“忠(ちう)” の例文
も勤め此家の番頭(ばんとう)と呼(よば)れたる忠(ちう)八と云者何時(いつ)の程にかお熊と人知(ひとし)らぬ中となりけるが母のお常は是を知ると雖も其身も密夫(みつぷ)有(ある)故(ゆゑ)に渠(かれ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
参(まゐ)りました処(ところ)は堺町(さかひちやう)三条(でう)北(きた)に入(い)る町(まち)といふ、大層(たいそう)六(む)づかしい町名(ちやうめい)でございまして、里見(さとみ)忠(ちう)三郎(らう)といふ此頃(このごろ)新築(しんちく)をした立派(りつぱ)な家(うち)で
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
然(しか)るに御老職(ごらうしよく)末席(ばつせき)なる恩田杢殿方(おんだもくどのかた)は一家内(いつかない)能(よ)く治(をさ)まり、妻女(さいぢよ)は貞(てい)に、子息(しそく)は孝(かう)に、奴婢(ぬひ)の輩(ともがら)皆(みな)忠(ちう)に、陶然(たうぜん)として無事(ぶじ)なること恰(あたか)も元日(ぐわんじつ)の如(ごと)く暮(くら)され候(さふらふ)。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
父(とう)さんがお隣(となり)の酒屋(さかや)の方(はう)へ上(のぼ)つて行(ゆ)くにも坂(さか)、お忠(ちう)婆(ばあ)さんといふ人(ひと)の住(す)む家(うち)の方(はう)へ降(お)りて行(ゆ)くにも坂(さか)でした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
其(そ)の諫説(かんぜい)して君(きみ)の顏(かほ)を犯(をか)すに至(いた)つては、此(こ)れ所謂(いはゆる)進(すす)みては忠(ちう)を盡(つく)すを思(おも)ひ、退(しりぞ)いては過(あやまち)を補(おぎな)ふを思(おも)ふ者(もの)なる哉(かな)。(七三)假令(もし)晏子(あんし)にして在(あ)らば、余(よ)之(これ)が爲(た)めに鞭(むち)を執(と)ると雖(いへど)も忻慕(きんぼ)する所(ところ)なり。
達(たし)屋敷方(やしきがた)の普請(ふしん)計(ばか)りにても二千兩餘(よ)の儲(まう)けありしとなり然(しか)れども彼の加賀屋長兵衞(かがやちやうべゑ)より借請(かりうけ)し二百兩の事は忠(ちう)八が算盤(そろばん)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
... 直々(ぢき/\)御訴訟(ごそしよう)は恐(おそ)れ入(い)り候(さふらふ)が、此儀(このぎ)は平(ひら)に御免(ごめん)下(くだ)さるべく候(さふらふ)」と辭退(じたい)すれば、老公(らうこう)、「謙讓(けんじやう)もものにぞよる、君(きみ)より命(めい)ぜられたる重荷(おもに)をば、辭(じ)して荷(にな)はじとするは忠(ちう)にあらず、 ...
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
其方儀養子(やうし)又七に疵(きず)付(つけ)候節(せつ)篤(とく)と樣子も見屆ず其上妻(つま)常(つね)娘(むすめ)熊(くま)手代(てだい)忠(ちう)八不屆の儀を存ぜぬ段不埓(ふらち)に付江戸構(えどがまひ)申付(つく)る
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)