迂闊うかつ)” の例文
多分女学生時代の彼女のロオマンスがたたりを成していたものであろうことは、ずっと後になってから、迂闊うかつの庸三にもやっとうなずけた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
わざわざ辞職してもらった金は何時の間にかもうなくなっていた。迂闊うかつな彼は不思議そうな眼を開いて、索然たる彼の新居を見廻した。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
甲州屋の親たちも内々のうたがいをいだいていながら、迂闊うかつにそんなことを口外することは出来ないので、わざと自分のあとを追わせて
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いやいや迂闊うかつな事は出来ない。私は涙ぐんで来た。大阪駅に出迎えている筈の友人のとがめるような残念そうな顔が眼の前にうかんで来た。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「何をいま更——迂闊うかつ千万ではござらぬか、殿中の作法が何一つとしてわからず、それで図々しくも接待役を勤めようとは慮外も慮外」
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
迂闊うかつにも半ば以上は極く気の付かぬ箇所で手の省かれた代物だったり、実際には存在しないマルクープ爺さんの勝手な創作だったりした。
南島譚:03 雞 (新字新仮名) / 中島敦(著)
仮令たとえ彼女が死力を尽して猿轡を噛切り、縄を抜けたところで、男の残していった言葉が気になって、迂闊うかつな事も出来ないように思われた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
ここに裁判所事務局を見つけたことにKはたいして驚きはしなかったが、主として自分自身、自分の迂闊うかつさに驚いたのだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
土蔵の海鼠壁なまこかべは、あの通り見事に切り抜かれているのに、泥棒が鍵を盗んで入りはしないかという問が、あまりに迂闊うかつだと思ったのでしょう。
水蓮などという当て字をかく人のあるのを見ると、これは自分だけの迂闊うかつでもないらしい。人間ののんきさかげんがこんなことからもわかる。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
小山も今は迂闊うかつに見物せず「お登和さん、西洋菓子は珈琲を出す時に添えるのと紅茶やチョコレートを出す時に添えるのと種類が違いますか」
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
従来、本塾出身の学士が、善く人事に処して迂闊うかつならずとのことは、つねに世に称せらるるところなれども、吾々はなおこれに安んずるを得ず。
慶応義塾学生諸氏に告ぐ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
私は入った当座そのことに気がつかなかったが、しばらくして内地人の朋輩から私の迂闊うかつを指摘されて、びっくりした。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
「村方の者共、天一坊のことを、いろいろと取沙汰とりざた致しておるが、並の噂とは、ことかわり、迂闊うかつに、宝沢が天一坊などと申すと、とがめに遭うぞ」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
如何に剛胆な政宗でも、コリャ迂闊うかつには、と思ったことで有ろう。けれども我儘わがままに出席をことわる訳にはならぬ、虚病も卑怯ひきょうである。是非が無い。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
太平洋岸に面し気候温暖と書く奴は当節君一人だろうと私が大いに彼の迂闊うかつをせめたところ、君そういう悲しい世の中かねえといって嘆いていたが
……ところが随分迂闊うかつなことでありますが、私は自分の拝命する学校を知らなかったというようなわけであった。
しかるに詳細であると信じていた地図も、平地はかく一歩山に入ると一向いっこう役に立たぬのみか、迂闊うかつに之を信用するとかえってひどい目に遭うので非常に驚いた。
思い出す儘に (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
山岳についての知識は、至って貧弱で、これほどまでに迂闊うかつであったという一例として、挙げて置くのである。
日本山岳景の特色 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
顔色変えて二、三人、函の廻りから飛び退く者がある。なるほどそう聞かされてみると、迂闊うかつには開けられぬ。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
せきは、自分の迂闊うかつさに呆れて、そこそこに湯をきり上げて来た。間借人に対してはいつもあれ程要心深い自分がどうしてそれに目をつけなかっただろう。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ことに時局の影響で言論の監視が厳重になってからは、なおさら迂闊うかつに口が開けない。書くにしても同様です。
……ところでおれも迂闊うかつ至極さ、うわさにゃ、日本左衛門のやつは、とうからこの切支丹きりしたん屋敷に目をつけて、夜光の短刀の手懸りをさぐっているということだ。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その穴を出入りする幾百匹とも知れない親蜂の数を見て斜酣は、これはなかなかの大物に違いない。迂闊うかつには、手は出せない、と言って腕組みするのである。
採峰徘菌愚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
それと同時に私の甥は、危く欄干の方を見上げようと致しましたが、元より迂闊うかつな振舞をしては、ここに潜んでいる事が見露みあらわされないものでもございません。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私は何という迂闊うかつさであろう。苗字の符合からしてもそれ位はとうに感附いていそうなものではないか。
光の中に (新字新仮名) / 金史良(著)
体位から推してみたからって、どうして、背の高い三伝が、低いあの男の腹を抉れるものじゃない。それを今まで、どうして僕が迂闊うかつにも見遁していたのだろう。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
だが、迂闊うかつに手出しをするのは考え物だ。親方というのを拘引こういんして、じつを吐かせるのもいいが、それでは却って、元兇を逸する様な結果になるまいものでもない。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
というのはお蘭さん、お前さんも迂闊うかつですねえ、これほどの御念の入った道行をなさろうてえのに、命から二番目の路用を忘れておいでなさるなんぞは取らねえ。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もし迂闊うかつに聞いて、口惜くやしい他人の名でも語られては、苦しい上の心苦しさと今までは、見て見ぬふりに黙っておりましたが、貴女より今のように打ち明けられては
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それがお互いのためだと思ったからです……最後まで一緒に生活が出来るという目当めあてもつかないのに、迂闊うかつなことをするのは大きな罪です。お互いの運命を損ねます。
そう、いまのいままでそれに気がつかなかったのは、いや、気がついていてもそれを何とも思わずにいたのは随分迂闊うかつだが、あそこは何かの大きな樹の下だったにちがいない。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
かの地方は水が多過ぎて、洪水はしばしば川に遠い田畝たうねの間から起り、迂闊うかつには井も掘ることができない。こうした処では灌漑のために、特に地下水の噴出を仰ぐまでもない。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
魚沼の駒ヶ岳を上野の国界の如くに記されたるやに記憶せり、既に測量部または調査所の二十万分一図出でてより十年近くなりたるに、なお訂正せざる県庁の迂闊うかつにもあきるれども
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
両端のとがった、鯨のような形から、潜航艇であることに気がつかなかった英夫たちも迂闊うかつだったが、こうした精巧な超小型の潜航艇があろうとは、誰しも知らなかったに違いない。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
現代の慈善はかつて私が救世軍の慈善なべを評した時にも述べたことですが——多くの労力を掛けて零細な金銭を集めるような迂闊うかつな手段に由ってされるのでなく、不当利得を常態として
食糧騒動について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
眼にものが見えぬほど異様に意気込んで撮影所の正門まで行ったが、これは、深刻な苦笑に終った。日曜であった! なんという迂闊うかつな子だろう。何事も、神の御意みこころだったのかも知れない。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
青葡萄あおぶどう』という作に、自分はむちなわとで弟子を薫陶するというような事をいってるが、門下の中には往来で摺違すれちがった時、ツイ迂闊うかつして挨拶あいさつしなかったというので群集の中で呼留められて
これだけ使う方は、まず第一に、対馬守殿、これはむろん、つぎに、代稽古安積玄心斎あさかげんしんさい先生、高大之進こうだいのしん……ややっ! これは迂闊うかつ! その前に、兄か弟かと言わるる柳生源三——おおウッ!
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
探偵は自分の迂闊うかつ空咳からぜきまぎらせておいてから、さて主人の耳にささやいた。
車馬轢轆しゃばれきろくたる往還を、サインに関らずふらりふらり横切ったり、車道に斜にはみ出したりする迂闊うかつに対して、むす子は、こんな荒い言葉でしかりながら、両手は絶えず軟くかの女の肩を持ち抱え
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし、僕がどういう理由で、この病院へはいって居るかということを知って居たなら、僕のいうことに不審は起きない筈だ。なに? ちっとも知らないって? それは君、ちと、迂闊うかつではないか。
卑怯な毒殺 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
しかし、私もまた迂闊うかつなことを訊ねたものだ。村で働きがないと云われることは、都会のものが感じるよりも、幾そう倍の侮辱になる、という衝撃については、甚だ残念ながら手落ちはこちらだ。
このような者を宗旨の経王として感涙を催すインド人も迂闊うかつの至り。
「うん。田宮ちゅう家がそうじゃ。迂闊うかつやなあ君ちゅうたら……」
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
弁の尼が何か言うことに返辞をする声はほのかではあるが中の君にもまたよく似ていた。心のかれる人である、こんなに姉たちに似た人の存在を今まで自分は知らずにいたとは迂闊うかつなことであった。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そこでやうやく、私は自分の迂闊うかつさに思ひあたつた。
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
自分の迂闊うかつさが、腹立たしかった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
尚更なおさら迂闊うかつなことは云えない。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
今も云っている所だが、知りもしない旅の人間なぞをうして迂闊うかつに泊められるものか。無理に断って、逐い出してしまったのだ。
青蛙神 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)