猪口ちょこ)” の例文
引き潮どきに足もとを掘れば自分でいくらでもとれるのだが、猪口ちょこに一杯二十円、三十円という値段で羽がはえて飛ぶように売れる。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
△「おりう云ったっけが間に合わねえから、此の玉子焼にさわらの照焼は紙を敷いて、手拭に包み、猪口ちょこを二つばかりごまかしてこう」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
仏頂寺はそれを見ると、相当に仏頂面をほぐして、草をしとねにどっかと腰を卸したところへ、如才なく丸山勇仙が猪口ちょこをつきつけました。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「ふるえてるわよ」と他の小女も云い、小さな肩をすくめて含み笑いをした、「そら見なさい、お猪口ちょこが持てないじゃないさ」
あすなろう (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
渡瀬は教えに行ったむねを答えて、ちょうど顔のところまで持ち上げて湯気の立つ黄金色を眺めていた、その猪口ちょこに口をつけた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
民家で用いたものであるからあるいは猪口ちょこにもあるいはおつぼとしても使われたであろう。二十人前、三十人前と数多く作られた雑器である。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
すっぱり縁を切ったなあさすがにえらいや、へん、猪口ちょこの受取りようを知らねえような二才でも、学問をしたやつかなめが利かあ、大したもんだね
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そんな事を言いながらも、ツイ空きっ腹に沁み渡るアルコールの誘惑に克ち兼ねて、お互に警戒しいしい猪口ちょこを重ねます。
男はもう黙ってしまって、山風にゆれる行燈の火にその蒼白い顔をそむけながら、冷えた猪口ちょこをちびりちびり飲んでいた。
半七捕物帳:22 筆屋の娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一体の地面よりは一段高い芝生の上に小さな猪口ちょこの底を抜いて俯伏うつぶせにしたような円錐形の台を置いて、その上にあの白い綺麗なボールを載せておいて
ゴルフ随行記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
曙山さんは立ちながら腰をかがめて、お猪口ちょこでなく、そばの湯呑ゆのみをとってお酒をついで、ごくごくと飲みほした。
小さな猪口ちょこでチビチビやるのですからタカは知れておりますが、それでも飲まないと工合が悪かったのでしょう。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
用心深く猪口ちょこを口元に運びながら、煙草はやめたが、酒はなかなかやめられず、今日も女房に内緒でちょっとやってるんで、と変に淋しいことを云い出した。
小十郎はちゃんとかしこまってそこへ腰掛けていかの切り込みを手の甲にのせてべろりとなめたりうやうやしく黄いろな酒を小さな猪口ちょこについだりしている。
なめとこ山の熊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
下の方になるとやはりつまらん御世辞を振りいたり、好かん猪口ちょこをいただきに出たり随分なもんだよ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
... お猪口ちょこの中にあるのがそうですから一つ召上って下さい」中川「蕗味噌は結構ですね。私どもでは湯煮て三杯酢さんばいずにしたり、佃煮つくだににしたりしますが蕗味噌はどうします」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「どうだい島ちゃん、こうして並んでみると万更でもないだろう」青柳が一二杯猪口ちょこをあけた時分に、前屈まえこごみになってめるような調子で、そっとお島の方へ声をかけた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
笹島先生は、酒をお猪口ちょこで飲むのはめんどうくさい、と言い、コップでぐいぐい飲んで酔い
饗応夫人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
料理茶屋でのんだ帰りに猪口ちょこだの小皿だの色々手ごろな品をそっと盗んで来るような万引である。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
父親はいつの間にか猪口ちょこをふせて御飯の箸を動かしています。与一はもう食事をすまして火鉢によりかかり、火箸で灰の中に何やら書いては消しながら話しつづけているのです。
少年探偵呉田博士と与一 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
盆には一本の銚子ちょうし猪口ちょこを添え、それに鮞脯からすみのようなものを小皿に入れてつけてあった。
馬の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「まあ、いいこまどりだこと、うちのがかえってきたのかもしれないわ。」といって、おじょうさんは、きれいなかごのなかへ、こまどりのきそうなえさ猪口ちょこれて、かごのをあけて
美しく生まれたばかりに (新字新仮名) / 小川未明(著)
ふふふ、こいつァいいにおいだなァ。たまらねえにおいだ。——笠森かさもり茶屋ちゃやで、おせんをてよだれをらしての野呂間達のろまたちに、猪口ちょこ半分はんぶんでいいから、このましてやりてえがする。——
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
好きでもない冷たい酒を一ぱい猪口ちょこに受けて、いささか持てあましながら棟梁の三谷三次を眺めていた。暗くならないうちに、ほどよいところでこの座をうちあげねばならなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
目籠めかご背負せおって、ムロのおかみが自然薯じねんじょを売りに来た。一本三銭宛で六本買う。十五銭にけろと云うたら、それではこれがめぬと、左の手で猪口ちょこをこさえ、口にあてがって見せた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
日ごろは三杯と飲まぬうちにもう真赧まっかになってしまうのだが、今夜はどうしたのやらいくら飲んでも酔いを発しない。薬でも呑むようにぐっと呑み乾しては、そのまままた猪口ちょこを差出すので
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
座敷に出てる獅噛火鉢しがみひばちかつぎ出して持って行ったのさえも気が附かなかったという一ツ話が残っている位、その頃はよく有名なお茶屋などの猪口ちょことか銚子袴ちょうしばかまなどをたもとになど忍ばせて行ったもの
猪口ちょことはいえ翁独得の妙味を示した作品だけに芸術味の高いもの。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
嘉六は手をさし伸べて長火鉢の抽出しから猪口ちょこを二つ取出します。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お柳の注いだ猪口ちょこを私は口へ持って行きました。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なみなみとがせし猪口ちょこを一息にあおりつつ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そう云いつつ、猪口ちょこ代用の茶碗をさした。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「ご病気だった。それだもの、湯ざめをなさると不可いけない。猪口ちょこでなんぞ、硝子盃コップだ、硝子盃。しかし、一口いかがです。」
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
隣りの老人は一本の徳利とくりを前に置いているが、これも深くは飲まないとみえて、退屈しのぎに猪口ちょこをなめている形である。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一度片付けた晩酌の膳を出して、猪口ちょこを二つ、かんざましになった徳利の尻を、まだ熱くなっている銅壺どうこに突っ込みます。
あの李朝の水滴すいてきを見よ、または伊万里の猪口ちょこを見よ、いかにその小さな空間に画かれた模様に限りない変化があるかを。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「そんなこと覚えちゃいないさ、半刻はんときばかりじくじく云って、酒もひと猪口ちょこかふた猪口のんだくらいで帰っていったよ、あれ、あんたのなにかなのかい」
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おとなたちはおいしそうにお猪口ちょこを口にもっていった。と、河の中の交際がはじまる。
旧聞日本橋:17 牢屋の原 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
今度は瓢箪ひょうたんへお酒を入れて、その瓢箪を片手へぶら下げて、片手へ猪口ちょこを持ってまた地蔵さんの前へ来て、さあ飲みたくはないかね、飲みたければここまでおいでと三時間ばかり
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
父親は晩酌の猪口ちょこを下において、得意にみちた面もちで言いました。
少年探偵呉田博士と与一 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
先ず猪口ちょこで一パイ飲んで、あの青い顔を真赤にしてしまいます。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お盆には、その蒲焼と、それから小さいお猪口ちょこが載っていた。
やんぬる哉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「お銚子と猪口ちょこはいらないですか」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は眼の前にならんでいる膳を見ながら、好きな酒の猪口ちょこをも取らなかった。話を仕掛けても碌々に返事もしなかった。
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あの九州に夥しい数で現れた藍絵あいえ猪口ちょこ徳利とくりを、どうして明の染附と共に讃えないであろうか(挿絵第五図)。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
膝をかたくして、ふるえる手で燗徳利と猪口ちょこを取ったが、あがっているから酒は猪口を溢れて膳の上へ落ちた。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二本目の徳利から、一口呑みかけた猪口ちょこを下において、万兵衛はお常の膝を引き寄せて横になりました。
……何の好みだか、金いりの青九谷あおくたにの銚子と、おなじ部厚ぶあつ猪口ちょこを伏せて出た。飲みてによって、器に説はあろうけれども、水引に並べては、絵の秋草もふさわしい。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もっとも今夜に限って酒を無暗むやみにのむ。平生なら猪口ちょこに二杯ときめているのを、もう四杯飲んだ。二杯でも随分赤くなるところを倍飲んだのだから顔が焼火箸やけひばしのようにほてって、さも苦しそうだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
話す人も聴く人もしきりに笑いながら猪口ちょこの遣り取りをしていると、三五郎はやがて少しまじめになって云い出した。
半七捕物帳:40 異人の首 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)