僥倖ぎょうこう)” の例文
されど、人相家のいうがごとく、外貌によりてその人の身上に何年何月ごろに災難がある、僥倖ぎょうこうがある等のことの分かるはずはない。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
到底行くこともできぬ、いかに困難な場所に位しているかということを、シャッガァ号の乗員たちが、いかに万死に一生の僥倖ぎょうこうを得て
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
宗教はその生命を自分自身の中に見出みいだすことを忘れて、社会的生活に全然遵合コンフォームすることによって、その存在を僥倖ぎょうこうしようとしたからだ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
又根気のあらん限り著書飜訳ほんやくの事をつとめて、万が一にもこのたみを文明に導くの僥倖ぎょうこうもあらんかと、便り少なくも独り身構えした事である。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
範宴は性善坊をさがし、性善坊は範宴をさがして、半日を徒労に暮したが、それでもここで会えたことはまだ僥倖ぎょうこうのように思えて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昨夜の宿直医がこの方に熟練していたのが僥倖ぎょうこうで、患者が運びこまれた時にはすでに用意が完了しているという手際の良さだったのです。
復員殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その一死を賭して、雲蒸うんじょう竜変りょうへん成功を万一に僥倖ぎょうこうしたる、またべならずや。竹内式部たけのうちしきぶ山県大弐やまがただいに、高山彦九郎の徒すなわちこれなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
万一の僥倖ぎょうこう以外に、殆んど絶対といってもいい位不可能な事で、如何に自惚うぬぼれの強い私でも、そこまでの自信は持っていないのであった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
神の思召おぼしめしだと云えばそれまでだが、もしそう云う御幣ごへいかつがずに考えて見ると、三分の二は僥倖ぎょうこうで生れたと云っても差支さしつかえない。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
つまり、泥沼があれば偶然に避けている、危険個所と危険個所のあいだを千番のかね合いで縫ってゆく——僥倖ぎょうこうの線を俺は往けたわけなんだ。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
渠がかくのごとくなす時は、二厘三厘思い思いに、そのたなそこに投げ遣るべき金沢市中の通者とおりものとなりおれる僥倖ぎょうこうなるおのこなりき。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしこの成功が決して偶然の僥倖ぎょうこうによるものではなくてちゃんとした科学的な基礎の上に立つものであるということを知る人が少ないようである。
北氷洋の氷の割れる音 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
まして万一を僥倖ぎょうこうして来た、お敏の姿らしいものは、あのしおらしい紺絣の袂が、ひらめくのさえ眼にはいりません。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
僥倖ぎょうこうといえば僥倖ですが、それは一に黒川屋のおかみさんの侠気と、それに伴う心尽しの甲斐でなければなりません。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
伯爵中尉の気まぐれも非常であるが、小さい銀行員の僥倖ぎょうこうも非常である。あんな結構な旅行を、何もあのチルナウエルにさせないでも好さそうなものだ。
かくして、およそワーテルローは何であるか? 一つの勝利であるか? いや。僥倖ぎょうこうなる骰子の目にすぎない。
一角さえ自在ならぬと至って弱い獣故たちまち出でその角を折り一角獣を王の前へき出した、次に類似の僥倖ぎょうこうで野猪を平らげ恩賞に王女を妻に賜うたとある
だのにむす子は真摯しんしな爪を磨いて、堅い芸術の鉄壁に一条の穴を穿うがちかけている。彼は僥倖ぎょうこうというよりも、これをむす子の本能と見るよりしか仕方がなかった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
また偶々たまたま僥倖ぎょうこうのある問題にゆき当ったという点もないわけではないでしょうが、しかし熱心に科学の仕事に携わらなければそこには到達できないのでありますし
キュリー夫人 (新字新仮名) / 石原純(著)
僥倖ぎょうこうがあるいはそこにあるかもしれぬと、ただ一つの慰めだったこともこわされたと思うのであった。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
わたくしどもはそれが帝国図書館の保護ほうごを受けているのを、せめてもの僥倖ぎょうこうとしなくてはならない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
もしまよいを執りてかえらず、小勝をたのみ、大義を忘れ、寡を以て衆に抗し、す可からざるの悖事はいじ僥倖ぎょうこうするをあえてしたまわば、臣大王の為にもうすべきところを知らざるなり
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あざ笑って、しかもどこか心の片隅でそれとなく期待した偶然や僥倖ぎょうこうからは、完全に見離された。その日その日の明け暮れが、人々の心を刻々と郷里に追いもどしていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼らの欲するところは僥倖ぎょうこうなり。彼らの待つところはたなから落ち来たるぼたもちなり。
面白き二個の広告 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
……彼は窓の側へいって外を見た、抑えようのない感動が胸へこみあげてくる、とうとう逢えるということが、その事実を前にしてかえってふしぎな僥倖ぎょうこうのような気がするのだ。
花咲かぬリラ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
路傍ろぼうの淫祠に祈願をけたお地蔵様のくび涎掛よだれかけをかけてあげる人たちは娘を芸者に売るかも知れぬ。義賊になるかも知れぬ。無尽むじん富籤とみくじ僥倖ぎょうこうのみを夢見ているかも知れぬ。
およそ左道さとう惑溺わくできする者は、財をむさぼり、色を好み、福を僥倖ぎょうこうに利し、分を職務に忘れ、そと財をかろんじ、義をおもんずるの仁なく、うち欲にち、身を脩るの行なく、うまれて肉身の奴隷となり
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
鉄風 黙ってろ! 俺が比較的冷静な人間であることは、この際僥倖ぎょうこうとも言うべきことだ。これが普通の人間であってみろ。地団駄を踏み、わめきかえったかもしれないところだ。
華々しき一族 (新字新仮名) / 森本薫(著)
これは甚だ僥倖ぎょうこうな事で、他人の離縁状を使って新らしき妻君を得たようなものである。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
それでは社会に立って何の仕事が出来るかというに今までの不規律な乱世時代には僥倖ぎょうこうの成功もあったろうけれどもこれから先の進歩した社会には才子や豪傑ほど無用な者はない。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
三河守も是非なく、陶から二日遅れて、厳島へ渡った。信長は桶狭間という狭隘の土地で今川義元を短兵急に襲って、首級をあげたが、併しそのやり方はいくらか、やまかんで僥倖ぎょうこうだ。
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
この窓が、長島博士の研究室から見えるかうかだ、し博士がその時刻に窓から首でも出して居れば——これはまア、万一の僥倖ぎょうこうだが犯人の頭位は見えた筈だ、——行って見ようか、勇」
音波の殺人 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
犯罪フイルムのある重要な一齣にぶつかることを僥倖ぎょうこうする外はありません。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
僥倖ぎょうこうの生を求めるくらいなら、生きるのをやめたほうがいいでしょう。
帰宅して見れば何んという僥倖ぎょうこう、宮家はわが家におられるではないか!
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのひとの知合いのお方が読んで、そのひとに告げるとか、そのような万に一つの僥倖ぎょうこうが、……いやいや、それは無理だ、そんな事は有りっこ無いよ、いやいや、その無理は充分にわかっていますが
たずねびと (新字新仮名) / 太宰治(著)
僥倖ぎょうこうにもその紳士が大塔だいとうのラマだといいますから私は「誠に奇遇であります。どうかよろしく頼む」といいますと「就いては明日一緒に行くことにしましょうがあなたは馬か車に乗ってお越しになりますか。」
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
と僕は万一を僥倖ぎょうこうする気もあった。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そのほかに、なし得べからざることをなし得べしと信じ、これによって己の私情を満たし、僥倖ぎょうこうを望む意味も加わっておるように思う。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
無芸無能、僥倖ぎょうこうによりて官途につき、みだりに給料を貪りて奢侈しゃしの資となし、戯れに天下のことを談ずる者はわが輩の友にあらず
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかし、僥倖ぎょうこうにも、彼女は助かった。彼女はもう寺の一室へはいって、一心に、「二つの問」の答えを書きつづっていたのである。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし君の周囲にいる人たちがなぜあんな恐ろしい生死の境の中に生きる事を僥倖ぎょうこうしなければならない運命にあるのだろう。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
幸に細君が女として持って生れた好奇心のために、この厄運やくうんまぬかれたのは迷亭の機転と云わんよりむしろ僥倖ぎょうこうの仕合せだと吾輩は看破した。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それが万一僥倖ぎょうこうに助かって孵化しても、親に似て性の悪い杜鵑の雛鳥に鋭い嘴でつつき出されてしまうという。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
蟷螂とうろうの斧、このとき万一の僥倖ぎょうこうすらも考へられぬ戦争で、死屍累々、家康は朱にそまり、傲然斧をふりあげて竜車の横ッ面をひつかいたが、手の爪をはがした。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
しかし、ここに何とも意地の悪いことには、ちょうど此処ここまでが綱の限度であった。ずぶずぶもぐる泥の窪みをゆくことは、僥倖ぎょうこうを期待せぬかぎり、到底できることではない。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そもそも彼が今日の威力を得たことも、必ずしも蛮勇と僥倖ぎょうこうとのみは言えない——ドコかに一片の至誠の人を打つものがあり、多少ともに人を御する頭梁とうりょううつわがあればのことだ。
結婚の当日伯母の怒りを買って古靴を投げつけられたのがかえって僥倖ぎょうこうになったという
男の三十歳前後は生涯の運命がわかれる時で野放しにされても僥倖ぎょうこうにして明るい道へしたものは出世の山へ進めるけれども暗い道へ匍い込んだら段々深い谷へ落ちるばかりだ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「しかし、そういう万に一つの僥倖ぎょうこうででもなければ到底行き着くことのできぬ大陸へ、昔羅馬人たちはどうして行くことができたものでしょうか? それが不思議でならぬのですが」
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)