雨傘あまがさ)” の例文
問屋といや九太夫くだゆうをはじめ、桝田屋ますだやの儀助、蓬莱屋ほうらいやの新七、梅屋の与次衛門よじえもん、いずれもかみしも着用に雨傘あまがさをさしかけて松雲の一行を迎えた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「どうもそうらしいんだ。黒い羽織を着て雨傘あまがさを差して、手に包みか何かもっているらしかった。原稿書きに行ったんかもしれない。」
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
けれども、たとい他の者は皆雨傘あまがさの下にいようとも、恋人らがながめる幸福の蒼天そうてんは、常に空の片すみに残ってるものである。
背戸せどに干した雨傘あまがさに、小犬がじゃれかかって、じゃの目の色がきらきらする所に陽炎かげろうが燃えるごとく長閑のどかに思われる日もあった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
帽子と雨傘あまがさとを手にしていた。彼は何気ない様子でクリストフの方へやっていった。クリストフは椅子いすの上にぼんやりしていたが、驚いて飛び上がった。
雨傘あまがさと、懐中電燈の電池でんちを買って、電車で新宿に往った。追分おいわけで下りて、停車場前の陸橋を渡ると、一台居合わした車に乗った。若い車夫はさっさとき出す。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
住居すまゐはつひ構内こうない長屋ながやの一つであるけれど、『せい/″\かしておやくつてみせます』とつてるやうなむすめこゝろをいぢらしくおもひながら、彼女かのぢよはぱちりと雨傘あまがさをひらく。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
恰度ちょうど、雨が降りしきっていましたが、向うから赤錆あかさびたトタンの切れっぱしを頭にかぶり、ぼろぼろの着物をまとった乞食こじきらしい男が、雨傘あまがさのかわりにかざしているトタンの切れから
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
母親はゝおやよりのひつけを、なにやとはられぬ温順おとなしさに、たゞはい/\と小包こづゝみをかゝへて、鼠小倉ねづみこくらのすがりし朴木齒ほうのきば下駄げたひた/\と、信如しんによ雨傘あまがささしかざしていでぬ。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ばたばたと風になぶられる前幌まえほろを車夫がかけようとしているすきから、女将おかみがみずみずしい丸髷まるまげを雨にも風にも思うまま打たせながら、女中のさしかざそうとする雨傘あまがさの陰に隠れようともせず
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
六メートルばかり前の岩穴の前に、雨傘あまがさほども頭があるすばらしい大きな蛸が、いかりの鎖にも似た、いぼだらけの手を四本岩にかけて、残りの四本で何やら妙な大きな魚のやうなものを押へてゐます。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
僕がちょうど濡れた雨傘あまがさを持って部屋へはいって行ったもんですから、先生は自分でそいつを僕の手から奪い取るようにして玄関に持って行かれました。それから、僕たちは、いろんな話をしました。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
雨傘あまがさ打並べて歩み行くさまにとなく江戸らしいい心持なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
にわかに夕立でも来そうな空の日には、私は娘の雨傘あまがさを小わきにかかえて、それを学校まで届けに行くことを忘れなかった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
脊戸せどした雨傘あまがさに、小犬こいぬがじやれゝつて、じやいろがきら/\するところ陽炎かげろふえるごと長閑のどかおもはれるもあつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
時々そのあごが震え動いていた。やせた首筋のしわは見るも痛ましいほどだった。時としては、天気の悪い時など、腕の下に雨傘あまがさを抱えていたが、それを開いてることはなかった。
庸三は銀座のいたところに和髪とも洋髪ともつかない葉子独特の髪で、紺の雨傘あまがさをさして、春雨のなかを歩いている彼女の幻を追っていた。が、するうち胸がされるようになって来た。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
このジュリアンは、トゥールーズ生まれの若い医者で、最近クリストフと同階の隣人となり、ときどきアルコールランプや雨傘あまがさやコーヒーざらなどを借りに来ては、いつもこわして返すのだった。
青い木綿の雨傘あまがさ
と節子はわざと格子戸こうしどの外で雨傘あまがさを手にしながら言って見せて、玄関先まで一緒に出て見た彼の方を一寸ちょっと振向いた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼はたずさえている竹の洋杖ステッキを眺めて、この代りに雨傘あまがさを持って来ればよかったと思い出した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いつも腕の下に雨傘あまがさを抱えて出かけた。そしてその雨傘は長く彼の円光の一部となった。左官や庭師や医者などの心得も多少あった。馬から落ちた御者に刺胳しらくをしてやったこともある。
宗太はじめ、三郎、益穂らはいずれも雨傘あまがさをさしかけて、その前後をまもって行った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
先が雨傘あまがさになってる王笏おうしゃくだ。実際今日のような天気では、僕はこう思うんだ。ルイ・フィリップはその王位を利用することができる。すなわちしゃくの方を人民に差し伸べ、雨傘あまがさの方を空に開くことだ。
定刻ていこくになつて、代助は出掛でかけた。足駄穿あしだばき雨傘あまがさげて電車につたが、一方のまどつてあるうへに、革紐かはひもにぶらがつてゐるひとが一杯なので、しばらくするとむねがむかついて、あたまおもくなつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
会所の小使いが雨傘あまがさをつぼめてはいって来た。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)