苦痛くるしみ)” の例文
うしてこの無邪気な少年の群を眺めるといふことが、既にもう丑松の身に取つては堪へがたい身の苦痛くるしみを感ずるなかだちとも成るので有る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
父も家庭に対するくるしみ、妻子に対するくるしみ、社会に対するくるしみ——所謂いはゆる中年の苦痛くるしみいだいて、そのの狭い汚い町をとほつたに相違さうゐない。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
お目にかかれないのが何より——病の苦痛くるしみよりつらう御座います。吉野さん何卒どうか私がなほるまでこの村にゐて下さい。何卒、何卒。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
さまでせもせず、苦患くげんも無しに、家眷息絶ゆるとは見たれども、の、心のうち苦痛くるしみはよな、人の知らぬ苦痛はよな。その段を芝居で見せるのじゃ。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし討たねばならぬ父の敵から助けられるということは、苦痛くるしみであった。とはいえ現在いまの場合においては、その苦痛は忍ばなければならなかった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
妊娠のわずらい、産の苦痛くるしみ、こういう事は到底とうてい男の方に解る物ではなかろうかと存じます。女は恋をするにも命掛いのちがけです。しかし男は必ずしもそうと限りません。
産屋物語 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
私の眼には立派な紳士の礼服姿よりも、軍人のいかめしい制服姿よりも、この青年の背広の服を着た書生姿が言い知らず心をいて堪えられない苦痛くるしみであった。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
そうして苦痛くるしみのかげもとまらぬ晴れやかな眉を張って、欄干に靠れながらおぼろにかすむ大空を仰いだ。
刺青 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
枕べ近き時計の一二時をうつまでも、目はいよいよさえて、心の奥に一種鋭き苦痛くるしみを覚えしなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
其の心のうちの喜びもつかで、苦痛くるしみの矢はたちまち私の胸に立つたのです、其れは貴女も御聞き及びになりましたやうに、私の父と篠田さんとが、仇敵かたきの如き関係になつたことです
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ロミオ 白状はくじゃうせいとは、わし拷問がうもん苦痛くるしみをさせうとてか?
そのかげに苦痛くるしみくらきこゑまじりもだゆる。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
矢表やおもてに立ち樂世うましよ寒冷さむさ苦痛くるしみ暗黒くらやみ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
めつゝむ苦痛くるしみつひ
寂寞 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
人間の苦痛くるしみですら知られずに済む世の中に、誰が畜生の苦痛を思いやろう。生活いきて、労苦はたらいて、鞭撻むちうたれる——それが畜生の運なんです。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
両手を腹につて、顔を強くしかめて、お由は棒の様に突立つたが、出掛でがけに言つた事を松太郎に聞かれたと思ふと、言ふ許りなき怒気が肉体の苦痛くるしみと共に発した。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そこへ罷職軍医の大槻延貴のぶたかというのがやって来て、手当てにかかる。私はジッと苦痛くるしみを忍んだ。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
どうだ、わかったか。なんでも、少しでもおまえが失望の苦痛くるしみをよけいに思い知るようにする。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
矢表やおもてに立ち楽世うましよ寒冷さむさ苦痛くるしみ暗黒くらやみ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
ふるひ高まる苦痛くるしみあけにくづるる。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
猜疑うたがひ恐怖おそれ——あゝ、あゝ、二六時中忘れることの出来なかつた苦痛くるしみは僅かに胸を離れたのである。今は鳥のやうに自由だ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
う言つて、お由は腰につた右手を延べて、燃え去つた炉の柴をべる。髪のおどろに乱れかかつた、その赤黒い大きい顔には、痛みをこらへる苦痛くるしみが刻まれてゐる。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それから三崎町の「苦学社」でめた苦痛くるしみ恐怖おそれとを想い浮べて連想は果てしもなく、功名の夢の破滅やぶれに驚きながらいつしか私は高谷千代子に対する愚かなる恋を思うた。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
といって寝刃ねたばを合わせるじゃあない、恋に失望したもののその苦痛くるしみというものは、およそ、どのくらいであるということを、思い知らせたいばっかりに、らざる生命いのちをながらえたが
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
熱黄疸ねつわうだん苦痛くるしみ吐息といきも得せず。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
どんなに丑松は胸の中に戦ふ深い恐怖おそれ苦痛くるしみとを感じたらう。どんなに丑松は寂しい思をいだながら、もと来た道を根津村の方へと帰つて行つたらう。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
追放やらはれた為に、人間が苦痛くるしみさと、涙の谷に住むと云ふのは可いが、そんなら何故神は、人間をして更に幾多の罪悪を犯さしめる機関、即ち肉と云ふものを人間に与へたのだらう?
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
其の時分、大きな海鼠なまこ二尺許にしゃくばかりなのを取つて食べて、毒に当つて、死なないまでに、こはれごはれの船の中で、七顛八倒しちてんばっとう苦痛くるしみをしたつて言ふよ。……まあ、どんな、心持こころもちだつたらうね。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
人が褒めそやすなら源は火の中へでも飛込んで見せる。それだのに悩み萎れた自分の妻を馬に乗せて出掛るとなると、さあ、重荷をしょったような苦痛くるしみばかりしか感じません。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
時分じぶんおほきな海鼠なまこ二尺許にしやくばかりなのをつてべて、どくあたつて、なないまでに、こはれごはれのふねなかで、七顛八倒しちてんばつたう苦痛くるしみをしたつてふよ。……まあ、どんな、心持こゝろもちだつたらうね。
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
駈足をしてる様ないそがしい人々、さては、濁つた大川を上り下りの川蒸気、川の向岸むかうに立列んだ、強い色彩いろ種々いろいろの建物、などを眺めて、取留とりとめもない、切迫塞せつぱつまつた苦痛くるしみおそはれてゐた事などが
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
あの長い漂泊の苦痛くるしみを考えると、よく自分のようなものが斯うして今日まで生きながらえて来たと思われる位。破船——というより外に自分の生涯を譬える言葉は見当らない。
朝飯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
目は烈しい嫉妬の為に光り輝やいて、蒼ざめた御顔色の底には、苦痛くるしみとも、憤怒いかりとも、恥辱はじとも、悲哀かなしみとも、たとえようのない御心持が例の——御持前の笑に包まれておりました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
過ぎし日のはかなさ味気なさをつくづく思い知るように成ったのも、実にあの繁子からであった。忘れようとして忘れることの出来ない羞恥はじ苦痛くるしみ疑惑うたがい悲哀かなしみとは青年男女の交際から起って来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
家を出る位の思をしても……その苦痛くるしみが何の役にも立たない……
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)