)” の例文
旧字:
彼女かれ寝衣ねまきの袂で首筋のあたりを拭きながら、腹這いになって枕辺まくらもと行燈あんどうかすかかげを仰いだ時に、廊下を踏む足音が低くひびいた。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
反古ほごを、金の如くのべて、古画を臨摹りんぼする。ほそぼそとともる深夜のかげに、無性髯ぶしょうひげの伸びた彼の顔は、芸術の鬼そのものである。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
屋根裏からは何の物音も聞えて来ないが、梯子段の上り口にかげがゆらめいているのを見れば、人がいることは確かである。
二つ三つまた五つ、さきは白く立って、却って檐前のきさきを舞う雪の二片ふたひら三片みひらが、薄紅うすくれないの蝶にひるがえって、ほんのりと、娘のまぶたを暖めるように見える。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
牛の前には赤飯を盛った盆が供えられ、そのわきになみなみと「産ぶ湯」の水をたたえた飼桶かいおけが置いてあり、その水にかげがあかく映っていた。
突っ立ったまま、やみの中に目をすえていると、野村の長女が提灯ちょうちんをもって出てきた。笑ってそれを差出す顔が、かげにくまどられてこわく見えた。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
日没は早く、芝生の上には夕闇が迫ったと見る間もなく、たちまちかげ一つない寒々とした夜になってしまう。
商売物のもう用済みになったらしい染め型紙をあんどんのざしにすかしてはながめ、ながめてはすかしつつ、一枚一枚と余念もなく見しらべていたところへ
薄く照して来る荒物屋の店のかげでお涌がすかして見ると、小さい生きものは、小鼠こねずみのやうな耳のある頭を顔中口にして、右へ左へ必死にみつかうとしてゐる。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
凝つた朱塗りの行灯のかげあはく、勤めはなれて、目を閉ぢ、口吸はせてゐる艶麗の遊女八つ橋。
吉原百人斬り (新字旧仮名) / 正岡容(著)
燭台しょくだいを和助に持たせ、そのかげに和歌の一つも大きく書いて見ようとすると、蝋燭もろともそこへころげかかるほど眠がっているような子供は彼のすぐそばにもいた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その晩私たちは、レクトル・エケクランツの店の赤っぽい電灯のかげで一冊の書物を買った。
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
男にしては、すこしやさしすぎる横顔が、瞬間、燐寸マッチ影の中へ浮びあがって、また消える。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
紅梅の上着の上にはらはらと髪のかかったかげの姿の美しい横に、紫夫人が見えた。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
おお眼の前を走る多數の襤褸の市の民、貧者ひんじや酒場さかばの町、の影暗祕密の路次
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
ここのやとかげまたく無し消し棄てにふたたびとけずいねにたるらし
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
夜のかげに君とたどらむ。
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
垂簾たれをあげて這い出したお絹は、よろけながら下駄を突っかけて立った。提灯のかげにぼんやりと照らされた彼女の顔はまだ蒼かった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして、御壇ノとばりの蔭に冥々めいめいと立ち並んでいる先祖代々の位牌の御厨子を、微小みしょうゆらぎの中に、じっと見あげた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夢からさめたあとの味気なさのせいでもあるが横の蒲団に枕をならべて眠っている妻と子供の顔がにぶい電灯のかげの中にたよりなくうきあがって見える。
菎蒻 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
ゆらりとひとれ大きくざしが揺れたかと見るまに、突然パッとあかりが消えた。奇怪な消え方である。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
おとうさんは顎鬚あごひげのそりあとをつややかにかげに照らして煙草たばこのけむりをしずかに吐いてゐました。
秋の夜がたり (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ここのやとかげまたく無し消し棄てにふたたびとけずいねにたるらし
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そこここの百目蝋燭ひゃくめろうそくかげには、記念の食事に招かれて来た村の人たちが並んで膳についている。寿平次はそれを見渡しながら、はし休めの茄子なす芥子からしあえも精進料理らしいのをセカセカと食った。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かげあふるる夜の道
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
とたんに、かれの白足袋たびが、そばに置いた手雪洞てぼんぼりを踏みつけ、一道のかげが天井へれたかと思うと
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半七郎が、うやうやしく差しだした嘆願書を上野介は無造作にうけとると、すぐ短檠たんけいかげの下で一気に読み下した。事件は上野介の到着する二日前に起ったのである。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
江戸めずらしいこのひと群れは誰也行燈たそやあんどうかげをさまよって、浮かれ烏のねぐらをたずねた末に、なかちょうの立花屋という引手茶屋ひきてぢゃやから送られて、江戸町えどちょう二丁目の大兵庫屋おおひょうごやにあがった。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その紙を透して、油燈のかげと玄関の瓦斯ガスの灯かげと——この時代には東京では、電気燈はなくて瓦斯燈を使つてゐた——との不思議な光線のフオーカスの中に、男の子の姿が見えた。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
みやびたぼんぼりのざしがちらちらと川風にゆらめく陰で付き添いのお腰元が蒔絵硯まきえすずりを介添え申し上げると、深窓玉なす佳人がぽっとほおを染めながら、紅筆とって恋歌を書きしたためる。
青柿にかげさだまる夜のくだち啼く虫のこゑのひとつとほれる
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
酔後には独り云い訳のようにつぶやくのだった。今もそうした気分の後で、新九郎はふと広い奥庭へ眼をやった。と、常に灯を見たことのない東の離亭はなれに、黄色いかげが洩れている。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
てもこりと居るは畳目のけばをかひろふ夜寒よさむあかり
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そのとこに向って、ろうたけた一人の女性にょしょうが黒々とした髪をうしろにすべらかし、ジッと合掌したまま、作りつけた人形のごとく、或いはこの部屋のまま、このかげのともったまま
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
藤の蔓網戸の外にうちそよぎかげ緑なり夜は透かしつつ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
そして、しばらくするうちに、薄暗い行燈あんどんかげへ、ソウ……と寄ってくるお綱の姿が、やっと、彼の眸に入ったのであろう、下瞼したまぶたの肉をビクとさせて、ボロボロと涙を流したかと思うと
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
藤の蔓網戸の外にうちそよぎかげ緑なり夜は透かしつつ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
所詮しょせん、おのおのの御座ござあるあかりの前には、もすわるまい
眼を開くをさな夜床のかげには鼠の法師大きかりにし
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)