耄碌もうろく)” の例文
なんの放埒ほうらつもなくなった。勇気も無い。たしかに、疑いもなく、これは耄碌もうろくの姿でないか。ご隠居の老爺ろうや、それと異るところが無い。
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
お嬢さんの留守中、婆やの耄碌もうろくしているのを幸いに、君たち二人は書斎をはじめこの家の隅から隅まで血眼になって捜したんだろう。
髭の謎 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
人を莫迦ばかにするのも、い加減におし。お前は私を何だと思っているのだえ。私はまだお前に欺される程、耄碌もうろくはしていない心算つもりだよ。
アグニの神 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
実はもうすっかり耄碌もうろくしているので、雨戸の隙間から覗いてみると、夜も昼も蚊帳を釣り放して、いつもの通りに床を取った上に
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
耄碌もうろくしたと自分ではいいながら、若い時に亭主ていしゅに死に別れて立派に後家ごけを通して後ろ指一本さされなかった昔気質むかしかたぎのしっかり者だけに
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
検校はもう七十近いので、耳は遠く眼はもとよりめしいているので、近ごろは何もわからないと、自分の耄碌もうろくをよく口癖にかこっているが
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう悉皆すっかり耄碌もうろくして、縁側に坐って居睡りをするのが商売だったけれど、百二つで死ぬ時、シャキッとなって遺言した。それは
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「あんな耄碌もうろくおやじを頼りにしていて、かみの御用が勤まるものか」と、半七は笑った。「まあ、柳橋の方へ行ってみよう」
半七捕物帳:47 金の蝋燭 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
多少耄碌もうろくしている感じであった。少しは三味線しゃみせんを弾けたようで、父のもとにくる女弟子に稽古をつけていたこともあった。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
六十四五になる枯木のようにせた、躯の小さな老人で、かぶった耄碌もうろく頭巾の間から、霜柱のように白い無精髭ぶしょうひげが見えた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
だから、半ばは誇りのため、半ばは親切心のために、彼は、耄碌もうろくしてしまった召使たちにも住居と生活費をかならずあたえることにしているのだ。
「黙っていろ! この己を耄碌もうろく扱いする気だな、貴様は」親爺が立ち上ったらしかった。主婦さんの甲高い声が聞えた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
「とぼけちゃいけねえ。人間にんげん人形にんぎょう見違みちがえるほどおに七ァまだ耄碌もうろくしちゃァいねえよ。ありゃァ菊之丞きくのじょうちげえあるめえ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「私はまだ耄碌もうろくはしてゐないつもりさ。監督が不行屆だの子供を任されないのなんて誰にも云はしやしませんよ。」と、祖母は稍々やや興奮して云つた。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
たゞ近頃は耄碌もうろくしてゐて、あの時分よりはカンも悪く、動作も鈍くなつてゐるから、三日かゝるところが四日かゝるやうなことはあるかも知れない。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だが老いて既に耄碌もうろくし、その上酒精アルコール中毒にかかった頭脳は、もはや記憶への把持はじを失い、やつれたルンペンの肩の上で、むなしく漂泊さまようばかりであった。
其筋の人々は、博士の頭脳がつたなき靴跡を残し、偽筆の手習反故を残し、毒薬のコップをさえ残して、黒田某氏に名を成さしめる程耄碌もうろくしたというのか。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もつともこの言葉が、ただ赤兄の耄碌もうろくぶりだけを嘲つたものだつたか、それとも他に何かの意味を含ませたものだつたか、そこのところはよく分らない。
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「爺つぁん、耄碌もうろくしっこなしにしようぜ。木槌山の柳の下に、五万何ぼもえてたじゃねえか。嫌だぜ、おい。」
これ耄碌もうろくの結果ではない。うちを出て、電車に乗つて、山下で降りて、それから靴で大地の上をしかと踏んだといふ記憶をたしかにつた上の感じなのである。
点頭録 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
……頭かくして尻かくさず、叔父上、年のせいで、あなたもだいぶ耄碌もうろくなすったね。……ほら、証拠はこの通り
ちげえねえ、側に居たなア、何を云やアがるんで、耄碌もうろくウしてえるんだ、あん畜生ちきしょう、ま師匠腹をたっちゃアけねえヨ、己はあわてるもんだからへこまされたんだ
さすがに、面とむかっては、誰も、なんとも言わなかったが、陰では、バカだとか、気ちがいだとか、野村胡堂も耄碌もうろくしたとか、いろいろ言われたようである。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
孫の成長とともにすっかり老いこみ耄碌もうろくしていた金助が、お君に五十銭もらい、孫の手を引っぱって千日前の楽天地へ都築文男一派の新派連鎖劇を見に行った帰り
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
「あいつはこの節すっかり耄碌もうろくしている。それにことによったら泥棒ではなくって、店の常連の中の痴漢が一杯機嫌で若い人たちの部屋をのぞきに来たのかもしれない」
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
熊楠十歳の頃、『文選』を暗誦して神童と称せられたが、近頃年来多くの女の恨みで耄碌もうろくし、くだんの魚瞰鶏睨てふ王褒の句が、『文選』のどの篇にあるかをおもい出し得ない。
この隆々たる国運に乗じて、やがて日本が世界第一の強国になるまでは決して耄碌もうろくはしない。
青年の天下 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
というのは、私は、かの年をとって耄碌もうろくしているディ・ブロリオの、若い、浮気な、美しい細君をしきりに捜して(どんないやしい動機でということは言わないことにするが)
だがなア早引、それにしても、ちょっとばかり甘く見過ぎたぜ、お町にかかっちゃア耄碌もうろくでも、金の音を聞くとこの島原、ピーンと、一時に正気づくぜ。交換条件まずご免だ。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「濃度をまちがえるような耄碌もうろくはしないつもりじゃが、はて、どこでまちがったかな」
耄碌もうろくしたのか、それともそれ程にも感じないのか、山に千年てなり形が第一心憎くい。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
「おら、地震この方、たださえ耄碌もうろくしていたのがなおさら耄碌したごんだ。お静には死なれるし、保科は死ぬし……何しておらのような在り甲斐なしがいつまでも死なないかと思う」
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
耄碌もうろくするというのは、こういう事を言うのかも知れぬが、体は健康であったし、現に、こうして自分のやしきに帰って、萱門の前に立ち、波の音を耳にすると、爽やかな生きがいを感じて
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
「なるほど」法水は失望したようにうなずいたが、「とにかく細目をうけたまわろうじゃないか。あるいはその中から、君の耄碌もうろくさ加減が飛び出して来んとも限らんからね。ところで、君の検出法は?」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それは何となく「素人しろうとくさい」滑稽な云ひ方だつた。手こずつた主人がしらせたので、徳次の家からは家内のときが駈けつけて来た。泣いてとめた。半ば耄碌もうろくした父親も足をひきずつて来た。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
四十を越し候と人間も碌な事には出合わず、ただこうしたいと思うのみにて何事もそう出来し事無之、耄碌もうろくの境地も眼前に相見え情なく候。御能へは多分参られる事と存居候。万事はその節。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
倶楽部クラブのために馬鹿ばかになり、アメリカ人やユダヤ人に身を売ってる、耄碌もうろくした貴族どもで、自分の近代主義を証明するためには、流行の小説や芝居の中で演ぜさせられる屈辱的な役目を喜び
そのうえ、こんな仕事はなんと憂鬱ゆううつだったことだろう。それはおそらく、恩給をもらって退職したあと耄碌もうろくした精神を働かせ、長い毎日を暇つぶしする助けとしてやるのには格好の仕事だった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
しかし今年は「回顧陳列」というのがあるというので、これだけはぜひ見たいと思っていたものを、それすら当日の朝は綺麗きれいに忘れてしまっていたのである。これは耄碌もうろくと云われても仕方がない。
二科展院展急行瞥見 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「ウフフ。あはは! 竜造寺どの、お身も愈々耄碌もうろく召さった喃」
「まだそんな耄碌もうろくはしないヨ」と言って見る方の人だった。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「めでたい。十両の小判が時に依って十一両にならぬものでもない。よくある事だ。まずは、お収め。」すこし耄碌もうろくしているらしい。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
(ここの二代目胤舜は、まだ若いはずであるし、初代胤栄は、槍を忘れてしまったというほど耄碌もうろくしていると今聞いたが……)
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武家の辻番所には「生きた親爺おやじの捨て所」と川柳に嘲られるような、半耄碌もうろくの老人の詰めているのが多いのであるが
西瓜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たゞ近頃は耄碌もうろくしてゐて、あの時分よりはカンも悪く、動作も鈍くなつてゐるから、三日かゝるところが四日かゝるやうなことはあるかも知れない。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
僕にも習えと言うんです。しかし僕も女房の弟子になるほど耄碌もうろくしない積りです。ところで妻はこの頃あなたがすっかり気に入ってしまって、あなたを
四十不惑 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
有難う。だが、僕はこう見えても、まだ職工なんかにやっつけられる程耄碌もうろくはしないつもりだ。そんなことより、大分手紙がたまっている。タイピストを
ところが、このつむじ曲りの耄碌もうろく馬は、前に進むどころか、横へそれて、垣根にわきばらをぶつけてしまった。
「ああ、やはり年齢としじゃ。シッカリしておられるようでも、もう耄碌もうろくしておらるる。詮ないことじゃ。ごめん」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかもスッカリ耄碌もうろくしている上に、相当の現金をシコ溜めていることがわかりましたので、それこそ悪魔の本性を現わしましてコッソリの一軒屋に忍び込み
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)