狭かったのである。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
これは盆栽の梅を咏じたので、普通に老木といえば少くとも一間いっけん以上の梅であろうけれども、これは盆栽の事であるから僅か一尺ばかりの木であるが、それでいてやはり老木なのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
一間いっけんあまりも投げ飛ばしたまま、また砂けむりを蹴立けたてて走って行きました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
とこ一間いっけんで、壁は根岸ねぎしというのです。掛軸は山水などの目立たぬもので、国から持って来たのですから幾らもありません。前には青磁せいじの香炉が据えてあり、隅には払子ほっすが下っていました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
左手ゆんでを差し向けさあ斬れという、一面誘いの構えでもある。あわい一間いっけん、そのとたん、敵の体形ユラリと変り、スッと上段から青眼になった。「来るな!」と感じた一刹那、果然左肩へ斬ってきた。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
足は、まるでよぼよぼで、一間いっけんとも歩けません。
よだかの星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
起きあがって、一間いっけんの広いお畳廊下へ出た。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
恐ろしく立派な木を使った一間いっけん幅の板戸がはいっていて、その板目が黒ずんで光っていた。風呂が沸いているというので、三人は大喜びで風呂場へ行った。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
近よって、縁側に手をついて、一間いっけん程奥に坐っている照子の方へ、顔を突き出しながら、セカセカと尋ねた。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いつしか森の中へ這入はいっていた。一間いっけんばかり先にある黒いものはたしかに小僧の云う通り杉の木と見えた。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
怖々こわ/″\あがって縁側伝いに参りまして、居間へ通って見ますと、一間いっけんは床の間、一方かた/\地袋じぶくろで其の下に煎茶せんちゃの器械が乗って、桐の胴丸どうまる小判形こばんがたの火鉢に利休形りきゅうがた鉄瓶てつびんが掛って
一間いっけんとこには何かいわれのあるらしいらいという一字を石摺いしずりにした大幅たいふくがかけてあって、その下には古い支那の陶器と想像せられる大きな六角の花瓶かへいが、花一輪さしてないために
一間いっけん戸棚とだなを明けた。下には古いきずだらけの箪笥たんすがあって、上には支那鞄しなかばん柳行李やなぎごりが二つ三つっていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふすまの外で言いながら、おかみは梯子段を上り切って突当りに一間いっけんばかり廊下のようになった板のから、すぐと裏屋根の物干へ出る硝子戸ガラスどをばビリビリ音させながら無理に明けようとしている。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
とこの横にちがだながあって、えんと反対の側には一間いっけん押入おしいれが付いていました。窓は一つもなかったのですが、その代り南向みなみむきの縁に明るい日がよく差しました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はこの眼鏡と共に、いつでも母の背景になっていた一間いっけんふすまおもす。古びた張交はりまぜうちに、生死事大しょうじじだい無常迅速むじょうじんそく云々と書いた石摺いしずりなどもあざやかに眼に浮んで来る。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一間いっけん唐紙からかみは白地に秦漢瓦鐺しんかんがとうの譜を散らしに張って、引手には波に千鳥が飛んでいる。つづく三尺の仮のとこは、軸を嫌って、籠花活かごはないけに軽い一輪をざっくばらんに投げ込んだ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると、支那人が出て来て、よろしいと云うから、もう済んだのかと思うと、蔵の前へ高さ一間いっけんもあろうと云う大きなたるを持ち出して、水をその中へどんどんみ込ませるんです。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうしているうちに、一間いっけん置いて隣りの男が突然自分に話しかけた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分はいながら、咽喉仏のどぼとけかどとがらすほどにあごを突き出して、初さんの方を見た。すると一間いっけんばかり向うに熊の穴見たようなものがあって、その穴から、初さんの顔が——顔らしいものが出ている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)