おろし)” の例文
氷のように冷たいアルプスおろしに、腹の底まで冷えあがったタヌは、そろそろ肝の虫を起こしたとみえ、ばたばた足踏みをしながら
とにかく山の手は御存じの如く都の中にても桃隣とうりんが「市中いちなかや木の葉も落す富士おろし」の一句あり冬の西風と秋の西日禁物きんもつに有之候。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
会津山おろし肌にすさまじく、白雪紛々と降りかかったが、人の用いはばかりし荒気大将佐々成政の菅笠すげがさ三蓋さんがい馬幟うまじるしを立て、是は近き頃下野の住人
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
渓流にそって、道は白川へひらけている。そのころから風が変って、耳を奪うような北山おろしに、大粒な雨がまじって、顔を打つ、衣を打つ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飯盛おろしに吹き流される雲が、枯草が、蕭条しょうじょうとして彼等の網膜に写し出され、捉える事の出来ない絶望感が全身的にきついて来たのであろう。
四条畷の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
おろしに吹きさらされて、荒草深い山裾の斜面に、万蔵法院まんざうはふゐんのみあかしの煽られて居たのに目馴れた人たちは、この幸福な転変に目を睜つて居るだらう。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
読本よみほんならば氷鉄ひがねといおう、その頂から伊豆の海へ、小砂利まじりにきばを飛ばして、はだえつんざく北風を、日金おろしおそれをなして、熱海の名物に数えらるる。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかも昼間から吹きつづけてた秩父おろしがいつの間にか雪を吹き出して、夕闇のなかに白い影がちらちらと舞っていた。
半七捕物帳:27 化け銀杏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
寒い赤城おろしに吹かれ冷い朝霜を踏んで凍えた体を、焚火に暖めてからゆっくり仕事に取懸る。私は家の男達に連れられて林に行くのが楽しみであった。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
今と違って若春わかはる余寒よかんも強く、松の内はると人ッ子一人通りませんからしんとして居りまして、往来はぱったり有りません。日光おろしがビー/\と吹来る。
駒木根おろしと岩を噛む大洋の怒濤とに育てあげられた少壮血気の士、いささか脾肉ひにくの嘆にくれていたところへ、生まれてはじめての華やかな舞台へ乗り出して
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
毎年六甲おろしが吹いて、蘆屋などよりずつと寒さが厳しいのであると聞いてゐたけれども、もう此の頃でも夜は相当に冷え込むので、同じ阪神の間でありながら
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼らが揺するそのためでもあろう、木々は騒立さわだきしり合い、にわかに山々谷々に、おろしが吹くかと想われた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
アルプスおろしの寒い風が吹いていた。暮れ残った昼の明るみで、見なれぬ男は、通りに接したある庭のうちに芝土でできてるように思われる小屋らしいものを認めた。
下館までの道の半ばは、筑波の山麓さんろくに沿っている。晴れてはいたが風の強い日で、殆んど真向から、それこそ正真正銘の筑波おろしが、膚を切るように吹きつけて来た。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
秋の末に、鴬の声も聞こえず、富士おろしの風が強いので、西片の家のまわりに草の垣根を作らせた。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
折柄、浅間おろしが寒く刈田の面に吹きすさんで、畑では桑の枯枝が、もがり笛のように叫び鳴く。
純情狸 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
烈しい伊吹おろしに我が子をさらしながら、自分では少しも寒くなかったような気がするのです。
途上の犯人 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
例令たとえ遠山とおやまは雪であろうとも、武蔵野の霜や氷は厚かろうとも、落葉木らくようぼくは皆はだかで松のみどりは黄ばみ杉の緑は鳶色とびいろげて居ようとも、秩父ちちぶおろしは寒かろうとも、雲雀が鳴いて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
筑波おろしが、少しでもしんにゆうをかけて来ると、ミシ/\、ミシ/\と鳴り出す仕末、棺桶で無いから輪がはづれたとて、グニヤリと死人がころげ出す事もあるまいが、もし此家が壊れたら
俺の記 (新字旧仮名) / 尾崎放哉(著)
武蔵野は筑波おろしのからッ風、秋の暮から冬三月を吹いてふいて吹きとおして、なお且つ花さく日にも吹きやまず、とかくして三春の行楽をも蹂躙ふみにじろうとすること必ずしも稀らしくはない。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
煙草の五匁玉をあらかた吸ひ盡くして、出がらしの茶ばかり呑んでゐるところへ、八五郎のガラツ八が、秩父おろしと一緒に飛込んで來て、女護が島の住人見たいな、高慢なことを言ふのです。
トラモンタナと呼ばれる狂暴なアルプスおろしが、窓の外に汽車の轟音と競争して、私達に、今夜は暗いばかりでなく、恐らくは、粉雪を含んで寒いのであろうことを、間断なくらせていた。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
富士の雪は夕陽に映るとき、最も美しく候、ここはなお雪がふらず、白峰おろしは大抵一日おき位に、午後より夕まで、または夕より十二時頃まで、すさまじき音をたて、この夜坤軸こんじくを砕く大雪崩の
雪の白峰 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
すると、一陣の冷気が湖面をかすめたかと思うまに、ヘルモンおろしの突風がにわかに浪を怒らせ、舟は木の葉のごとくもまれて沈むばかりとなりました。弟子たちの必死の努力もかいあらばこそ。
引き裂くような雪肌を蒙古おろしに冷めたくとぎすましている
(新字新仮名) / 大江鉄麿(著)
風はおろし
枯草 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
衣笠きぬがさのふきおろしは、小禽ことりの肌には寒すぎた。チチチチチ野に啼く声もおさなく聞えて耳に寒い。人々は、さやの中の刀から腰の冷えて来る心地がした。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何処からか吹きこんだ朝山おろしに、御灯みあかしが消えたのである。当麻語部たぎまかたりうばも、薄闇にうずくまって居るのであろう。姫は再、この老女の事を忘れていた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
富士おろしというのであろう。西の空はわずかに晴間を見せた。が、池の端を内へ、柵に添って、まだ濛々もうもうと、雪烟ゆきけぶりする中を、スイと一人、スイと、もう一人。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それも十日程過ぎて一夜吹き荒れた赤城おろしの強い時雨に、熊谷も敦盛も敢えない最期を遂げたのであった。
山と村 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
毎年六甲おろしが吹いて、蘆屋などよりずつと寒さが厳しいのであると聞いてゐたけれども、もう此の頃でも夜は相当に冷え込むので、同じ阪神の間でありながら
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
グラン・ミューレの壁に沿い、そろそろと登って行ったが、やがて、ドッと捲き起こったシャモニイおろしに吹き上げられ、ぐるりと一廻転し、足を空に向けたまま
とお隅は土間へり、庭へ出ましてかどえのきの下に立つと、ピューピューという筑波おろしが身に染みます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
季節は極月ごくげつにはいったばかり、月も星もない闇の夜で雪催いの秩父おろしがビューッと横なぐりに吹いて来るごとに、思わず身顫いが出ようという一年中での寒い盛り。……
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
筑波おろしの吹きすさぶ凍った平地に、どこの村にも小さく古り朽ちたような家が、数少なく、辛うじて地面にしがみついているかのように、ひっそりと肩を寄せあっていた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
浅間おろしが、横なぐりに雪の野を吹き荒れてくる。だが尻をからげて路を急いでいると、峠の上で恐ろしがったほど寒さを感じない。かえって、ほんのりと額に汗がにじむくらいである。
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
古風にやる家も、手軽でやらぬ家もあるが、要するに年々昔は遠くなって行く。名物は秩父ちちぶおろし乾風からっかぜ霜解しもどけだ。武蔵野は、雪は少ない。一尺の上も積るはまれで、五日と消えぬは珍らしい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
私がピラネエおろしみたいにこのマドリッドへ吹き込んで来た当初から、年に一回の最大闘牛、赤十字の慈善興行が来る日曜日——すなわち今日——催されるというんで、町も国も新聞も居酒屋も
お山荒れの先触れか、どうっ! と棟を揺すぶって、三国おろしが過ぎる。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何処からか吹きこんだ朝山おろしに、御あかしが消えたのである。当麻語部たぎまかたりの姥も、薄闇に蹲つて居るのであらう。姫は再、この老女の事を忘れてゐる。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
毎年六甲おろしが吹いて、蘆屋などよりずっと寒さが厳しいのであると聞いていたけれども、もうこの頃でも夜は相当に冷え込むので、同じ阪神の間でありながら
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
日光おろしが江の水にさえ、波濤をあげている。二月半ばの、蕭殺たるあしおぎは、笛のような悲調を野面に翔けさせ、雲は低く、迅く、太陽の面を、のべつ、明滅させていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
湖水の彼方むこうに連らなるのは信濃の名山八ヶ岳、右手めてに独り聳えているのは富士によく似た立科たてしな山、八ヶ岳おろしが吹くと見え、裾野の枯草皆びき、湖水の水さえ浪立って見える。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……来る日も来る日も風だった、筑波おろしという乾いた刺すような木枯しが、遠い野づらをわたり林をゆすり、みた刈田や茶色になった草原をそよがせて、ひょうひょうと家の軒を吹きめぐった。
野分 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、遥かの峰の方から、あたかもおろしが渡ったかのように、谷をうずめて群れ立っていた木々が、揺れ、靡き、騒立さわだきしり、悲しそうに啼く猿猴の声が、はらわた断つように響き渡った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)