手帛ハンケチ)” の例文
「いや、大阪もひどいにはひどいが……」岩田氏は鼻の先の汗を邪慳に手帛ハンケチで押しぬぐつた。「しかし、東京よりはましのやうです。」
家庭以外の空気に触れたため、初々ういういしい羞恥はにかみが、手帛ハンケチに振りかけた香水ののように自然と抜けてしまったのではなかろうかと疑ぐった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
池谷医師はそのフィルムを受取って大きく肯くと、それを手帛ハンケチに包んでポケットのなかに収めて、そして連れの女を促して、足早に遊戯室を出ていった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
たもとから手帛ハンケチを出して顔へ当てた。濃い眉の一部分と、額と生際はえぎわだけが代助の眼に残った。代助は椅子を三千代の方へり寄せた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのなかで割合に気が進まなささうなのが男のしんの臓位のもので、持合せの手帛ハンケチに包まれさうな物だつたら、どんな物だつていやは言はない。
そのお客様はニッケル貨幣の棒包みを手帛ハンケチの中に丸めてお収いになりましたがどこか様子が変なので、注意して見ていますと、お客様は左手ばかりを使って手帛の端を結んでいらっしゃるのです。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は左胸部にある表隠袋おもてかくしへ再び右の手を突き込んだ。しかしそこから彼のつまみ出したものはしわだらけになった薄汚ない手帛ハンケチだけであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おろし立ての手帛ハンケチのやうに真白でしわの寄らない心を持つた或る真言しんごんの尼僧は、半裸体の仏様のお姿を見て
「指紋を消さないように、手帛ハンケチでもかぶせて抜けッ」
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ほそい指をそらして穿めている指環を見た。それから、手帛ハンケチを丸めて、又袂へ入れた。代助は眼をせた女の額の、髪に連なる所を眺めていた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その露西亜人は汚れた手先を綺麗に水で洗つたが、さて濡手ぬれてを拭かうにも手帛ハンケチ一つ持ち合はさなかつたので、両手をぶら下げたまゝきよろ/\其辺そこらを見まはしてゐた。
給仕に名刺をわたして、ほこりだらけの受付うけつけつてゐるあひだかれはしばしばたもとから手帛ハンケチして、鼻を掩ふた。やがて、二階の応接へ案内された。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
なか/\談話はなし上手で石黒忠悳だんなどは、肺病の黴菌ばいきんは怖いが、それでも矢野の談話はなしだけは聴かずには居られないといつて、宴会の席などでは態々わざ/\自分の膳に手帛ハンケチかぶせてまで
あんまりだわ」と云ふ声が手帛ハンケチなかで聞えた。それが代助の聴覚を電流の如くに冒した。代助は自分の告白がおそ過ぎたと云ふ事を切に自覚した。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
紳士は真新しい白い手帛ハンケチで椅子の埃をはたき、そこらに散らばつてゐる麺麭屑パンくづを払ひ落したりした。手帛ハンケチはその朝紳士の細君かないが、恩にせながら箪笥の底から態々わざ/\取り出して呉れたものだつた。
千代子はそのなかで、例の御供おそなえに似てふっくらとふくらんだ宵子の頭蓋骨ずがいこつが、生きていた時そのままの姿で残っているのを認めて急に手帛ハンケチを口にくわえた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
甥は手帛ハンケチのやうに真つ青な顔をして、短刀を白木しらきさやに納めた。猫の逃げ出したしたぱらでは、いつの間にか「武士道」と「孟子」とが帰つて来て、ひきがへるのやうに遠慮して、そつと溜息をついてゐた。
自分は何と評されても構わない気で、早速帽子をの上に投げると同時に、肌を抜いだ。扇を持たないので、手にした手帛ハンケチでしきりに胸の辺りを払った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とリイドは汗ばんだ咽喉をくしやくしやの手帛ハンケチで拭きながら言つた。
其教授は手帛ハンケチで手をきながら、いま一寸ちよつとと云つた儘急いで図書館へ這入つて仕舞つた。それぎりけつしてない。与次郎はこれを——何とも号しなかつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
自分はますます可哀かわいそうになった。見ると彼女の眼をぬぐっていた小形の手帛ハンケチが、しわだらけになってれていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は私の驚いた様子を馬鹿にするような調子でこう云ったなり、その手帛ハンケチの包をまた隠袋かくしに収めてしまった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「よござんすとも」と云った時、お延は急にたもとから手帛ハンケチを出して顔へ当てたと思うと、しくしく泣き出した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分は手帛ハンケチを出して顔をいた。それから上着をいで畳の上へほうり出した。嫂は団扇うちわを取ってくれた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手帛ハンケチで手を拭いていた人は、それを合図のように立ち上った。残る一人いちにんも給仕を呼んで勘定を払った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「本当に殺されるのか」とは、自分の耳を信用しかねた彼が、かたわらに立つ同囚どうしゅうに問うた言葉である。……白い手帛ハンケチを合図に振った。兵士はねらいを定めた銃口つつぐちを下に伏せた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いや何所どこ彼所かしこも御無沙汰で」と平岡は突然眼鏡を外して、脊広せびろの胸からしわだらけの手帛ハンケチを出して、眼をぱちぱちさせながらき始めた。学校時代からの近眼である。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いや何所どこ彼所かしこも御無沙汰で」と平岡は突然とつぜん眼鏡めがねはづして、脊広の胸から皺だらけの手帛ハンケチを出して、をぱち/\させながらき始めた。学校時代からの近眼である。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その教師はついこの間英国から帰ったばかりの男であったが、黒いメルトンのモーニングの尻から麻の手帛ハンケチを出して鼻の下をぬぐいながら、十九世紀どころか今でもあるでしょう。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その男が御免ごめんなさい、どうもくしゃみが出てと、手帛ハンケチを鼻へ当てたが、嚏の音はちっともしなかったから、余はさあさあと、あんに嚏を奨励しょうれいしておいた。この男は自分で英人だと名乗った。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女は紙包かみづゝみふところへ入れた。其手を吾妻あづまコートからした時、白い手帛ハンケチを持つてゐた。鼻の所へ宛てゝ、三四郎を見てゐる。手帛ハンケチぐ様子でもある。やがて、其手を不意にばした。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼はフロックの上へ、とんびのような外套がいとうをぶわぶわに着ていた。そうして電車の中で釣革つりかわにぶら下りながら、隠袋かくしから手帛ハンケチに包んだものを出して私に見せた。私は「なんだ」といた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
野々宮さんは何時いつになく真黒なフロツクをて、胸にかゝり員の徽章をけて、大分だいぶ人品がい。手帛ハンケチを出して、洋服のそでを二三度はたいたが、やがて黒板を離れて、芝生の上を横切つてた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そうして私の作物さくぶつをまためてくれた。けれども私の心はむしろそういう話題を避けたがっていた。三度目に来た時、女は何かに感激したものと見えて、たもとから手帛ハンケチを出して、しきりに涙をぬぐった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宗助は慰さめながら、手帛ハンケチで頬に流れる涙をいてやった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)