“細川忠興”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
ほそかわただおき60.0%
ほそかはたゞおき20.0%
ほそかわたゞおき20.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「日根野兄弟(ひねのきょうだい)、長谷川秀一(はせがわひでかず)は、中軍につけ。しっぱらい(殿軍(しんがり)のこと)は、細川忠興(ほそかわただおき)、蒲生氏郷(がもううじさと)のふたりがせよ」
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兄権佐清長(ごんのすけきよなが)は美濃大垣(みのおほがき)の城主氏家広定(うぢいへひろさだ)の養子になつてゐるうちに、関が原の役に際会して養父と共に細川忠興(ほそかはたゞおき)に預けられ、妹紀伊(きい)は忠興の世話で、幕府の奥に仕へ、家康の養女振姫(ふりひめ)の侍女になつた。
椙原品 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
即ち此の像を、細川忠興(ほそかわたゞおき)夫人の像としても、別所長治(べっしょながはる)夫人のそれとしても、見る者の印象にさしたる相違がありそうにも思われない。