確乎かっこ)” の例文
その信仰や極めて確乎かっこたるものにてありしなり。海野は熱し詰めてこぶしを握りつ。容易たやすくはものも得いはで唯、唯、かれにらまへ詰めぬ。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
彼は働く能力を失い、一定の目的に向かって確乎かっこたる歩を運ぶの能力を失ってはいたが、しかし常にも増して明知と厳正とを持っていた。
一、死して後むの四字は、言簡にして義広し。堅忍果決にして、確乎かっことして抜くべからざるものは、これをきて術なきなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
こうした自覚をいだいて、大自然がおのれに課し与えた義務を果たそうとする者こそ、確乎かっこたる地盤のうえに立つ者と言うべきであります。
仕事をいとうて嫌々植えたりしていては、苗も、確乎かっこと大地に根を張って、おさまの恵みをいっぱいに吸うて育つはずがない。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また自分よりもたくましい骨格、強い意志、確乎かっことした力を備えた男性という頼母しい一領土が、偶然にも自分にってこの世界に造り出された。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
世の嘲笑ちょうしょうや批難に堪えてゆけるだけの確乎かっこたるものはなかったが、どうかすると、彼はよく昂然こうぜんと、しかし、低くつぶやいた。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
それは克己こっきと、にもかかわらずとの生活であり、厳格な、確乎かっことした、禁欲的な生活であって、かれはこれをせんさいな
「物」のみがもつ無心の静謐せいひつ確乎かっこたる不動の感覚、言葉のない、しかし有限な一つの暗い充溢じゅういつ、無責任な物質の充溢だけに任しているのだ。……
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
三人はなお語った。話は遂に一小段落を告げた。田中は今夜親友に相談して、明日か明後日までに確乎かっこたる返事をもたらそうと言って、一先ひとまず帰った。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
偶然とは言いながらも是ほど確乎かっこたる基礎のある今日の新文明を、或いは提督ていとくペルリがひっさげてでも来たもののように、考える人さえあったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
確乎かっこたる自信が、あって、もっともらしい顔をして、おごそかな声で、そう言ったつもりなのであるが、いま考えてみると、どうしても普通でない。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
自分は幾度も鯨の本物を本場で見ている——という確乎かっこたる自信があるから、番兵さんの主張は、さすがの茂太郎も、如何いかんともすることはできない。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
確乎かっこたる見込みこみありての事なり、未練らしう包み隠さずして、有休ありていに申し立ててこそ汝らが平生へいぜいの振舞にも似合わしけれとありければ、もっともの事と思い
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
そしてとにかく彼は私なぞとは比較にならないほど確乎かっことした、緊張した、自信のある気持で活きているのだということが、私を羨ましく思わせたのだ。
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
それはどこまでも地上に確乎かっこたる存在を占める安定な形や、幅や、重さや、強さを現わしているのであります。それに支那の文化の足跡は遼遠りょうえんであります。
北支の民芸(放送講演) (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そうすることによってこそ、初めて、人は誰をもいつわらぬ、誰にもおびえぬ、真に確乎かっことした、自律的な、責任のある行為を生むことができるようになるのだ——と。
もとより内心に確乎かっこたる覚悟があって述べる事でないんだから、顔だけはしかつめらしいが、述べる事の内容は、すこぶる赤毛布式あかげっとしき縹緲ひょうびょうとふわついていたに違ない。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ともかく、冷たい近代性を真向にふりかざし、良い楽員を集めて鋼鉄の如き確乎かっこたる演奏を聴かせるのは心にくきことである(なお、ストララムは近年逝去した)。
バーター・システムの取引を承知しておきながら、かの燻精を変質させて送りかえすとは、片手落かたておちもはなはだしい。われに確乎かっこたる決意あり。しっかり説明文をよこされよ”
彼はこの方法によりて、春信が最終の制作を以て確乎かっことして安永元年また二年なりと断言せり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
確乎かっこたる基礎を固め得たのは、中心人物たる居士が一歩々々刻苦して進んだ結果に外ならぬ。
「俳諧大要」解説 (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
一つの確乎かっことした正統文学形式であるということには、何人なんぴとも疑う必要はないであろう。
日本の女の第一の短所は確乎かっこたる自信のない点にある。だから彼等は西洋の女に比べていじけて見える。近代的の美人の資格は、顔だちよりも才気煥発かんぱつな表情と態度とにあるのだ。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
優しい一方とのみみえる萩乃の性質ひととなりに、どこかりんとして冒すべからざるところのほの見えるのは、この、生前先生ののぞまれたとおりに、勇烈確乎かっこたる大精神が、この荒磯の襖とともに
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その人に確乎かっこたる覚悟があって身心を高潔に保つ人でなければ結婚後る動機のため品行がたちまち崩れて酒道楽や女道楽にふけらないとも限りません。実際そういう人が世間に沢山あります。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
然るに我等夫婦は此迄これまで医業を取るのみにて、農牧業に経験無きを以て、児輩及び知己親族より其不可能を以て思いむべきを懇切に諭されたるも、然れども我等夫婦は確乎かっこと决心する所あり
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
欲求は漠然にして不正確、希望は確乎かっことして正確である。あたかも男女間の思慕が初め欲求たる間は不慥ふたしかなれど、ち進みて婚約成立となりて初めて希望と化して、確実になるが如くである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
たとい諸君の目指す人間が、正真正銘間違いなしのこの事件の真っ黒星で、若林君の所謂仮想の怪魔人であるにしても、要するにそれは一つの推測で、確乎かっこたる証跡があるわけではなかろう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
が、確乎かっこたる信条であります。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その信仰や極めて確乎かっこたるものにてありしなり。海野は熱し詰めてこぶしを握りつ。容易たやすくはものもいわでただ、ただ、渠をにらまえ詰めぬ。
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くちびるを紫色にし、憤激の目付きをし、全身をこまかく震わし、そして目を伏せながらしかも確乎かっこたる声で、あえて市長に言った。
何しても、単福の用兵には、確乎かっこたる学問から成る「法」があった。決して偶然な天佑や奇勝でないことは、誰にも認められたところであった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
慣習は多くは古いものであるが、それとても不変常在のものではなかった。何か偶然の機縁で始まったことが、次第によろこび迎えられて確乎かっこたる先例を作り得たのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そのやわらかい筋肉とは無関係に、角化質かくかしつの堅いつめが短かくさきの丸いおさない指を屈伏くっぷくさせるように確乎かっこと並んでいる。此奴こいつ強情ごうじょう!と、逸作はその爪を眼でおさえながら言った。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
なるほど戦局は苛烈かれつであり、空襲は激化の一路にあります。だが、いかなる危険といえども、それに対する確乎かっこたる防備さえあれば、いささかもおそるには足りないのであります
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
と田山白雲から尋ねられて、駒井が相当確乎かっこたる所信を以て、次のように答えました。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自国の文化については何のかんがえをも持っていなかったようである。特にこれを愛重する心は無かったようにも見られる。祖国の風土草木に対してもまた確乎かっことした考はなかったようである。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私は小説というものを間違って考えているのであろうか、と思案にくれて、いや、そうで無いと打ち消してみても、さて、自分に自信をつける特筆大書の想念が浮ばぬ。確乎かっこたる言葉が無いのだ。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
「まだ早すぎる。確乎かっこたる報告が集らぬではないか」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
攻撃の言葉は皮肉なれども中川には確乎かっこたる定見あり
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そして同じ敵対国にたいしては、常に重きをなしているから無言の防塁ぼうるいはつねに織田の後方を確乎かっことして扶翼ふよくしている。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
男はいわば相手の本心の底までも貫くような目つきでじっと彼をながめながら、おごそかな確乎かっこたる調子で答えた。
すればこのほのかな河明りにも、私がかつて憧憬していたあわれにかそけきものの外に、何か確乎かっことした質量がある筈である——何かそういうものが、はっきり私に感じられて来ると、結局
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
確乎かっことして、謂う時病者は傲然ごうぜんたりき。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と大原もまた確乎かっこたる意見あり。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
しかも武備はいよいよ強化され——ここに徳川家なる一国は、小国ながらも、領民と領主と、人と物と、さながら一体の強みを確乎かっこあきらかにして来た。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが男の明晰めいせき確乎かっこたる返答に出会って、その不思議な男はただ不思議なばかりで何らとらうべきところがないのを見た時、彼は自分の弱味を感じた。
どうしても、確乎かっことした要害を占めて、腰をすえてかかるためにも、洲股に味方の一城が欲しいのであった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ジャヴェルは橋の胸壁を離れ、こんどは頭をもたげて、シャートレー広場の片すみにともってる軒灯で示されている衛舎の方へ、確乎かっこたる足取りで進んでいった。