むち)” の例文
自分自身をむちうたなければならないはずであったのに、そのむちを言葉に含めて、それをおぬいさんの方に投げだしたのではなかったか。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一たんそうした心理が、芽ばえてきたが最後、もうどうすることもできなかった。細君の一挙一動が、彼にとっては拷問のむちになった。
二人の盲人 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
鶴見はここで彼をたしなめるむちの音をはっきり聞いた。なるほどそうである。贖物をそなえずにいて、それなりに若返るすべはない。
子に良縁ありてよき嫁を娶り、孫を生まずとてこれを怒り、その嫁を叱り、その子をむちうち、あるいはこれを勘当せんと欲するか。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「こういたせ」「こう仲直り」「それは甲が悪い、むちを打って放せ」「これでは乙が不愍ふびんである、丙はいくらいくらの損害をやれ」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
またそうした先輩達のむちから、いつもかばってくれるコオチャアやO・B達に対しても、ぼくの過失はなお済まない気がします。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
古エジプト人これを飼い教えて無花果いちじくを集めしめたが、今はカイロの町々で太鼓に合わせて踊らされ、少しく間違えば用捨なくむちうたるるは
この囚人めしうどはおよそ十人ばかりであろう。そのあとから二、三十人の男が片袒かたはだぬぎで長い鉄のむちをふるって追い立てて来た。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
晩には、汗まみれになり疲れはてて、緑の帽子を目深にかぶり、監視の者のむちの下に、海に浮かんだ徒刑場の梯子段はしごだんを二人ずつ上ってゆくのだ。
「あんなやつはむちでひっぱたいてやってもあきたりないわ、処刑台だいへのせて、首切り役を使って、大ぜいの前で……!」
しかしコラムは立ち上がって壁にかけてあったむちをとった。しぶい微笑がその黒い髭の中に巣くう鳥のように動いた。
魚と蠅の祝日 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
「あなたが予審判事にわれわれのことで苦情を言ったものだから、われわれはむちで打たれなけりゃあならないんです」
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
過酷な労働が強制され、白人監督にむちたれる黒色人褐色人の悲鳴が日毎に聞かれた。脱走者が相継ぎ、しかも彼等の多くは捕えられ、或いは殺された。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
が、この苦悩は巨人を殺すために与えられたむちではなかった。絶望と孤独が、散々さんざんに大きな魂をさいなみ続けた末、巨人は豁然かつぜんとして大悟したのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
たとえば五十の笞刑ちけいという判決であれば、カッツァーンがこれに従って被告をば会堂の中で五十むち打ったのです。
そして松林の中の粉つぽい白い砂土の小径こみちを駅の方へとぼ/\歩いた。地上はそれ程でもないのに空ではすさまじい春風がむちのやうにピユーピユー鳴つてゐる。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
わたしはあえてがたがたするひとびとにわざわざむち打ってまでふぐの提灯ちょうちん持ちなんかしやしない。
河豚食わぬ非常識 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「女のもとへ行くか。むちを忘るるな{11}」とは老婆がツァラトゥストラに与えた勧告であった。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
今は時もかたい上に、軽いものはむち入墨いれずみ、追い払い、重いものは永牢えいろう、打ち首、獄門、あるいは家族非人入りの厳刑をさえ覚悟してかかった旧時代の百姓一揆いっきのように
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これもまた牛馬が用いられた世の事で何の不思議もないことであった。牛は力の限りを尽して歩いている。しかも牛使いはつとむることなお足らずとして、これをむちうっている。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
さながら皇天ことにわれ一にんをえらんで折檻せっかんまた折檻のむちを続けざまに打ちおろすかのごとくに感ぜらるる、いわゆる「泣きつらはち」の時期少なくとも一度はあるものなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
むかし耶蘇教の弟子でしパウロは新しき宗教を奉じたとがをもって捕縛ほばくせられむちうたれ、ごくに投ぜられ種々の苦を受けたが、ついに国王の前に呼び出され、御前裁判を受けたとき
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
それは、ただ神のむちを受けるために、うなだれて審判の台に向う事のような気がしているのでした。地獄は信ぜられても、天国の存在は、どうしても信ぜられなかったのです。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
小さな鬼のやうにび出して顫へる私のてのひらやすくめた頸すぢをむち打たうと待ちかまへて、何時もそこに忍んでゐたあの昔恐れた鞭の細長い形を見ることを半ば豫期して、私は
むしろ必要とするところでもあったので、むちを嬉ぶ贖罪しょくざい者の気でじっと辛抱して勉強した。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
実に一瞬ではあったけれど、私の絶々たえだえな気持ちによくむち打ってくれるものがありました。その恋愛は、私との愛情がまだ終りをつげないうちにほろんで亡くなってしまいました。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
笞刑は言ふ迄もなく、しりぺたを叩くので、それに用ひられるむちが新しく買ひ込まれた。
探索隊の役人たちは、やむなく老夫婦をしばり上げ、むちうち、責めさいなんで、山から引きずりおろして来た。里に出て宿を取るときには、逃亡を怖れて老夫婦にうすを背負わせた。
人を喜ばせるためにのみ努力した結果がこんなことになるなど、しかもそれは、全然予期しなかったことではなかった筈なのに。貞子のあの含みのある言葉の数々が、むちとなってこたえる。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
重敲じゅうたたきというから百のむち、その上伝馬町御牢門前から江戸払いに突っ放された。
次郎は、いきなりぴしりと胸にむちをあてられたような気がした。かれの眼には、大河の、今朝のしずまりきった静坐の姿がひとりでにかんで来た。むろん、先生に返す言葉は見つからなかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
第二は神より人に下る懲治こらしめとしての苦難である。これ愛のむちである。恵の鞭である。これまではエリパズも知りヨブもまた認めている。しかるにここにヨブもエリパズも他の二友も知らぬ苦難がある。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
それも多くむちや棒でなぐる、しかもそこが国民的なんだよ。わが国では耳を釘づけにするなんてことは夢にも考えない。
譬えば某国の律に、「金十円を盗む者はその刑、むち一百、また足をもって人の面をる者もその刑、笞一百」とあり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あああなたは生々なまなましい真実を好まれないのです。がキリストはそれを好んでいた。キリストはむちを取ってエルサレムの寺院から奸商かんしょうらを追い放った。
江戸町奉行所の前で、百のむちに打叩かれた果て、罪のむしろから放逐ほうちくされた——あの時の姿のままの又八である。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
聖徳太子四歳の御時おんときのことと伝えられている。みずからそのむちをうけんと、父皇子の前に進んで出られた。
一方、投獄された酋長達が毎日むちたれているという噂もあった。こうした事をききするにつけ、スティヴンスンは、自らを、何の役にも立たぬ文士として責めた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
次に上帝を招き、汝は苦労せにゃならぬ、すなわち、常に重荷を負い運び、不断むちうたれ叱られ、休息はちとの間であざみいばらの粗食に安んずべく、寿命は五十歳と宣う。
弁護士はブロックの望みをかなえてやったのではなくて、むちで打つぞとでもいうようにおどしたのだ、と思えそうだった。今やブロックがほんとうに震えはじめたからである。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
軽いものはむち入墨いれずみ、追い払い、重いものは永牢えいろう、打ち首のような厳刑はありながら、進んでその苦痛を受けようとするほどの要求から動く百姓の誠実と、その犠牲的な精神とは
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
専門の陶家はもとより、陶家を贔屓にしておられる方々などから憎悪のむちを以て打たれるのでありますが、私はその犠牲を払って憎悪をものともせず、その答を多年に渉ってくぐり抜けして
近作鉢の会に一言 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
と言つても、背にむちしてひたすら学業にいそしむことを怠りはしなかつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
五里霧中で、そうして時たま、虎の尾を踏む失敗をして、ひどい痛手を負い、それがまた、男性から受けるむちとちがって、内出血みたいに極度に不快に内攻して、なかなか治癒ちゆし難い傷でした。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
むちうちたいほどに罵り悔まずにいられなかった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たたくに都合つごうのよいむち
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
百姓はそれを打つ、猛烈に打つ、ついには自分でも何をしているのかわからないで、打つという動作に酔ってしまって、力まかせに数知れぬむちの雨を降らすのだ。
かつて長安ちょうあん都下の悪少年だった男だが、前夜斥候せっこう上の手抜かりについて校尉こうい成安侯せいあんこう韓延年かんえんねんのために衆人の前で面罵めんばされ、むち打たれた。それを含んでこの挙に出たのである。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
自分たちのむしろの前に、小さい手桶に竹柄杓たけびしゃくが添えてある。この手桶は、むちで打ちすえる奉行所にも、一きくの情けはあるのだぞというように、無言のすがたを持ってそこにあった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わが家財を盗まんとする者あらば捕えてこれをむちうち、差しつかえなき理なれども、一人の力にて多勢の悪人を相手にとり、これを防がんとするも、とても叶うべきことにあらず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)