此地このち)” の例文
此地このちに過去の背景があるとすればそれは山の手なる天主堂の壁にかけてある油絵が示してゐるやうな、悲壮なる宗教迫害史の一節か
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
最初さいしよ此地このち探檢たんけんしたのは、三十五ねんの十二ぐわつ二十六にちであつた。それからほとん毎週まいしうは、表面採集ひやうめんさいしふかよつてた。
八千八谷はつせんやたにながるゝ、圓山川まるやまがはとともに、八千八聲はつせんやこゑとなふる杜鵑ほとゝぎすは、ともに此地このち名物めいぶつである。それも昨夜さくや按摩あんまはなした。其時そのときくち眞似まねたのがこれである。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
糸掛いとかけ石とは圖中精製石棒せい/\いしばうの右の端の下にゑがき有るが如きものなり。此所ここに例として擧げたるものの出所しゆつしよは遠江周智郡入野村なるが此地このちよりは尚ほ類品るゐひん數個出でたり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
此日このひ此地このち此有様このありさまなが描写べうしやとゞまりて、後年こうねんいかなる大業たいげふ種子たねとやならん、つどへる人を見て一種いつしゆたのもしき心地こゝちおこりたり、此一行このいつかう此後こののち消息せうそく社員しやゐん横川氏よこかはしが通信にくはしければ
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
「子良やとてこの羽衣だけではお前までつれて昇る力がありません、お前は此地このちにピツタリとくつついて離れることの出来ない人間の血をうけてゐるから、なかなか重たくて迚もダメです。」
子良の昇天 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
やしき彼方かなた建築たてられしをさいはひ、开處そこ女中頭ぢよちうがしらとしてつとめは生涯しようがいのつもり、おひらくをもやしなふてたまはるべき約束やくそくさだまりたれば、此地このちにはませぬ、またことがあらば一ぱくはさせてくだされ
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いかなる奇功きこうたてたるやはかりがたし、こと此地このちに一名園めいゑんくはへたるは私利しりのみなりといふべからず、さて菊塢きくう老年らうねんには学問も少しは心がけしと見え、狂歌きやうか俳句はいくのみ手づゝにはあらず
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
鑑定めきゝたりしろうあるじさそひにまかせ、此地このち活計たつきもとむとて親子おやこ三人みたり旅衣たびごろも、たちいでしは此譯このわけ、それよりおくなになれや、いまりようのあづかりをしてはゝ遊女ゆうぢよ仕立物したてものちゝ小格子こがうし書記しよきりぬ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
よしや深山みやまがくれでも天眞てんしんはないろ都人みやこびとゆかしがらする道理だうりなれば、このうへは優美ゆうびせいをやしなつてとくをみがくやうをしへ給へ、此地このちたりとてからさつぱり談合だんかうひざにもるまじきが
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)