えり)” の例文
彼は怒りのためにかっとなり、つぶてのように駆けつけると、かよの上にのしかかっている蔵人のえりを掴み、力まかせにひき起こした。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
風呂から帰ったばかりと見えて、えりのあたりがほんのり白くなっている。啓吉は帰って来た事を叱られそうな、おずおずした目で
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
青豆のはいったどろどろのポタアジュが、えりから胸の中へ流れ込んで、飛びあがるほど熱いのを、そっと奥歯をかんでこらえた。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
らっきょう頭をピリリとさせ、金茶金十郎が紺緞子こんどんすえりの胸元を取って思わず床几しょうぎから立ち上ったのはさもあるべきことです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
葉子はいつもの口笛を吹きながら、青年と手をつないで歩いたり、ステッキの柄を彼のえりに引っかけて後ろから引っ張ってみたりなどなど。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ピンクのすその長い、えりの大きく開いた着物に、黒い絹レエスで編んだ長い手袋をして、大きなつばの広い帽子には、美しい紫のすみれをつける。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いぬの肝をとりて土にまぜてかまどを塗るときは、いかなる不孝不順の女人にても至孝至順の人となるといい、五月五日にすっぽんの爪を衣類のえりの中に置けば
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
この少年は帽子の好みにも、えりのつけ方にも洗練と技巧とを持っていた。ルノアルの描く少年のようなアンゲネームな香気がまわりにふりまかれた。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
勝家は、ぐだっとしたように、懐紙を出して、えりくびの汗を押し拭っていた。大きな暗礁あんしょうにのしあげたかたちである。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ピシャピシャピシャというその跫音あしおとが、おのずからえりもとに冷気を呼んで、降りそそぐ雨に周囲の闇黒は重かった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
洋服を着た、どちらも四十恰好しじゅうがっこうの二人である。荷物を玄関に運ぶ宿の男を促しながら、外套がいとうえりの底に縮めた首を傾け合って、せわしそうに話をしている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
好みの青いえりに黒い帶、凝脂ぎようし豊かなくせに、異常にほつそりした身體を包んで、深い歎きに身を揉むごとに、それが蜘蛛の巣に掛つた美しい蝶をさいなむやうに
そこへ娼妓しょうぎたちでしょう、頭にかぶさる位の大きな島田髷しまだまげに、花簪はなかんざしの長い房もゆらゆらと、広い紅繻子べにじゅす緋鹿ひがえりをかけた派手な仕掛しかけ姿で、手拍子を打って
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
それこそ恥も外聞もなく泣きだすのをみると、マスノはわざとえりがみをつかんでひきもどしながら
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
と云いながら、鉄の棒のようにコチ/\した腕を伸ばして、花やかな一枚の衣のえりをつまんだ。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
見ちゃったんだもの、年寄りってえりに白い布をつけてるね、見ちゃったんだもの。僕に、母がないからかも分からないけど、お母さんからとっちゃうんだものな、君を。可哀想だよ
急いで障子を立てると、彼は、慌てて腹巻の上から法衣をひっかけたが、胸板の金物が、ともすると着物の合せ目から見えるのを、無理にひっぱって、しきりにえりをかき合せていた。
うめは、祖母の黒繻子のえりにハンケチをかけた肩にもたれかかって押した。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ひそかにえりをぬらすとも
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
えりけ餅(二月八日)
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
菊千代は右手で短刀を抜き、すり寄って、左の手で半三郎のえりを掴むと、力をこめて彼の胸を刺した。半三郎は無抵抗であった。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かべの小さい柱鏡につかれた僕の顔と、ほおのふくれた彼女の顔が並んだ。僕は沁々しみじみとした気持ちで彼女の抜きえりを女学生のようにめさせてやった。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
お銀が蒼い顔をして、笹村の部屋の外へ来て、心寂しそうにえりを掻き合わせながら坐ったのは、大分経ってからであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
記憶をよくするマジナイに、五月五日にすっぽんつめを衣類のえりの中に置けば効能があるというのもある。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
いつも、きちんとえりの詰まった、プロシアン・カラーの趣味のいい単純な服を着ている。これが、必要以上に梓さんを真面目くさくも見せ、また、あどけなくも見せる。
垣の外を、毛皮のえりの附いた外套がいとうを着た客を載せた車が一つ、田端の方へ走って行った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
手水ちょうずをつかいはじめるし、年とった奥さんは奥さんで、ねまきも着かえるまがなく七輪しちりんをやけにあおぎながら、片手でえりもとを合わせ合わせ、きまりわるそうなていさい笑いをし
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
どれも大きなまげに結って、綺麗なかんざしをさし、緋の長襦袢ながじゅばんに広くない帯、緋繻子の広いえりを附けたかけという姿です。すっかり順に並びますと、その前へ蒔絵まきえの煙草盆と長い煙管キセルとを置きます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
◎夜具の白いキャラコえりは寿江が伺って来たので、歳末にタオル二本と一緒に中川から入れさせるようにしておいたのでしたが、まだ届かなかった由。とりまぎれたのでしょう。調べて居ります。
佐藤喜十郎もそちらを見たが、藤也は短刀のぎらぎらする光りと、えりをくつろげる久良馬の姿を見て、ひとたまりもなくその眼を伏せた。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
米の代りにたんぽぽをでて食わせたと云うてはなぐり、「お前はどうしてそう下品な女のくせがけないのだ。えりを背中までずっこかすのはどんな量見なんだ」
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
今まで受けたこともないような河獺かわおそえりつき外套や、臘虎らっこのチョッキなどに、お島は当素法あてずっぽうな見積を立てて目の飛出るほどの法外な高値を、何の苦もなく吹きかけたのであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
よごれた久留米くるめがすりの着物の、えりのうしろは赤茶けて破れているような着物を着て、日曜日でもないのに家さがしをする若い男と、ろくにあいさつもしない無愛想な女の一組には
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
お豊はすっかり酔って、幹太郎にからみつき、ところ構わず吸いつこうとしたり、袖やえりから手を入れて、彼の肌に触ろうとしたりした。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
疲れてドロドロに汚れた黒いメリンスのえりに、垢と白粉おしろいが光っている。私は子供のように自分の匂いをかぎました。この着物で、むかし、私はあのひとに抱かれたのです。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
寝衣ねまきえりをかき合せながら立っていってみると、おおいをかけた行燈のそばに、源六が前跼まえかがみになって、しきりになにかしていた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
キハツで紫のえりをふきながら、「ゆみちゃん! どこへ行ってもたよりは頂戴ね。」
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
二人は二十五、六、一人は四十がらみで、半纏のえりには「かしら」という字が染め抜いてあった。町内の頭だな、と栄二は思った。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
母はえりにかけていた手拭てぬぐいを小指の先きに巻いて、私の鼻の穴につっこんだ。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
躰をかわす暇はなかった。反射的に振った右手で、偶然なにかを掴んだ。それは相手の着物のえりで、がっしと掴んだまま、堀の中へ落ちこんだ。
しじみ河岸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼が抱いた腕に力をいれると、さらにしんなりと重みがかかり、ふと片手を、彼の着物のえりから、ふところへとさし入れた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
主税介は夜具のえりに手をかけた。すると千世が眼をさました。熟睡からさめて、良人がそこにいることを認めると、彼女はすぐに起きあがった。
四日のあやめ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
男の一人が進み出て、さぶの着物のえりつかんだ。それを待っていたように、栄二が立ちあがって振り返り、うしろにいる男の一人にとびかかった。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
娘は起き直り裾やえりをかいつくろい、髪へ手をやった。顔はあおざめてみえるが、態度も声音もおちついてい、却って男のほうがおろおろしていた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
女は腰掛に掛け、えりをぐっとひろげて、左の乳房を出した。三人は笑いやめて、さりげなくまぶしそうにそれを眺めた。
夜の蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
前へまわって坐った源次郎の顔を、おしのはするどい眼つきでみつめながら、静かに、長襦袢のえりを左右へひらいた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
家主の喜六があががまちのところに立って、着物のえりをくつろげ、片手で顔を拭きながら、扇子で胸元をあおいでいた。
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「八ツ半です」と卯兵衛は寝衣のえりき合わせた、「弥平の女房がお迎えに来ていますが、いって下さいますか」
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
畑中は「こいつ」と云って正之助のえりを掴み、「こっちへ来い」と、乱暴に広庭のほうへ小突いていった。正之助は温和おとなしく、されるままになっていた。
燕(つばくろ) (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
旅嚢を脇におろし、刀を両足の間に置き、萱笠をもっとあみだにして、額の汗を手でぬぐい、えりをくつろげた。