難渋なんじゅう)” の例文
取りはぐれまして難渋なんじゅうひと方ではござりませぬ。今宵いち夜、おひさしの下なとお貸し願えぬでござりましょうか、お願いでござります
あまりの寒気にさすがの酔もさめはて難渋なんじゅうの折柄、幸いにも貴下の御呼止にあずかり、御心尽しの御饗応きょうおうに蘇生の想いを致し候。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
「江戸を立つ時、よほど巧みに来たつもりでございましたが、品川口しながわぐちから一人の男にけられて、ほんとに、難渋なんじゅういたしました」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その子は今日家内かないの一人にして、これを手離すときはたちまち世帯せたいの差支となりて、親子もろとも飢寒きかん難渋なんじゅうまぬかれ難し。
小学教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その秘訣というのはね、貧乏人から参りましたが急病で難渋なんじゅうしております、どうか先生に診ていただきたいのでございますと、こう言うんだよ。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
味噌みそ醤油しょうゆ、雑貨から呉服類、草鞋わらじ、たばこまでひさぐ大きな店ができたために、従来の町内の小商人が、すっかり客をとられて難渋なんじゅうしている。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
すると、おなじ難渋なんじゅうをしていた姉娘が一日手伝いに来て見ていて、翌日からすぐ隣りあって、おなじ戸板の店を出した。
蚊帳かやの用意がなかったので、十月のなかばまで難渋なんじゅうした。蚊ばかりではない。名も知らない虫が、あかりを慕って来る。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
彼は首をすくめ、ふところ手をしながら、落葉や朽葉とともにぬかるみになった粘土質の県道を、難渋なんじゅうし抜いて孵化場ふかじょうの方へと川沿いをさかのぼっていった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
商物は調ととのうる者もこれ有れども、払いを致す者もなく御政道もなく、押領おうりょう致しても制止も届兼ね難渋なんじゅう致し申すべし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「またかんかんか、君のかんかんは一度や二度で済まないんだから難渋なんじゅうするよ」と今度は迷亭が予防線を張った。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
木々の小枝のちぎれてとびちった道を、自転車も難渋なんじゅうしながら進んだ。して歩くほうが多かったかもしれぬ。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
万屋の伯父はお峰の詰問を受けてひどく難渋なんじゅうの顔色を見せたが、結局ため息まじりでこんな事を言い出した。
経帷子の秘密 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
新「へえ粗忽そこつの浪士萩原新三郎と申します、白翁堂の書面の通り、なんの因果か死霊に悩まされ難渋なんじゅうを致しますが、貴僧の御法ごほうもって死霊を退散するようにお願い申します」
不可解難渋なんじゅうであっては、その事に読者の心が労されて、作者の主観を受取ることが出来ぬ。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それからがくがくして歩行あるくのが少し難渋なんじゅうになったけれども、ここでたおれては温気うんき蒸殺むしころされるばかりじゃと、我身で我身をはげまして首筋を取って引立てるようにして峠の方へ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「我ら鷹狩りに出でましたるところ鷹を逃がして見つけ廻わるうち、一行の者と駆けへだたり、そのうち時雨しぐれに降り込められ、難渋なんじゅうを致して参ってござる。縁先を拝借いたし申す」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのお途中、倉橋山くらはしやまというけわしい山をおえになるときに、かよわい女鳥王めとりのみこはたいそうご難渋なんじゅうをなすって、夫のみこのお手にすがりすがりして、やっと上までお上りになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
ところが、その探検が難渋なんじゅうをきわめ、やっと一年後に「蕨の切り株」の南隅に立つことができた。そのとき、じつに世界の耳目じもくをふるい戦かせたほどの、怪異な出来事が起ったのだ。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
『日本外史』などは既に郷里で一とおり読んで来ているから、ほかの生徒が難渋なんじゅうしているのを見るとむしろおかしいくらいであった。しかるに私が『日本外史』を読むと皆で一度に笑う。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
敵のしるしを揚げた時は、かばねは上衣に包んで泉岳寺に持参すること、子息のしるしは持参におよばず打捨てること、なお味方の手負いは肩に引懸け連れて退くことが肝要だが、歩行難渋なんじゅうの首尾になれば
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
「女中に逃げられて難渋なんじゅうしていた矢先だもの、つい身につまされたのさ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
余り結構でない薬が実に結構にいて、十五、六年このかた痛みのために夜はいつも寝られないで難渋なんじゅうして居ったというその痛みもどうやら取れて、幾分か歩くことも自由が利くことになった。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「基経殿に中にはいられると事難渋なんじゅうだ。遠くに急げ。」
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
負傷者も続出して行軍は難渋なんじゅうを極めている。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
しかし、両三日の大雨の後とて、帷子川かたびらがわも名もない野川も、縦横にあふれ走っている。本街道とはいいながら、ひと通りな難渋なんじゅうさではない。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それがために善人が苦しめられ、罪なき者が難渋なんじゅうし、人の道はすたり、武士道が亡びても苦しうござらぬか」
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それゆえ、よいか、このように申してそちひとりがきゃつの屋敷に乗り込んで参れよ。わたくし、旅に行き暮れて道に踏み迷い、難渋なんじゅう致しておる者でござります。
とは言ったが、番頭は難渋なんじゅうらしい顔色をみせた。さしあたり娘たちのからだに異状があるわけでもないのであるから、医者に診て貰えといっても、おそらく当人たちが承知すまい。
怪獣 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
教授の兄弟にあたるヘンリーは、有名な小説家で、非常に難渋なんじゅうな文章を書く男である。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
実を申すとここへ来る途中でもその事ばかり考える、蛇の橋もさいわいになし、ひるの林もなかったが、道が難渋なんじゅうなにつけても、汗が流れて心持が悪いにつけても、今更いまさら行脚あんぎゃもつまらない。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母が心配して眼病をわずらいまして難渋なんじゅうをいたしますから、屋敷に上げてあった姉を呼戻し、内職をして居りましたが、其の前年まえのとしの三月から母の眼がばったりと見えなくなりましたゆえ
「私事は旅の者、足弱を伴うておりますが、思わず路を踏み迷いほとほと難渋なんじゅういたしてござるが、願わくばお館に一夜の宿りを所望いたしたく存じまして、まかでましてございます」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その時、自分は馬に乗るどころでなく、一家を構える力もなく、下宿屋の二階にくすぶって、常に懐中の乏しさに難渋なんじゅうし、朝夕あさゆう満員の電車にいわし鑵詰かんづめの姿をして乗らねばならぬ身の上だった。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
「角町の奴等が馬鹿だったものだから、皆がこんなに難渋なんじゅうするのさ」
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
一味合体いちみがったいいかようの働役に相当あいあたり候とも、少しも難渋なんじゅう申すまじきこと。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
道の難渋なんじゅうはいうまでもなかった。来がけに立ち寄った例の居酒店いざかやのある村まで来たときは、すでに日も暮れかけていた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
車を仕掛けて人様を引き上げねばならぬほどの難渋なんじゅうなお山ではございませぬ、斯様かように眼の不自由な私でさえも、さまで骨を折らずに登ることができましたくらいですから
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
年月としつきってもけえさなければ泥坊よりひどいじゃねえか、難渋なんじゅうを云って頼んでも理に違っちゃアこれ程も恵まねえ世の中じゃアありませんか、何故なぜ貴方あなた預かった覚えはないとおっしゃいました
五六本樹立こだちのあるのを目当に、一軒家へ辿たどり着いて、台所口から、用を聞きながら、旅に難渋なんじゅうの次第を話して、一晩泊めてもらふとね、快く宿をしてくれて、うしてうして行暮れた旅商人たびあきうど如きを
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「親方、お客さまをつれてきた、旅のお侍さんで、けがをして難渋なんじゅうしているんだから、今夜とめてやっておくんなさい」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わけて、山道づたいに上野原へ出た方が、道は難渋なんじゅうでも、人目は安心でございます
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今の白痴ばかも、くだんの評判の高かった頃、医者のうちへ来た病人、その頃はまだ子供、朴訥ぼくとつな父親が附添つきそい、髪の長い、兄貴がおぶって山から出て来た。脚に難渋なんじゅう腫物はれものがあった、その療治りょうじを頼んだので。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「上様の誓紙が今しがた届いた。ついては、いつも難渋なんじゅうなことのみ頼むが、高松城まで参って欲しい」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「大菩薩峠というのは上り下りが六里からあるで、難渋なんじゅうな道だ」
「お屋敷を出た後に、たいそうひどいご病気で難渋なんじゅうしていらっしゃるというお噂は聞きましたが」
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三国志の真味をむにはこの原書を読むにくはないのであるが、今日の読者にその難渋なんじゅうは耐え得ぬことだし、また、一般の求める目的も意義も、大いにちがうはずなので
三国志:01 序 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なぜならば、今、数万の役夫を徴用ちょうようして、あの江越ごうえつ国境の山また山を除雪しながら進む難儀は、それをもっと早い一月に決行しても、去年の冬に断行しても、帰するところ、難渋なんじゅうな点は同じであった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
難渋なんじゅうはそれじゃと皆申しおる」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孫権は、難渋なんじゅうした顔いろで
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)