紫紺しこん)” の例文
それら諸家の軍装のあいだにも、紫紺しこん、赤、くさ色、はなだ、小豆色あずきいろなど自家の色彩をさまざま誇る色一揆の傾向が現われかけていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白っぽい竪縞たてじまの銘仙の羽織、紫紺しこんのカシミヤの袴、足駄を穿いた娘が曾て此梅の下に立って、一輪の花を摘んで黒い庇髪ひさしびんに插した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
二三日前のふと考へて面白がつた酔興すゐきようのことも、いよ/\紫紺しこんにしてくれと云ふ時にはもうはづかしくなつてめようかと迄思つたのであつた。
六日間:(日記) (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
私は今日初めて明るい紫紺しこん金釦きんぼたん上衣うわぎを引っかけて見た。藍鼠あいねずみの大柄のズボンの、このゴルフの服はいささかはで過ぎて市中しちゅうは歩かれなかった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
碧緑へきりょくとも紫紺しこんとも思われて、油を塗ったような光沢がある。胴体はいかにも華奢きゃしゃであるが、手足はよく均衡が取れていて、行動が敏捷びんしょうである。
先生はそういう時、大抵、紫紺しこん色の渋い詰襟の洋服を着ているが、村の女たちの、先生に対する人気は大したものである。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
とその時まで、肩が痛みはしないかと、見る目も気の毒らしいまで身を緊めた裾模様の紫紺しこん——この方が適当であった。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なるほど、紫紺しこん職人しょくにんはみなんでしまった。生薬屋のおやじもんだと。そうしてみるとさしあたり、紫紺についての先輩せんぱいは、今では山男だけというわけだ。
紫紺染について (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
紫紺しこんのセエタアの胸高いあたりに、あかく、Nippon といとりし、くるぶしまで同じ色のパンツをはいて、足音をきこえぬくらいの速さで、ゴオルに躍りこむ。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
薩摩上布さつまじょうふに秋草の刺縫ぬいのある紫紺しこんの帯を町家まちや風にきちんと結んだ、二十二、三の下町の若御寮わかごりょう
翌日の午後六時、お君さんは怪しげな紫紺しこん御召おめしのコオトの上にクリイム色の肩掛をして、いつもよりはそわそわと、もう夕暗に包まれた小川町の電車停留場へ行った。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これはなんと水々しくいあげた桃割ももわれに、紫紺しこんと水色のすがすがしい大柄の絽縮緬ろちりめんの着物に淡黄色たんこうしょくの夏帯をしめた二十歳はたちを二つ三つ踏みこえたかと思われる純日本趣味の美女がいた。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そッと格子戸のうちを覗いて見ると、赤い鼻緒や海老茶の鼻緒のすがった奇麗な駒下駄が三四足行儀よく並んだ中に、一足紫紺しこんの鼻緒の可愛らしいのが片隅に遠慮して小さく脱棄ぬぎすててある。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
つかさんと娘とで踊つてる組もある。一人紫紺しこん薄手うすで盛衣ロオヴを着て白い胸飾むねかざりをした、ほつそりと瀟洒せうしやなひどく姿のい女が折折をりをり踊場をどりばに出ては相手を求めずに単独で踊のむれを縫ひながら縦横にけ廻る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
めずらしくかすりのセルの着物に、紫紺しこんはかまをつけている大石先生だった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
トラツクから肥桶こえをけを積みおろしてゐる紫紺しこんの海水着を一着いつちやくにおよんだ、飴色セルロイドぶちの、ロイド眼鏡をかけた近郊のあんちやんが、いまや颯爽と肥桶運搬トラツクに跳び乘り、はんどるを握つて
夏の夜 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
あまりにもいろ濃き空よ見つむれば紫紺しこんつるとおもはるるかな
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
うきあがる紫紺しこんのつばさ
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
紫紺しこんの夢の玉を吹き
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
ギイと蝶番ちょうつがいの鳴る音がして、後ろのつづらのふたがひとりでに口を開いたかと思うと、その中から肩を起こした紫紺しこん頭巾の人影。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そらに一りんつぼみへて、いたやうに、常夏とこなつはなにした、ほつそりとしろと、さくらぢらしの紫紺しこんのコート。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
どういうわけでこんなおもてなしにあずかるのか先刻せんこくからしきりに考えているのです。やはりどうもその先頃さきごろおたずねにあずかった紫紺しこんについてのようであります。
紫紺染について (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
あのとき、観覧席かんらんせき一隅いちぐうに、日本女子選手の娘達むすめたちが、純白のスカアトに、紫紺しこんのブレザァコオトを着て、日の丸をうち振り、声援していてくれた、と後でききました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
其安穏寺のぼうさんであろう、紫紺しこんの法衣で母屋おもやの棺の前に座って居るのが、此方こちから見える。棺は緑色のすだれをかけた立派な輿こしに納めて、母屋の座敷の正面にえてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
断崖百尺の上の、何と小さな人間、白の黒の紫紺しこんのぽつり、ぽつり、ぽつりだ。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
紫紺しこん色の宗十郎頭巾を、だらりとまげの上からくるんでいる横顔が空明りのせいかくッきりと白い。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「へえ。ずいぶんなご卓見たっけんです。しかしあなたは紫紺しこんのことはよくごぞんじでしょうな。」
紫紺染について (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
白魚しらおのような指が、ちょいと、紫紺しこん半襟はんえりを引き合わせると、美しいひとみが動いて
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
背後には、青空をくっきりとかくした、峰々みねみね紫紺しこん山肌やまはだ、手前には、油のようにとろりと静かな港の水、その間に、整然とたち並んだ、白いビルディング、ビルディング、ビルディング。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
風が涼しい、たんは澄み、碧流へきりゅうは渦巻く。紫紺しこん水禽みずどりは、さかのぼる。遡る。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)