渋団扇しぶうちわ)” の例文
旧字:澁團扇
かろう、で、鍍金めっきの奴が腕まくりをして、トにらみ合うと、こけ勘が渋団扇しぶうちわきっとさして、見合って、見合ってなんてったんですって。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
肥後葉の十一等なんていう渋団扇しぶうちわみたいのや、朝鮮葉の青黒い、しかも「土葉」なぞは、キーンと眼までしみて、まったく、泣くツラさだった。
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
小料理屋といっても、やはり荒物屋兼帯のような店で、片隅には草鞋や渋団扇しぶうちわなどをならべて、一方の狭い土間には二、三脚の床几しょうぎが据えてあった。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
藤吉郎は、渋団扇しぶうちわを取りよせて、体のまわりを大きくあおいだ。もう秋風も立ち、桐畑きりばたけの桐の葉もおびただしく落ち出しているが、やぶ蚊はなかなか多いのだった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時は、もし、お長屋に警官さんがいても、その人もまたほんとの人間にかえって、胸毛を出して、尻をまくりあげて、渋団扇しぶうちわでバタバタやって来会される。
僧かと見れば僧でもなく俗かと見れば僧のようでもある。季節は早春の正月むつきだというのに手に渋団扇しぶうちわを持っている。脛から下は露出むきだしで足に穿いたのは冷飯草履ひやめしぞうり
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「按摩さん、火はもう消えたよ。お前さん火の用心が悪いから、七輪の側の渋団扇しぶうちわが燃え出したんだよ」
それからこの渋団扇しぶうちわ、これもあぶなく風呂の焚付たきつけにされるところでした。ごらんなさい、これに『木枯こがらしや隣といふも越後山』——これもまぎろうかたなき一茶の自筆。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わたくしも早く来たいのだけれども、兄上もお姉様あねえさまもお母様はゝさまもお休みにならず、奉公人までが皆熱い/\と渋団扇しぶうちわを持って、あおぎ立てゝ凉んでいて仕方がないから、今まで我慢して
ははぐに勝手かってってかえしたとえて、ふたたび七りんしたあお渋団扇しぶうちわおとみだれた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
夏の暑い盛りだと下帯一つの丸裸で晩酌の膳の前にあぐらをかいて、渋団扇しぶうちわで蚊を追いながら実にうまそうにさかずきをなめては子供等を相手にして色々の話をするのが楽しみであったらしい。
重兵衛さんの一家 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
皿小鉢さらこばちが衣類や襦袢じゅばんと同居して、徳利とくりのそばには足袋たびがころがり、五郎八茶碗ぢゃわんに火吹き竹が載っかっているかと思うと、はいふきに渋団扇しぶうちわがささっている騒ぎ。おまけにほこりで真っ白だ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ればお妾は新しい手拭をば撫付なでつけたばかりの髪の上にかけ、下女まかせにはして置けない白魚しらうおか何かの料理をこしらえるため台所の板の間に膝をついてしきり七輪しちりんの下をば渋団扇しぶうちわであおいでいる。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
現に夏休みの一日前に数学を教える桐山きりやま教官のお父さんの葬列の通った時にも、ある家の軒下のきしたたたずんだ甚平じんべい一つの老人などは渋団扇しぶうちわひたいへかざしたまま、「ははあ、十五円のとむらいだな」と云った。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
千々子さま、あたしたち、渋谷のバラックへ帰ったのよ。あなたは面白くないでしょうけど、こうするほうが、自然だから……賢夫人は、むかしのように、縁側の炊事場で、渋団扇しぶうちわで七輪のお尻を
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
日本人の家では床の間へ三百円も五百円もする名画をかけておきながら台所へ往ってみるとたがはまった七厘の下を妻君が破れた渋団扇しぶうちわあおいでいるような事もある。随分間違っているではないか。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
猿の吉兵衛は主人の恩に報いるはこの時と、近くの山に出かけてはかしわの枯枝や松の落葉を掻き集め、家に持ち帰ってかまどの下にしゃがみ、松葉の煙に顔をそむけながら渋団扇しぶうちわを矢鱈にばたばた鳴らし
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
糊にまみれてせっせと渋団扇しぶうちわを張るけれど
メーデーを待つ (新字新仮名) / 木村好子(著)
いつまでも用ある秋の渋団扇しぶうちわ
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
親方は渋団扇しぶうちわで、膝をたたいて笑った。伊豆の伊東の生れで、運平うんぺいさんという名で界隈かいわいの尊敬をうけていた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人を慕ってすぐに襲って来る藪蚊の唸り声におびやかされて、綾衣はあわてて渋団扇しぶうちわを手にとった。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
安達ヶ原でないしるしには、出刃も焼火箸やけひばしも持っていない、渋団扇しぶうちわで松葉をいぶしていません。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
渋団扇しぶうちわ吊下ぶらさがり、風を受けてフラ/\あおって居りまする、これは蠅除はえよけであると申す事で。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
番太郎の家は大抵自身番のとなりにあって、店では草鞋でも蝋燭でも炭団たどんでも渋団扇しぶうちわでもなんでも売っている。つまり一種の荒物屋ですね。そのほかに夏は金魚を売る、冬は焼芋を売る。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
小さくたてに長く折ったのをゆわえて、振分ふりわけにして肩に投げて、両提ふたつさげ煙草入たばこいれ、大きいのをぶらげて、どういう気か、渋団扇しぶうちわで、はたはたと胸毛をあおぎながら、てくりてくり寄って来て
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
導引の梅賀は、湯から上がった体を拭き、浴衣、渋団扇しぶうちわのすがたになって
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
確かにそれと思いましたが、顔は少しも見えませぬ。文治はさてはと身固めをして、くだんの侍の近寄るを待って居りますうしろから、立花屋のせがれかねての約束に従い、渋団扇しぶうちわをもって合図を致しました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
頭には昔ながらの小さいまげを乗せて、小柄ではあるが色白の小粋こいきな男で、手甲脚絆てっこうきゃはんのかいがいしい扮装いでたちをして、肩にはおでんの荷を担ぎ、手には渋団扇しぶうちわを持って、おでんや/\と呼んで来る。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あたかもその時、役者の名の余白に描いた、福面女おかめ瓢箪男ひょっとこの端をばさりとまくると、月代さかやき茶色に、半白ごましおのちょん髷仮髪まげかつらで、眉毛のさがった十ばかりの男のが、渋団扇しぶうちわの柄を引掴ひッつかんで、ひょこりと登場。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何分にも熱くって寝付かれないものだから、渋団扇しぶうちわを持って
頭には昔ながらの小さいまげを乗せて、小柄ではあるが、色白の小粋な男で、手甲てっこう脚袢きゃはん甲斐甲斐かいがいしい扮装いでたちをして、肩にはおでんの荷をかつぎ、手には渋団扇しぶうちわを持って、おでんやおでんやと呼んで来る。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)