諸手もろて)” の例文
立待岬たちまちさきから汐首しほくびの岬まで、諸手もろてを擴げて海を抱いた七里の砂濱には、荒々しい磯の香りが、何はばからず北國の強い空氣にひたつて居る。
漂泊 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
この間に、帆柱からやや離れて上手かみてへ廻った背の高いのが、諸手もろてに斧を振り上げて、帆柱の眼通り一尺下のあたりへ、かっしと打ち込む。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この時マリイは諸手もろてを巨勢が項に組合せて、身のおもりを持たせかけたりしが、木蔭をる稲妻に照らされたる顔、見合せてえみを含みつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
諸手もろてをばいましめられたり。我身上みのうへは今や獵夫さつをに獲られたる獸にも劣れり。されど憂に心くらみたる上なれば、苦しとも思はでせくゞまり居たり。
「あたしが、こんなふうに、諸手もろてで抱えこんでしまいますから、あなたはバットをにぎる要領で、グイと掴んでくだされば、それでいいんです」
西林図 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
諸手もろてを胸に加え厳かに省みたもうことなり、静かにおのが心を吟味したもう事なり、今われ実にかの人を愛するや否やと。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
が、いきなり居すくまった茸の一つを、山伏は諸手もろてに掛けて、すとんと、笠を下に、さかさに立てた。二つ、三つ、四つ。——
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこを流石さすがは忠三郎氏郷だ、戦の門出に全軍の気がえているようでは宜しく無いから、諸手もろての士卒を緊張させて其の意気を振い立たせる為に
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「いや、斬らせんっ」覚明は、師の善信が叱咤しったすることばに耳をかさないで、板縁から飛び降りた。そして彼らと善信のあいだに、諸手もろてをひろげて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当たって砕けろ! と三蔵は、うんと諸手もろてで突いて出た、そこを小野派の払捨刀ふっしゃとう、ピシッと横から払い上げ、体の崩れへ付け込んで、真の真剣であご発止はっし
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、同時に、トランクの中の男が、ビックリ箱を飛び出す蛇みたいに、突然ニョッキリと立上がったかと思うと、諸手もろてを拡げて総監に飛びかかって行った。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
万歳万歳のあっちこっちでは黒のコサック帽の、緋の上衣の、青ズボンの、髯むじゃ露助の助けて助けてに真向、拝み討ち、唐竹からたけ割り、逃げる腰から諸手もろて突き
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
あなぐらから姿を消したお初、危なかしい吊梯子つりばしごを、スルスルと見事な足さばきで上ってしまうと、諸手もろてで、うんと突ッ張って、揚げ蓋をあげて、庫裡へ出ると、そこに
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
弦三は、それを聞くと、ムクムクッと起きあがって、諸手もろてで受信機を頭上高くもちあげると
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いい気味! と光代は奪上とりあげ放しに枕のせんを抜き捨て、諸手もろてに早くも半ば押しつぶしぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
ぬき足さし足和尚の背後うしろに忍び寄り、腰の錆脇差さびわきざしをソロソロと音のせぬように抜き放ち、和尚の背中のマン中あたりにシッカリと切先きっさきを狙い付け、矢声もろとも諸手もろて突きに、つかとおれと突込めば
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「コ、コイッ! うるせえ真似まねをしやあがる!」とにわかに攻勢に出てその時諸手もろてがけに突いてきた栄三郎をツイとはずすが早いか、乾雲丸の皎閃こうせん、刹那に虹をえがいて栄三郎のうえへくだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
秋晴や諸手もろて重ねて打ちかざ
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
我が諸手もろては常に高く張り
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
諸手もろてをうちて笑ひつゝ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
諸手もろてかひな
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
立待崎たちまちさきから汐首しほくびみさきまで、諸手もろてを拡げて海を抱いた七里の砂浜には、荒々しい磯の香りが、何はばからず北国ほくこくの強い空気に漲ツて居る。
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
試みに、草むらの中へ分け入って、その袋に諸手もろてをかけてみました。重い。幸いにしてこの男は稀代の怪力を持っている。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すると、諸手もろてにさしあげていた城太郎のからだを、武蔵が、宙天から落すように相手の者へ向って抛りつけたので
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「黙れ!」と、山口という武士は、紙帳に映っている影を目掛け、諸手もろて突きに突いた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
鼻を仰向け、諸手もろてで、腹帯をつかむと、紳士は、ずぶずぶと沼に潜った。次に浮きざまにひるがえった帯は、翼かと思う波を立てて消え、紳士も沈んだ。三個の赤い少年も、もう影もない。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
諸手もろてを挙げて加はらう。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
白髮茨の如き痩せさらぼひたる斃死のさまの人が、吾兒の骨を諸手もろてに握つて、キリ/\/\と噛む音を、現實の世界で目に見る或形にしたら
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
諸手もろてをかけてウンウンと力を入れて手繰たぐった時は、自分のしている残忍そのものの興味をも忘れているようであります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さらに諸手もろてを開いてみせながら「身に寸鉄も帯びてはいません。いやいや、とばかりではまだ信じてはいただけますまい。これを御一見くださいましょう」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つゞいて一人ひとり美少年びせうねん何處いづこよりちたりけん、華嚴けごんたきそこけて、いはかけら藻屑もくづとともに、くもよりちつとおぼしきが、たすけをぶか諸手もろてげて、眞俯向まうつむけにながしが、あはよくいはとゞまりて
妙齢 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
白い諸手もろて細杖ほそづゑ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
先鋒は、猛夫の李逵りきだ。なんでただ見ていよう。例の二ちょうおの諸手もろてに、濠へ下りて、浅瀬から馳け渡らんとする様子に、楊雄はおどろいて、連れもどした。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一方の足を抜けば、また一方の足——足が抜けたかと思うと、諸手もろてがそれよりも深くハマリ込んでいる。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、叱りながら、城太郎の腰帯へ諸手もろてをかけて、武蔵は、自分の頭の上に、高々と差し上げてしまった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして諸手もろてかいの木剣が、風を起してうごいたのと、巌流の長剣が、切っ下がりに、彼の真眉間まみけんを割って来たのと、そこに差というほどの差は認められなかった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
巌流は、その武蔵に直面し——また、前面の大海原に対して、長剣物干竿を諸手もろてりかぶっていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さてはよこにひく車戸くるまどかと、諸手もろてをかけてこころみたが、ぎしッといっただけで一すんひらかばこそ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三宅は自己の勝利を信じて、中段に構えを変え、機を見て諸手もろてに突いてゆくと、武蔵は
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とつぜん、宮のうしろから鬼のような固い具足の諸手もろてが組みついて来た。
それには日本左衛門にも、うなずかれる節がある。真土まつちの上の黒髪堂で、突然、かれが斬りつけてきた抜きうちは諸手もろてをかけてきたのであって——今思えばあの時面箱を持っていた様子はなかった。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
又八の襟がみを諸手もろてにつかんで、婆は振りうごかすのであった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)