痩躯そうく)” の例文
開墾地一帯の地主、狼のような痩躯そうくの藤沢が、開墾場一番の器量よしである千代枝をれて、札幌の方へ帰って行くのだった。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
彼が五尺の痩躯そうくきたなき木桶の中にありながら、しかも彼の心は飄悠へういうとして宇宙に高遊せり。貧困は彼に於て最良の、しかして又最愛の友なりき。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ぎょッ! として立ちどまったのをすかし見ると、長身痩躯そうく、乱れた着前まえに帯がずっこけて、左手の抜刀をぴったりとうしろに隠している。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
鶴髪かくはつ白髯はくぜん長身ちょうしん痩躯そうく、眼に不思議な光を宿し、唇に苦笑を漂わせた、神々しくもあれば凄くもある、一人の老人が立っていた。
柳営秘録かつえ蔵 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
痩躯そうく長面、いつも鳳眼ほうがんきらりとかがやいて、近ごろの曹操は、威容気品ふたつながら相貌そうぼうにそなわってきた風が見える。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
残っているのは、痩躯そうくつるのような机博士と、それからもう一人は、椅子車いすぐるまにしばりつけられた戸倉老人だけであった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
羽場栄太郎という校長さんは痩躯そうくで目の鋭い精神家であった。私の町に二十年勤続し、筋のいい漢学者であった。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
平塚逸郎ひらつかいちらう これは中学時代の友だちなり。しばしば僕と見違へられしと言へば、長面痩躯そうくなることは明らかなるべし。
学校友だち (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
こうやって、名も知らぬ山里へ来て、暮れんとする春色しゅんしょくのなかに五尺の痩躯そうくうずめつくして、始めて、真の芸術家たるべき態度に吾身を置き得るのである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その六階の露台に敷布団マトラを敷き、半裸体に引きむかれた狐面こめん痩躯そうくの東洋人コン吉が、隆々たる筋肉を西北の寒風に吹かせ、前後不覚にわなわなと震えながら
そのように、きっぱり打ち明けて呉れるSさんの痩躯そうくに満ちた決意のほどを、私は尊いことに思った。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
すでに六十を過ぎたらしく、鶴のようにというたとえのふさわしい痩躯そうくめしいた双眼をおおい隠すように雪白せっぱくの厚い眉毛が垂れ、それがぜんたいの風貌にきわだった品格を与えていた。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それがようやく一点に集注されると、ルキーンはアッと叫んでドドドッと走り寄った。半ば開かれた扉の間に、長身痩躯そうくの白髪老人が前跼まえかがみに俯伏うつぶして、おとがいを流血の中に埋めている。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
慷堂の痩躯そうくが蜂の巣のように銃弾を受けた日、彼の愛していた中国に、日本の渡洋爆撃機が空から盲爆を加えていた。上海は阿鼻叫喚あびきょうかん修羅場しゅらばと化していた。支那事変の勃発である。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
何故葉子の心のなかで相関聯あいかんれんしているのか、麻川氏と葉子の最後の邂逅かいこうが、葉子が熱海へ梅をに行った途上であった為めか、あるいは、麻川氏の秀麗な痩躯そうく長身を白梅が聯想れんそうさせるのか
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
某百貨店の理髪部へはいって、立ち並ぶ鏡の前の回転椅子かいてんいすに収まった。鏡に写った自分のすぐ隣の椅子に、半白で痩躯そうくの老人が収まっている。よく見ると、歌舞伎かぶき俳優で有名なIR氏である。
試験管 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
なんぢ炎威えんゐたゝかへ、うみやまくさいし白熱はくねつして、なんぢまなこくらまんとす。て、痩躯そうくをかつて、そでかざして病魔びやうまたてせよ。隻手せきしゆはらつてれ。たゝかひはよわし。あしはふるふとも、こゝろそらはせよ。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
小男の岩城播磨守は猪首いくびに口をへの字に曲げて、長身、痩躯そうく白皙はくせき胡麻塩ごましお各人各様かくじんかくようの一癖ありげな面だましいだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「夜光の短刀のことにつきまして……」と老人の痩躯そうくおごそかにそびえると、万太郎もやや態度をひきしめて
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして私の予期したとおり手錠をもった看守長に続いて、痩躯そうく鶴のような典獄さんと、それから大きな山芋に金襴の衣を被せたような教誨師とが静々と入って来た。
不思議なる空間断層 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「伊豆殿、わしはこう思うので、音物いんもつは政治の活力だとな」こう云ったのは六十年輩の、長身、痩躯そうく、童顔をした、威厳もあるが卑しさもあり、貫禄もあるが軽薄さもある
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
痩躯そうく、一本の孟宗竹もうそうちく蓬髪ほうはつ、ぼうぼうの鬚、血の気なき、白紙に似たる頬、糸よりも細き十指、さらさら、竹の騒ぐが如き音たてて立ち、あわれや、その声、老鴉ろうあの如くにしわがれていた。
喝采 (新字新仮名) / 太宰治(著)
痩躯そうく鶴の如き左典の身は、ヒラリと剣尖けんせんをかわして、その途端にあかざの杖がブーンと新九郎の横面に飛んだ。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを充分引きつけておいて、ふたたび喉的破裂の音、「カッ」とばかりに浴びせかけた時には、どこをどのようにいつ飛んだものか、長身痩躯そうくの彼の体は、賊勢の只中に飛び込んでいた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
柴桑城さいそうじょうの一閣には、その日、かくと聞いて、彼を待ちかまえていた呉の智嚢ちのうと英武とが二十余名、峩冠がかんをいただき、衣服を正し、白髯はくぜん黒髯、細眼さいがん巨眼、痩躯そうく肥大
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一体、どんな大家族が住むのであろうと、下町では、話題になっていたが、さていよいよ、引っ越しの当日、ここへ移って来たものは、痩躯そうく鶴にも似たる老人が、たッた一人。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
国を憂いて痩躯そうくを削り、その赤心も病みわずらうばかり日々夜々の戦いに苦闘しつつあった古人を、後世のご苦労なしの文人や理論家が、暖衣飽食だんいほうしょくしながら是々非々ぜぜひひ論じたところで
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、半兵衛は自己の痩躯そうくをかえりみながら、自ら憫笑びんしょうを与えていった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老人は、鶴のような痩躯そうく鎌倉彫かまくらぼりの小机によせかけて
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見れば病中のあるじも、その痩躯そうくを畳へじかに置いて
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見れば、竿さおのような痩躯そうく、ひょろ長い男。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)