とりで)” の例文
城代屋敷は、非常の場合、小さいとりでの代りぐらいにはなるように、小川をめぐらし、吊り橋をわたし、すべて堅固な構えにできている。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
峰が一つ開けると忽然こつねんとしてとりでのような山が行手を断ち切るように眼の前に現われる。七兵衛は平らな岩の上に立って谷底を見ていたが
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
小児心こどもごころに取って返したのがちょうさいわいと、橋から渡場わたしばまでく間の、あの、岩淵いわぶちの岩は、人を隔てる医王山のいちとりでと言ってもい。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もし女の恋が不幸に終ったとすれば、彼女の心は、占領され、掠奪りゃくだつされ、放棄され、そして荒れるにまかされたとりでに似ている。
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
石垣の間なる、幅廣き三條の柱は、後の修繕ならん。おもふに中古はとりでにやしたりけん。戸口の上に穴あり。これ窓なるべし。
樋橋付近のとりでの防備、および配置なぞは、多くこの物頭の考案により、策戦のことは諏訪藩銃隊頭を命ぜられた用人塩原彦七の方略に出た。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ほとんど犯罪の続行を不可能に思わせるほどの完璧なとりででさえも、犯人にとっては、わずか冷笑の塵にすぎないではないか。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「それはそれはご奇特のことで、実は我々も御嶽冠者殿の、濃き関係者でありまして、これよりとりでへ参るところ、ではご案内いたしましょう」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それにしても御本陣とあのとりでとのあいだはまわりみちをしましても五六里、まっすぐにまいればわずか一里でござります。
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ジャン・ヴァルジャンは一瞬間もとらえた手をゆるめないで、モンデトゥール小路の小さなとりでを、ようやくにしてジャヴェルにまたぎ越さした。
これ吾妻の丸山といって、昔、羽根尾長門守はねおながとのかみの臣篠原玄蕃しのはらげんばという剛の者、この山上にとりでを構えしといい伝えられている。
そりで方々乗りまわしたり、丘の上から谷へ滑っておりたり、いろんな雪達磨を作ったり、雪のとりでを築いたり、雪合戦をしたりすることが出来るのだ!
「私は大村から隠密としてこのとりでへはいっていた者です、——こっちへきてください、馬が用意してありますから」
伝四郎兄妹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そうしてその入口の両側には、見上げるような大書棚おおしょだなが、何段となく古ぼけた背皮を並べて、まるで学問の守備でもしているとりでのような感を与えていた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
戰はずして内に入りにき、我はまたかゝるとりでの内なるさまのいかなるやをみんことをねがひ 一〇六—一〇八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
とりでとして久しくるに適しなかったか、または根小屋を控えるだけの勢力を持たなかった武士、今なら中流の地主ともいうべき小名の住んでいた処であろう。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
民顕ミュンヘンのように、Japsヤップス! などというこえは一つも聞こえない。僕は静かにそこを通り抜け、古いとりでの残っているのを右手に見ながら、汀の方へ下りて行った。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
これは妙だとながめていると、順繰じゅんぐりに下から押しあがる同勢が同じ所へ来るやいなやたちまちなくなる。しかもとりでの壁には誰一人としてとりついたものがない。塹壕ざんごうだ。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そういう文学のとりでとして『新日本文学』は創刊されようとしているのである。〔一九四六年一月〕
籠城の準備として、大阪城へ大軍の迫る道は、南より外ないので、此方面にとりでを築く事になった。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
たいへんな決意で、芝の斎藤氏邸に出かけて行ったが、どうも斎藤氏邸は苦手にがてだ。門をくぐらぬさきから、妙な威圧を感ずる。ダビデのとりではかくもあろうか、と思わせる。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
……この森には昔、とりでか、お寺か、何かがあったらしく、処々ところどころに四角い、大きな切石が横たわっていること。時々人が来るらしく、落ち葉を踏み固めたところが連続していること。
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
気候のために阻礙そがいせらるるのうれいなく、また海は天然の城・とりでなるがゆえに、外寇がいこうの危難おのずからまれに、したがって兵籍に編入するを要する人口の割合またおのずから少なく
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
この碧海島へきかいとう、南の鳥島、中の小笠原島——この三つがわが太平洋の三つのとりでである。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
「どうしてって、友愛塾は自由主義精神のとりでなんだろう。第一番に砲撃ほうげきされるよ。」
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
いつたいどうして奴はこの辺をうろつく気になりをつたのだらう? 波蘭人どもが、われわれとザポロージェ人との連絡を断つために、とりでを築く計画を立ててをるといふ情報も入つてゐる。
彼の主張するところでは、もし謀叛人どもが柵壁を越えるのに成功すれば、どれでも護りのない銃眼を占領して、私たちをこのとりでの中で鼠のように射殺してしまうだろう、というのであった。
微笑のとりでもて 心を奥へ奥へと包んだ 薄倖のばらのはな。
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
五月雨の堀たのもしきとりでかな
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そゝり立つ塔、天守のとりで
南のとりで。——ああ
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
とりでしろつきあげて
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
難波なにわの神崎川、中津川辺の湿地帯で、石山御坊の僧軍や、中島とりでの三好党の大兵などと対峙たいじして、連日、苦戦をつづけていた信長の耳に
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでも男爵はあいかわらず誇らしげにその小さなとりでにひきこもって、親ゆずりの頑固さから、家代々の宿敵に対する恨みを胸に抱いていた。
「汝ら聞いて驚くな! 吾を語らいしその者とは木曽の霊境にとりでを構え、四方の勇士を集め召す、御嶽冠者行氏みたけかじゃゆきうじなるわ!」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「その所在なら、そもじは、不要じゃと言いたいがのう。妾はそうと知ればこそ、このラショワ島にとりでを築いたのじゃ」
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
種々のものを積み重ねたとりでの上に、目に見えない千二百の小銃を前にして立ち上がり、死よりも力強いかのように平然と死の面前につっ立った時
築地ついじたてとし家をとりでとする戦闘はそのの周囲でことに激烈をきわめたという。その時になって長州は実にその正反対を会津に見いだしたのである。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その結果、八面大王の葛籠つづらの中へ納められて、中房の温泉場へ隠された女であります。それを兵馬が、夜具蒲団のとりでの中で、偶然発見した女であります。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこは一番高いところが標高千米あまりある山脈で、大村城下を東方二十四キロの近さに見おろしている、そしていま敵は更にそこへかたいとりでをつくっているのだ。
伝四郎兄妹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
くら昨日きのふ今日けふ千騎せんきあめおそふがごとく、伏屋ふせやも、たちも、こもれるとりでかこまるゝしろたり。
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
五月雨の堀たのもしきとりでかな
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
とりでしろつきあげて
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
で、彼は、あえて武力にも出ず、黙々と、各地の要所に、とりでの増築を命じ、九月の半ば頃、また兵を返して、大垣の城へ入った。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬籠の青山庄三郎しょうざぶろう、またの名重長しげなが(青山二代目)もまた、徳川がたに味方し、馬籠のとりでにこもって、犬山勢いぬやまぜいを防いだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いかに太郎丸図々ずうずうしい、度胸を持っていようとも、とりでにも当らぬこの屋敷を、こう十重二十重に囲まれては、策を
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
アイゼンシュタイン河を隔てた洋上にとりでをきずき、われに勝る勇士あれば、かしづかんと宣言していたのである。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
このとりでからも、不幸なリップはついにがみがみ女房のために、いやおうなしに追いだされてしまった。
ぜひなく、兵馬は、この蒲団のとりでに向って正面攻撃を行うほかはないと思い、小提灯をたのみに、充分の用意をもって、一方から、その蒲団を崩しにかかりました。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
弟幸村らの守る伊勢崎(上田城のとりでの一)を攻めてこれを降しているのである、これを思うと信之夫人のとった態度は、まさしく禍を未然にふせいだものといえよう。
日本婦道記:忍緒 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)