記憶おぼ)” の例文
「泣いた泣いた。それで俺が、武士さむらいの子は痛くとも泣くものではないと言うたら、貴公、何と答えたか、これは記憶おぼえていまいな。」
寛永相合傘 (新字新仮名) / 林不忘(著)
これはよく記憶おぼえて置いて、彼奴等のしたことについては、彼奴等を責めるようにして、俺達を咎めてもらいたくないものだね。
けれどもこれから先の事を書きませぬと、何もかも疑問のままになると思いますから、記憶おぼえております通りに記し止めさして頂きます。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
人間といふものは、打捨うつちやつておくと、入用いりようのない、下らない事を多く記憶おぼえたがつて、その代りまた大切だいじな物事を忘れたがるものなのだ。
扨て公園の岡の茶店に憩ひながら、先刻の稚兒の事が不圖ふと胸に浮んだが、その稚兒が男だつたか女だつたか、はつきり記憶おぼえてゐなかつた。
「無いと記憶おぼえておりまする。甲府の家を離れてもまだ四、五年の年月しか経ちません。家の御紋を忘れてどうしましょう」
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
煙草の煙と、牛の脂と、唾の中で、酔った三人は夢中で議論した。最後に誰だかこんな事を云ったのを記憶おぼえて居る。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「天地一白の間に紅梅一朶いちだの美観を現出したるものは即ち我が新築の社屋なり。」と云ふ句があつて、私が思はず微笑したのを、今でも記憶おぼえて居る。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
A嬢は烈しい言葉で詰問した事だけは記憶おぼえているが、その後の事は何も知らず、気がついた時は手足をばくされて此処ここに監禁されていた、という事である。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「重右衛門がこんな騒動さわぎ打始ぶつぱじめようとは夢にも思ひ懸けなかつたゞ。あれの幼い頃はおたげへにまだ記憶おぼえて居るだが、そんなに悪い餓鬼がきでも無かつたゞが……」
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
暗記力は良い方だといってもよいが、しかし彼等のように飯を食う間も暗記していれば、記憶おぼえられぬ方が不思議だ。教室では教師の顔色ばかりうかがっている。
青春の逆説 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
「あなたはあの夜会の時、私にお借下さったダイヤモンドの頸飾りを記憶おぼえていらっしゃいましょう?」
頸飾り (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
『皆さんも最早もう十五六——万更まんざら世情ものごゝろを知らないといふ年齢としでも有ません。何卒どうぞ私の言ふことを記憶おぼえて置いて下さい。』と丑松は名残惜なごりをしさうに言葉をいだ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
最近では近時没した両者崇拝の可楽がよく記憶おぼえていて歌いかつ踊った最後の一人だったろう。
寄席行灯 (新字新仮名) / 正岡容(著)
そう云って、熊さんは、左手のはしを持つ方で、顔を押さえて泣いたのを、私は記憶おぼえている。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
うぬ記憶おぼえとけ、深川のよし兄いてで鳴らしたもんだい、手前達てめいツたちの樣な、女たらしに、一文たりとも貰ふ覺えはないぞ、ヘツ、どうだい、そのつらは、いやにキヨロツキやがつて
二十三夜 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
彼所あそこなんぶか……つまり籠城中ろうじょうちゅうにそなたがかくれていた海岸かいがん森蔭もりかげじゃ。いまでも里人達さとびとたちは、とおむかしことをよく記憶おぼえていて、わざとあの地点ところえらぶことにいたしたらしい……。
おれは今でも記憶おぼえているが、或る日ビュット・ショーモン公園へ遊びに出かけて、俗に『自殺者の橋』と呼ばれているところへさしかかると、おれは一生懸命にその欄干にしがみついた。
ピストルの蠱惑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
その手紙の中へこんな意味のことを、私は記したように記憶おぼえている。
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一度眠ってから眼を醒ましたら、まだ馬車に乗っていた事を記憶おぼえています。そうして夕方、真暗まっくらになってから或町の宿屋へ着きました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ルーズヴエルトの以前まへに米国にマツキンレイといふ大統領があつたのは、まだ記憶おぼえてゐる人が多からう。この人は政治のほかに一つの道楽を持つてゐた。
「慾から出たことたあ言い条、お前さんもとんだ災難だったのう。わしを記憶おぼえていなさるか——あっしゃあ合点長屋の藤吉だ、いやさ、釘抜の藤吉ですよ。」
高田家の三代許り以前まへの人が、藩でも有名な目附役で、何とかの際に非常な功績てがらをしたと言ふ事と、私の祖父おぢいさんが鉄砲の名人であつたと言ふ事だけは記憶おぼえてゐる。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そして、二人の間にあったことを貴方自身のために記憶おぼえて置くように、好く気を附けなさい!
「色彩を欲す、思想を欲せず。」「恐怖は其の対象の生ずるを待って生ぜず。」「長く黙するに堪えず。」「巻煙草は婬売を聯想せしむ。」記憶おぼえて居るのは此の位だが
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
林はその頃チャタムでコルトンが勤めていた製薬会社の名を記憶おぼえていた。それでフト思いついて、チャタムの製薬会社を訪ねて彼の其後の様子を調べて見ようと考えた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「そうだったかなあ。……俺もこの辺を、駈け廻ったはずだが、何の記憶おぼえもない」
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「僕は忘れないやうに鬼で記憶おぼえて置いた。」
伊豆の旅 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
映ったことを記憶おぼえている
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「アッ。月島の渡船わたしに乗ったんだね。成る程成る程。その時にアンタと一緒に乗っていた二人の男の風体ふうてい記憶おぼえているかね」
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「よくは知らねえが四つ半ごろから八つぐれえまで、夢うつつに雨の音を聞いたように記憶おぼえていやす。」
帰途かへり、とある路傍みちばたの田に、稲の穂が五六本出めてゐたのを見て、せめて初米の餅でもくまで居れば可いのにと、誰やらが呟いた事を、今でも夢の様に記憶おぼえて居る。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
スキンナアは汽車中の二時間ばかしで、今度の持役の台詞せりふを、すつかり記憶おぼえ込む積りで、外套の大きな隠しから台詞書せりふがきを引張り出した。そして低声こごゑでそれを暗誦あんしようし出した。
と云った事を記憶おぼえて居る。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ただその時にフイちゃんを振り返って睨み付けたチイちゃんの眼付の怖しかった事ばっかりは今でも骨身にコタえて記憶おぼえております。
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
何事もとんと記憶おぼえておりませぬそうでございますが、おりよく父親てておやの久助と申すものが、娘の舞台を見ようとして来かかる途中から火事を知りまして、いそいで駈けつけ
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
この頃東京の芸術家仲間で女神様をんなかみさま流行はやつてゐる事は以前言つたやうに記憶おぼえてゐる。女神様といふのは、マリヤが叩き大工ヨセフの妻であつたやうに、或る鉱山師の女房かないである。
お和歌さんは「ツ。」と言つて顔をかくした様に記憶おぼえてゐる。私は目をまろくして、梯子口から顔を出してると、叔父は平気で笑ひながら、「誰にも言ふな。」と言つて、おあしを呉れた。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
今でもハッキリ記憶おぼえておりますのは、東京から直方こちらへ来る時に、母が近江屋のお神さんに遣りました小さな袱紗の模様です。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
なにその十八語はう言ふのだつて? そんな事を今迄記憶おぼえて居て溜るものかい。
今でも記憶おぼえて居る人があるか知れぬが、其頃竹山は詩里に居ながら、毎月二種か三種の東京の雜誌に詩を出して居て、若々しい感情を拘束もなく華やかな語に聯ねた其詩——云ふ迄もなく
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
成吉思汗ジンギスカン (ひとり言のように)あれから何年になるかなあ。君あ記憶おぼえているかしら。まだ、僕のおやじ、也速該巴阿禿児エスガイパアトルが生きているころ、僕の家と君の家は、森ひとつ隔てていたねえ。
「……それではこの方が、貴方とお許嫁いいなずけになっておられた、あのお兄さまということだけは記憶おぼえておいでになるのですね」
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今でも記憶おぼえて居る人があるか知れぬが、其頃竹山は郷里に居ながら、毎月二種か三種の東京の雑誌に詩を出して居て、若々しい感情を拘束もなく華やかな語につらねた其詩——云ふ迄もなく
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「うむ。多湖殿に頼んで、写さしてもらったのだ。気持ちよく見せてくれたよ。お日取りなどは、毎年変るものではないから、兄貴が、あれさえ記憶おぼえておれば、だいたい間違いはあるまい。」
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
先生が一番最初に白鷹先生に紹介してくれって仰言った時に、妾がスッカリ憂鬱になって、お断りしかけた事を記憶おぼえてお出でになるでしょう。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
時としては何処かに泊つて家へは帰らぬ事もあつたと記憶おぼえてゐる。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「面をよく記憶おぼえとけよ、勘。」
それを最初から一枚ぐらいずつ、念を入れて直されながら附けてもらうので、やはり二度ほど繰り返しても記憶おぼえ切れないと叱られるのであった。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
誰やらがつぶやいた事を、今でも夢の樣に記憶おぼえて居る。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)