健気けなげ)” の例文
旧字:健氣
最前、鶴子夫人の健気けなげな心構えも聞いているので、信じてはいるが、もしまちがえば、産婦の一命にかかわるかも知れないのである。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家康之を聞き「団右衛門は健気けなげなるものなり、首は見苦しくとも実検せん」とて、法通り実検した。すると、女の痞は忽ち怠った。
大阪夏之陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
まきには落着いた母性的の分別が備はつて、姿形さへ優しく整ふし、ひろ子にはまた、しほらしく健気けなげな娘の性根が現はれて来た。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ひろ子が、どの点では譲歩しすぎている、どの点では、健気けなげに理性を防衛しようと努力している、と。そのとき、ひろ子は学んだ。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
だが菊路は、涙ぐましい位にも今健気けなげでした。つかつかと門の外へ歩みよると、ほとほと扉を叩いて中なる門番に呼びかけました。
彼は一生の勇気を一度に振るい起こして、悪魔と向かい合って闘わなければならないと、強い、強い、健気けなげな雄々しい決心をかためた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
賢二けんじくんは、これをつのはなんでもなかったが、ねずみのこの健気けなげ冒険ぼうけんたいして、じゃまをする気持きもちになれませんでした。
ねずみの冒険 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「創作のために払う犠牲は嬉しい」というような健気けなげな言葉の書いてある紙の上には、離別の涙のそそがれたあとがにじんでいた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
父兄の勧めに由ったのではなく、彼女ひとりの見識にもとづいてしたわけで、はたちまえの少女の身としてはまず健気けなげと云っていいだろう。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
それよりほかに申しわけのしようがないと我が娘ながら健気けなげに申しておりました。どうぞ、どうぞあれをゆるしてやって下さい
秘密 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
貧家に人となつた尊徳は昼は農作の手伝ひをしたり、夜は草鞋わらぢを造つたり、大人のやうに働きながら、健気けなげにも独学をつづけて行つたらしい。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
すがすがしい朝を前触れるきよめの嵐なのではあるまいかと、わたくしごとの境涯を離れて広々と世を見はるかす健気けなげな覚悟もいて参ります。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
よく食事をしながら、人の哀れな身の上や、健気けなげな振舞の話をきいて、涙を落とすことがある。唾腺と涙腺とはなにか特別の関係があるものか。
庶民の食物 (新字新仮名) / 小泉信三(著)
さきほどの話合いで、糸子と帆村との間にはなにか、或る種の了解ができているらしいことは、糸子の健気けなげな足どりによってもそれと知られる。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一つはお粂を愛していたため、そしてもう一つは女の身で、復讐を心掛けた健気けなげさに感動したからだということである。
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
子供の健気けなげな道心というものは、しばしば大人の世界に奇蹟きせきを生み出すものである。次郎は一夜にして、お浜の盲目的な愛情に理性の輝きを与えた。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そしてクリストフの健気けなげな苦しい生活を知って、彼に同情を寄せ、彼と話をしてみたい好奇心を起こしたのである。
汀の驚きはひじょうなものだったろう、しかし健気けなげにもよく耐え、頬のあたりをあおくしたがなにも云わなかった。
足軽奉公 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それ見ろ、猫や犬の方がまだ健気けなげな処がある。此牧師さんも内心はだ怪しいが、外見みかけだけは立派だ。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
一八二三年の戦争は、健気けなげなるスペイン国民への加害であり、従って同時にフランス革命への加害であった。
頭もまわるらしいが、健気けなげでもある。それにしても、なんという気丈な娘だろうと道益は心のなかで舌を巻いていると、行子は道益のほうに顔をかえしながら
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一本立ちをしようとする健気けなげな妹の志を思えば、いたずらに義兄の味方をして弱い者いじめをしたくはなかった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あわせて父母兄弟を養って行こうとしている人たちの多いのは、私の同情に堪えない所であると共に、時代に処する覚悟と勇気との健気けなげな事を甚だ心強く存じます。
女子の独立自営 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
平次はこの健気けなげな娘の心意気に打たれて、両手を合せて拝みたいような心持で、黙って差控えました。
自分などがとても脚下にもよりつかれないほど強い健気けなげなところがあるように思われて来る。
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「イイエ、貴女が何と仰有っても嘘を吐いたり人を欺いたりする事は私には出来ません。正直過ぎて夫が為に失敗するなら失敗が本望です」と健気けなげにも言い切るは怪美人だ
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ハチマキでもしめていたら、それは、まったくポスターと同じ健気けなげな少年の「勇姿」なのだ。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
「士族のむすめ健気けなげにも商売を始めたものがあるといううわさを聞いて、わたしはわざわざ買いに来ました。どうぞ中途でめないで、辛棒しんぼうをしとおして、人の手本になって下さい」
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
次男ラヴェンは健気けなげに見ゆる若者にてあるを、アーサー王のもよおしにかかる晴の仕合に参り合わせずば、騎士の身の口惜しかるべし。ただ君が栗毛のひづめのあとにし連れよ。翌日あす
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして自らをささげ、務めに悦び、健気けなげに働き、少しでも人の労を頒とうと近づく者たちがある。鼓舞や、慰安や、平和や、情愛の世界に、吾々を迎えようとする者たちがある。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
して見ると日野家の出なる義政夫人を母とし、この兼良の教育を受けたという将軍義尚が、健気けなげな若殿であったけれど、やはりこの大勢には気がつかなかったのにも不思議はない。
多分獄吏の中の誰かが、健気けなげな少年連の態度に心を動かして同情していたのであろう。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
とこしなへに空の日の光といふものを遮られ、酷薄と貧窮と恥辱と飢餓の中に、年少脆弱、然も不具の身を以て、健気けなげにも単身寸鉄を帯びず、眠る間もなき不断の苦闘を持続し来つて
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
つづめていえば、その手紙の書き方はいかにも健気けなげないじらしいもので、わたしは読みながらしゃくり上げて泣いてしまいました。今でも涙をこぼさないでは読むことができないくらいです。
葉子は木部を後ろにかばいながら、健気けなげにもか弱い女の手一つで戦った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
原籍を知つて話し合ふと土居中尉の夫人が僕の妻の縁者えんじやである事がわかつて奇遇に驚いた。夫人は一歳の赤ん坊をれて馬来マレイ護謨ごむ栽培をやつて居る良人をつともと健気けなげにも初めて旅行するのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
さう思ひ乍ら私は健気けなげにも、それを理智で抑へようとかゝつた。しかし乍ら其次に起つた小さな推理は、父は大人だから此儘死なないかも知れぬと云ふ事で私を脅した。そして自分一人が取残される。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
自綱よりつなと聞えしは、飛騨一国を切り従えて、威勢ならぶものとてなかったに、天正十三年豊臣氏の臣、金森長近に攻められ、自綱は降人に出た、その子秀綱は健気けなげにも敵人に面縛するをがえんぜず、夫人や
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
すると、六代御前は、健気けなげにも母に向っていうのであった。
「まあ! なんという健気けなげな子どもたちでしょう」
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
健気けなげな姉娘の須美は父の声のもと立上たちあがると
おさなき灯台守 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
そしてこの大変を、そこへらせようと思って、健気けなげにも、後へ戻りかけると、もう人影は見えないとばかり思っていた土橋の陰から
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……あなたの御決心はなかなか健気けなげですが、お若いし、御婦人の身で独立の生活を営もうと云うのは、事実容易ならんことです。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
貧家に人となった尊徳は昼は農作の手伝いをしたり、夜は草鞋わらじを造ったり、大人のように働きながら、健気けなげにも独学をつづけて行ったらしい。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
健気けなげな菊路の旅姿を先にして、主水之介、京弥、老神主三人がこれを守りながら、目ざす大和田十郎次の屋敷へ行き向ったのが丁度暮れ六ツ。
すがすがしい朝を前触れるきよめの嵐なのではあるまいかと、わたくしごとの境涯を離れて広々と世を見はるかす健気けなげな覚悟もいて参ります。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
「それで……それで、貴女いいつもり?」新子は、口が利けなくなっていたが、それでもまだ健気けなげに、涙だけは抑えていた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一家をあげて江戸に移り住むようになってからは、おっとを助けてこの都会に運命を開拓しようとしているような健気けなげな婦人だ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
が、女房は健気けなげにも、他へ再婚しようともしないで、山へ登って行って薪を拾ったり、浦へ出て行って和布わかめをかったり、苦心して子供を育てました。
真間の手古奈 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
複雑濃厚なあらゆるものに飽き果てゝ素朴なものゝ愛に引き返した一種洗練された健気けなげにも寂しい個性が感じられた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)