不相変あひかはらず)” の例文
旧字:不相變
しかし僕は不相変あひかはらずほこり臭い空気の中に、——僕等をのせた円タクは僕のそんなことを考へてゐるうちに江東橋かうとうばしを渡つて走つて行つた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
其朝は三年生の仙太も早く出て来て体操場の隅に悄然しよんぼりとして居る。他の生徒を羨ましさうに眺め佇立たゝずんで居るのを見ると、不相変あひかはらず誰も相手にするものは無いらしい。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
先生は不相変あひかはらず御忙しくていらつしやいませうねエ——今日はネ、阿母おつかさん、慈愛館からおゆるしが出ましてネ、御年首に上つたんですよ、私、斯様こんな嬉しいお正月をするの、生れて始めてでせう
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
其内そのうち山田やまだしばからひとばしまで通学つうがくするのはあまとほいとふので、駿河台するがだい鈴木町すずきちやう坊城ばうじやう邸内ていない引越ひつこした、石橋いしばし九段坂上くだんさかうへの今の暁星学校ぎやうせいがくかうところたのですが、わたし不相変あひかはらずしばからかよつて
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
第二の幽霊 駄目だめ、駄目。何処どこの芝居でも御倉おくらにしてゐる。やつてゐるのは不相変あひかはらずかびの生えた旧劇ばかりさ。君の小説はどうなつたい?
LOS CAPRICHOS (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
けもしない事を不相変あひかはらず執煩しつくどく、何だかだ言つてをりましたけれど、這箇こつちも剛情で思ふやうに行かないもんですから、了局しまひには手をへて、内のお袋へ親談ぢかだんをして、内々話は出来たんで御座んせう。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
弟子はかう申しながら、この耳のある、猫のやうな鳥を、気味悪さうにじろじろ眺めますと、良秀は不相変あひかはらず何時もの嘲笑あざわらふやうな調子で
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
不相変あひかはらず麁相そそつかしいね、蒲田は」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
金花がこんな事を考へてゐる内に、不相変あひかはらず愉快さうな外国人は、何時かパイプに煙草をつめて、匂の好い煙を吐き出してゐた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
O君はけふも不相変あひかはらず赤シヤツに黒いチヨツキを着たまま、午前十一時の裏庇うらびさしの下に七輪しちりんの火を起してゐた。焚きつけは枯れ松葉や松蓋まつかさだつた。
O君の新秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
うろ覚えの観音経くわんおんぎやうを口の中に念じ念じ、例の赤鼻を鞍の前輪にすりつけるやうにして、覚束ない馬の歩みを、不相変あひかはらずとぼとぼと進めて行つた。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
二人も素戔嗚の姿を見ると、吃驚びつくりしたらしい容子であつた。が、すぐに葦原醜男は不相変あひかはらず快活に身を起して、一筋の丹塗矢にぬりやをさし出しながら
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし雨は不相変あひかはらず急になつたり静まつたりした。八つ、八つ半、——時はこの雨音の中にだんだん日の暮へ移つて行つた。
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
今夜も彼女はこのテエブルつて、長い間ぼんやり坐つてゐた。が、不相変あひかはらず彼女の部屋へは、客の来るけはひも見えなかつた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
俊吉はすべてに無頓着なのか、不相変あひかはらず気の利いた冗談じようだんばかり投げつけながら、目まぐるしい往来の人通りの中を、大股にゆつくり歩いて行つた。……
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
今ごろは丹塗にぬりの堂の前にも明るい銀杏いてふ黄葉くわうえうの中に、不相変あひかはらずはとが何十羽も大まはりに輪をゑがいてゐることであらう。
野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
薄濁つた空、まばらな屋並、高い木々の黄ばんだ梢、——後には不相変あひかはらず人通りの少い場末の町があるばかりであつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし次男は不相変あひかはらず、たつた一人仏間に閉ぢこもつたぎり、昼でも大抵はうとうとしてゐた。すると或日彼の耳には、かすかな三味線の音が伝はつて来た。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかしトルストイはその間でも、不相変あひかはらず浮かない顔をしたなり、滅多に口も開かなかつた。それが始終トウルゲネフには、面憎つらにくくもあれば無気味でもあつた。
山鴫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一時彼がトウルゲネフと、絶交するやうになつたのも、——いや、現に彼はトウルゲネフが、山鴫を射落したと云ふ事にも、不相変あひかはらず嘘をぎつけてゐる。……
山鴫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
僕はもう五六年ぜん、久しぶりに彼とこの話をし、この小事件も彼の心に暗い影を落してゐるのを感じた。彼は今は揚子江やうすこうの岸に不相変あひかはらず孤独に暮らしてゐる。……
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
平中は耳を側立そばだてた。成程なるほどふと気がついて見れば、不相変あひかはらず小止をやみない雨声うせいと一しよに、御前ごぜんへ詰めてゐた女房たちが局々つぼねつぼねに帰るらしい、人ざわめきが聞えて来る。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
お民は又其処を見つけ所に、不相変あひかはらず塩からい豌豆を噛み噛み、ぴしぴし姑をきめつけにかかつた。のみならずこれにはお住の知らない天性の口達者も手伝つてゐた。
一塊の土 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
二、里見さとみ君の「蚊遣かやり」もまた十月小説中の白眉はくびなり。唯いささ末段まつだんに至つて落筆匇匇そうそううらみあらん。他は人情的か何か知らねど、不相変あひかはらず巧手かうしゆの名にそむかずと言ふべし。
病牀雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
女は不相変あひかはらず勘定台の前に受取りか何か整理してゐる。かう云ふ店の光景はいつ見ても悪いものではない。何処か阿蘭陀オランダの風俗画じみた、もの静かな幸福に溢れてゐる。
あばばばば (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
浜木棉はまゆふの花はこの雨の中にいつか腐つて行くらしかつた。彼女の顔は不相変あひかはらず月の光の中にゐるやうだつた。が、彼女と話してゐることは彼には退屈でないこともなかつた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
小娘は何時かもう私の前の席に返つて、不相変あひかはらずひびだらけの頬を萌黄色の毛糸の襟巻に埋めながら、大きな風呂敷包みを抱へた手に、しつかりと三等切符を握つてゐる。…………
蜜柑 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
廊下はけふも不相変あひかはらず牢獄のやうに憂欝だつた。僕は頭を垂れたまま、階段を上つたり下りたりしてゐるうちにいつかコツク部屋へはひつてゐた。コツク部屋は存外明るかつた。
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「ええ、その上月のある晩は、余計よけいなんだか落着きませんよ。——時に隠亡堀おんばうぼり如何いかがでした?」「隠亡堀ですか? あすこには今日けふ不相変あひかはらず、戸板に打ちつけた死骸がありました。」
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし庭は幾日たつても、捗々はかばかしい変化を示さなかつた。池には不相変あひかはらず草が茂り、植込みにも雑木が枝を張つてゐた。殊に果樹の花の散つた後は、前よりも荒れたかと思ふ位だつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
崩れた土はのやうに赤い。崩れぬ土手どては青芝の上に不相変あひかはらず松をうねらせてゐる。其処そこにけふも三四人、裸の人人が動いてゐた。何もさう云ふ人人は酔興すゐきやうに泳いでゐるわけではあるまい。
俊吉は巻煙草をくはへた儘、満足さうに二人を眺めて、不相変あひかはらずにやにや笑つてゐた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もつと崖側がけぎはの竹藪は不相変あひかはらず黄ばんだままなのだが……おつと向うから馬が来たぞ。馬の目玉は大きいなあ。竹藪も椿もおれの顔もみんな目玉の中にうつつてゐる。馬のあとからはモンシロ蝶。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
すると奥から出て来たのは例のすがめの主人である。主人は三笠を一目見ると、大抵容子ようすを察したらしい。けふも不相変あひかはらず苦り切つたまま、勘定台の下へ手を入れるが早いか、朝日を二つ保吉へ渡した。
あばばばば (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
架空線は不相変あひかはらず鋭い火花を放つてゐた。彼は人生を見渡しても、何も特に欲しいものはなかつた。が、この紫色の火花だけは、——すさまじい空中の火花だけは命と取り換へてもつかまへたかつた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そのうちに彼等はもう一度田舎ゐなか住ひをすることになつた。けれども猫は不相変あひかはらず少しも鼠をとらなかつた。彼等はとうとう愛想あいそをつかし、気の強い女中に言ひつけて猫を山の中へ捨てさせてしまつた。
貝殻 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それは云はばはやり切つた馬と同じくびきを背負された老馬の経験する苦しみだつた。お民は不相変あひかはらず家を外にせつせと野良仕事にかかつてゐた。お住もはた目には不相変小まめに留守居役を勤めてゐた。
一塊の土 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
神田同朋町かんだどうぼうちやう銭湯せんたう松の湯では、朝から不相変あひかはらず客が多かつた。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
兄はわたしを見下しながら、不相変あひかはらず慳貪けんどんにかう申しました。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「八犬伝は不相変あひかはらずはかがお行きですか。」
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
不相変あひかはらずげらげら笑つてゐたさうだがね。
南瓜 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
不相変あひかはらず薬ばかりんでゐる始末だ。」
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
不相変あひかはらず神経ばかり苛々いらいらしてね。」
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
不相変あひかはらず御機嫌で結構だね。」
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)