やつ)” の例文
谷戸やとの奥へ逃げて行った……ゆるしておけないから、やつのふところで、山岸カオルと話しているところへ行って、しょっぴいてやった
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
また山に沿う丘やらやつやら狭道で攻めるにかたい。——のみならず、南は海で、その海面に義貞はなんら攻め手を持っていなかった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
我々は二三日前からこのべにやつの奥に来て、疲れた身体からだを谷と谷の間に放り出しました。いる所は私の親戚のもっている小さい別荘です。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうしてこの部屋の出入り口に近い、片寄ったところには大蔵おほくらやつ右衛門うえもんが、大鉞おおまさかり砥石といしへかけて、ゴシゴシといでいた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
門外おもてみちは、弓形ゆみなり一條ひとすぢ、ほの/″\としろく、比企ひきやつやまから由井ゆゐはま磯際いそぎはまで、なゝめかさゝぎはしわたしたやうなり
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
日蓮は鎌倉に登ると、松葉まつばやつに草庵を結んで、ここを根本道場として法幡ほうばんをひるがえし、彼の法戦を始めた。彼の伝道には当初からたたかいの意識があった。
おうぎやつ世田せたなどと、鎌倉ではヤツを谷と書くこと年久しく、しかも鎌倉は文化の一中心であったために、諸国に真似をする者が出て今は当然のように考えられているが
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
土蔵破むすめやぶりで江戸中を騒がし長い草鞋を穿いていたまんじの富五郎という荒事あらごと稼人かせぎて、相州鎌倉はおうぎやつざい刀鍛冶かたなかじ不動坊祐貞ふどうぼうすけさだかたへ押し入って召捕られ、伝馬町へ差立てということになったのが
「なあに、おうぎやつに関の叔父さんの別荘があるんだよ。今日はみんなでそこへ引っ張って来られたんで、御馳走ちそうするって云うんだけれど、窮屈だから飯を喰わずに逃げ出そうと思っているのさ」
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
また風騒ぐやつの松
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
やがて、彼の影は、薬師やくしやつ東光寺の裏へ、獣の這うように這い寄っていた。時はもううしこくごろ。やつの内は灯一つ見えなかった。
それは厳重に旅よそおいをした、飛天夜叉の桂子かつらこ浮藻うきもと小次郎と大蔵おおくらやつ右衛門と、風見の袈裟太郎と鶏娘とりむすめと、そうして幽霊女とであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二十時の国電の上りが、山々に警笛の音をこだまさせながら、かめやつのトンネルにつづく切取の間へ走りこんで行く。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
門外おもての道は、弓形ゆみなり一条ひとすじ、ほのぼのと白く、比企ひきやつやまから由井ゆいはま磯際いそぎわまで、ななめかささぎの橋を渡したようなり
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
武蔵では谷または谷戸とかいてヤトと言う地名が多い。ただし何々ヶ谷戸と言う地名の中には何々垣内がいとと書くべきものもあるかも知れぬ。鎌倉の何々ヶやつは歴史的の地名である。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
我々はぜん申した通り箱根を立ちました。そうしてすぐにこのべにやつの小別荘に入りました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おうぎやつに関の親類が居ると云うのは真っ赤なうそで、長谷の大久保の別荘こそ、熊谷の叔父の家だったのです。いや、そればかりか、私が現に借りているこの離れ座敷も、実は熊谷の世話なのでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
けれどそれを叱ッて、鬼のごとく叱ッて、しいて登子をやつの隠れ穴へ追いやったのち、身の出陣を、高時の前へ、願い出ていた守時だった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四代目クラブのクラブ・ハウスとあたしの家のあるやつのうしろの台地は、べたいちめんに高射砲陣地で、射ちあげるたびに船酔いするくらい家が揺れ
だいこん (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
この時焚火の火の光の輪から遠く離れて、月光ばかりがわずかに明るい林の奥の方から、大蔵おおくらやつ右衛門が姿をあらわし、物憂ものうさそうに歩み寄って来た。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この文字を使用し始めた人々は、殿ヶ谷戸・政所まんどころヶ谷戸も皆ヤトの名と考えたのかも知れぬが、他の例から押すとそれは疑わしい。鎌倉の笹目ヶやつ・扇ヶ谷の類もこれを同じである。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
こつでなり、勘でなり、そこはばつも合わせようが、何の事は無い、松葉ヶやつの尼寺へ、振袖の若衆わかしゅが二人、という、てんで見当の着かないお客に、不意に二階から下りて坐られたんだから、ヤ
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ご無事でいらっしゃいます。誰にも見つかるやつほらではございませぬ。けれど、以後は明けてもくれても、兄君へ申しわけないとばかりに」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
サト子は、下のやつにつづく暗い坂道を、あてどもなくブラブラ降りて行ったが、その思いが、苦になって心にのしかかり、足をとめては、ため息をついた。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
これあらば赤城家へ入込いりこむに便たよりあり造化至造妙しあわせよし莞爾にっこうなずき、たもとに納めて後をも見ず比企ひきやつの森を過ぎ、大町通って小町を越し、坐禅川を打渡って——急ぎ候ほどに、雪の下にぞ着きにける。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
無数のやつや低い山群やまむれにかこまれている鎌倉の府は、自然、渓水たにみずのせせらぎや、静かな川音が、街中のどこにもしていた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あたしの家、べにやつなのよ。よく海軍の飛行機が飛んできたわ。あなたも来て」
だいこん (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
こんなあいだも明朝の出陣支度に沸く武者声やら物音は、まるで屋鳴やなりのようなとどろきだった。この屋敷、この大蔵おおくらやつ、はじめての活気なのだ。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「扇ヶやつ天宮あまみやさまから」
だいこん (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
だが、ここには鎌倉時代そのままなやつ幽翠ゆうすいがしいんと残っていた。また、いただいたお茶に水の良さも思われた。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、そのときはもう笠も頬かぶりもって、つねの武者烏帽子になっていた。おうぎやつや大宮の遠くには、はや灯が見える。彼は俄に、駒をいそがしかけた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どこは誰それの館の辻、どこはなにがしやつと、そのまま地名として、その日から呼びならわされた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
腰の太刀は関か、備前ものか。いちど抜いて、やいばをしらべ、さいごの酒の一碗を飲みほすと、やおら、のっそりのっそり歩きだした。——二階堂薬師にかいどうやくしやつの牢御所のほうへである。
「ただいま、ご舎弟も見にゆかれましたが、何やら、ご家中の血気者が物具もののぐ取って、おおぎやつへ仕返しに行くとか、いや先からせて来るとか、ただ事ならぬ騒ぎのようにござりまする」
「さきほど、おうぎやつ様(上杉憲房)から、おことづてのお使いがございましたが」
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鎌倉いずみやつ浄光明寺じょうこうみょうじは、ほんの一堂に庫裡くりがあるだけの、草寺くさでらだった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、内管領うちかんれい長崎殿や執権の君へも、直々のお訴えを披瀝ひれきして、夜半もすぎる頃、おうぎやつのおやしきに引きとられるや、ただちに行けと、われらに、この飛脚をお命じあったものにござりまする
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
久しく鎌倉の大蔵おおくらやつの方にいて、国へは帰る日もないとみえる。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この鎌倉に多いやつ洞穴ほらあなみたいにそれは不気味な感なので
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おうぎやつの上杉憲房もかけつけてくる。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)