ひく)” の例文
お宅は下根岸しもねぎしもズッと末の方でく閑静な処、屋敷の周囲まわりひくい生垣になって居まして、其の外は田甫たんぼ、其のむこう道灌山どうかんやまが見える。
客舍の前にはたけひくたくましげなる男ありて、車の去るを見送りたるが、手に持てる鞭を揮ひて鳴らし、あたりの人に向ひていふやう。
霜枯しもがれそめたひくすすき苅萱かるかやや他の枯草の中を、人が踏みならした路が幾条いくすじふもとからいただきへと通うて居る。余等は其一を伝うて上った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
長さ二町にも余る雪田の上には、雪崩の為に掻き取られた大きな土の塊が二つ三つ横たわって、ひくい灌木などが生え茂っている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
座の一隅にはひくい脚を打った大きな折敷おしき柳樽やなぎだる置かれてあった。客が従者じゅうしゃに吊らせて来て此処へおくったものに相違無い。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
前石(つくばいに跼んで手を洗う踏石)の右にひくい熊笹を植えるのもよい、とくさは手洗いにつきすぎて陳腐であるから
庭をつくる人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
時計のくさり繻珍しゆちんの帯の上に閃かしたるちゞれ毛の束髪の顔は醜くたけひくき夫人の六尺近き燕尾服の良人の面仰ぎつゝ何やらん甘へたる調子にて物尋ねらるゝ
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
いつものやうに黄金色の花をつけたひくいゑにしだのほかには何もなかつた、が、海風を避けた低地へ足を入れると、すぐ新らしい美しい緑葉や、花をつけた山櫨さんざししげみ
ひくい天井に只一つ小さな硝子がらす窓があつて寝ながら手をのばせば開閉あけたてが出来る。昼はその窓から日光が直射し、雨の晩などはぐ顔の上へ音を立てて降りかゝる様で眠られないさうである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
見かけだけは、岩にひらみついてゐる、ひくい灌木かなにかのやうに思つてゐたのが、中へ入つて見ると、丈の高い熊笹が縦横に入り乱れてゐて、一足でも踏み入れさせまいとする。
伊良湖の旅 (新字旧仮名) / 吉江喬松(著)
トちょっとあらたまった容子ようすをして、うしろ見られるおもむきで、その二階家にかいやの前からみち一畝ひとうねり、ひく藁屋わらやの、屋根にも葉にも一面の、椿つばきの花のくれないの中へ入って、菜畠なばたけわずかあらわれ、苗代田なわしろだでまた絶えて
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とし十六じふろくなれども不圖ふとところいちか、肩幅かたはゞせばくかほちひさく、目鼻めはなだちはきり/\と利口りこうらしけれどいかにもせいひくければひとあざけりて仇名あだなはつけゝる、御免ごめんなさい、と火鉢ひばちそばへづか/\とけば
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いぢけてひくい防雪林の杉並あたり
春と修羅 第二集 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
東京の街のひくい屋根を越えて
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
人食ふ人ら背もひく
緑の種子 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
両側を限る山裾は刈り込んだようにひくい灌木が叢生している許りで、あれ程人を苦めた絶壁はもう影も形も見せなくなった。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
此だな、と思って音なわすと、道側のひくい草葺の中から真黒な姿がぬっと出て「東京のお客さんじゃありませんか。御隠居が毎日御待兼ねです」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そこには大きなひくい机を横にしてこちらへ向直むきなおっていた四十ばかりの日にけてあかい顔の丈夫そうなズクにゅう
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして、彼女の戸口から、荒地の上を、ひくいえにしだの中を、彼が往來するのを見掛けることも出來よう。さう思ふと、彼女はブルバラネクのこの土地が懷かしまれた。
帽子のない、なりのひくい姿は、墨のようににじんだ影を、くらい軒燈の下に落して行った。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
とあるひくい石垣の上に腰を掛けた九は大きな煙管パイプくはへてこゝろよさう燐寸マツチを擦つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
そのひくい、蒼白そうはくなからだを
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
水の流れていそうな溝を探している中に大降りとなったので、そばにあったひくい白檜の下に逃げ込んで雨を避けた。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そこには大きなひくい机を横にして此方へ向直つてゐた四十ばかりの日に焦けて赭い顔の丈夫さうなヅク入が
観画談 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
株立ちのひくい桜は落葉し尽して、からんとした中に、山門さんもんの黄が勝った丹塗にぬりと、八分の紅を染めたもみじとが、何とも云えぬおもむきをなして居る。余は御室が大好きである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
海面より低いこの国は、何処どこへ行つても狭い運河カナルが縦横に通じて、小橋こばし色色いろいろに塗つた美しい船との多いのがに見られない景色である。建築は一体にひくい家ばかりで三がい以上の物はすくない。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
晩秋の日の光りを浴びて返り吹きしたひくいえにしだの香氣を漂はせてゐた。
それで頂上の東寄りの岩の原が尽きた辺から、ひく偃松はいまつの中を下り始めたが路らしいものはない。偃松の丈は次第に高く、枝が張り出して動きがとれなくなる。
思い出す儘に (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
直ぐ急な登りが始まる、最初のうちは偃松がひくいので、岩の上も楽に歩けたが、五十米も登ると蒼黒い偃松の波が急に深くなって、腰から肩の辺まで押し寄せる。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
つのぐむ草の芽立ちがほの紅く匂ったりして、登山者の目を楽しませ、近くの岳樺だけかんば深山榛みやまはんのきひくい林の中では、鶯、駒鳥、大瑠璃おおるり其他の小鳥が囀り交わして、快い響を漂わしている。
山の魅力 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
頂上から二十分ばかり黒木の中を北に進むと、尾根が痩せて大きな岩が露出し、木は拗けて丈がひくくなり、黒檜、米栂こめつが米躑躅こめつつじなどが多い。大菩薩連嶺中で最も異彩を放っている場所である。
初旅の大菩薩連嶺 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)