衝立ついたて)” の例文
華麗な衝立ついたてのかげから現われて、すばしこく段々を昇って、演奏壇へあがると、風呂にでも入るように、拍手喝采の中へ入って行く。
神童 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
横手の玄関に小さい古びた衝立ついたてを据えたところなども、土地馴れない眼には漢方医者の家を客商売に造り替えたような感じを受ける。
雨の宿 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
その部屋には一つの衝立ついたてと箪笥と姿見と、それからペンキ塗りの寝台があって、あぶら蝋燭が銅製の燭台の上に寂しくともっていた。
右へ曲るかどにバーがあって、入口に立てた衝立ついたての横から浅黄あさぎの洋服の胴体が一つ見えていたが、中はひっそりとして声はしなかった。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それはただ、窓のそばの衝立ついたてで仕切っただけのところにすぎなかったが、それでも中に坐っていると、はたの人からは見えなかった。
すると、室内には、入ったすぐのところに大きな衝立ついたてがあって、向うをさえぎっていた。その衝立の向うから、ふたたび声がかかった。
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
向うの広間に置いた幾つもの衝立ついたての蔭に飲食のみくひしてゐる、幾組もの客を見渡しつゝ、お文はさも快ささうに、のんびりとして言つた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
だからもし、衝立ついたてにでも人間の形を描いて、気温を高めた場合には、ちょうどそれが、遠ざかってゆく人影のように見えるじゃないか。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
とっつきが三帖、衝立ついたてがあって、すぐ左が座敷らしい。千之助は刀を右手に持ち、黙って静かにふすまをあけ、立ったままで娘を見た。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ところが昨日と違って、門をくぐっても、子供の鳴らす太鼓の音は聞こえなかった。玄関にはこの前目に着かなかった衝立ついたてが立っていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
破れた葮簀の衝立ついたてが立ってあり、看板を見ると御休所おんやすみどころ煮染にしめ酒と書いてありまするのは、いかさま一膳飯ぐらいは売るのでござりまする。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そこで彼はおどおどして玄関へ出て行つたが、衝立ついたてから首を延ばしたとたんに、不可解至極な歓声にまき込まれてぼんやりした。
村のひと騒ぎ (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
これにはさすがな間喜兵衛も、よくよく可笑おかしかったものと見えて、かたわら衝立ついたての方を向きながら、苦しそうな顔をして笑をこらえていた。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
広い式台は磨かれた板の間で、一段踏んでその上に板戸が押開かれてあり、そこの畳に黒塗りぶちの大きな衝立ついたてがたっている。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
左右の壁際には衝立ついたての裏表に腰掛と卓子テーブルとをつけたようなボックスとかいうものが据え並べてあって、天井からは挑灯ちょうちんに造花
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もうしまいにはアトリエの隅に西洋風呂ぶろや、バス・マットを据えて、その周りを衝立ついたてで囲って、ずっと冬中洗ってやるようになったのです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
陛下のお椅子は、中央の衝立ついたてを後ろにすえられ、左へ寄って、総理大臣が勲記と黒塗の箱とを各受章者へ手渡す一卓をおいて佇立ちょりつするわけ。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
衝立ついたてのような、屏風のようなものの、いずれも骨組ばかりのものがとっ散らかされはじめた、とんと経師屋きょうじやの店先のごとくに。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
辷る衝立ついたてで分たれるに過ぎぬが、この仕切の上の場所は通常組格子の透し彫りか、彫刻した木か、形板で切り込んだ模様かで充してある
緑色の衝立ついたてが病室の内部をふさいでいたが、入口の壁際かべぎわにある手洗の鏡に映る姿で、妻はベッドに寝たまま、彼のやって来るのを知るのだった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
清水、太田の二人連れが帰ると、お悧口な千々子さまが、賢夫人を衝立ついたてにして、そろそろとサロンに入っていらっしゃった。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
無論、夢中に現われた人の一人もそこにあるはずはなく、衝立ついたてはあるが、その後ろから正銘のここの雇い婆さんが現われて
帰りに暗い路次のなかの家へ入って、衝立ついたての蔭で一緒に麦とろなどを喰べた。酒も取って飲んだ。そこを出たとき、お庄は紅い顔をしていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
天井からは幾つかの鞦韆ぶらんこがブラ下がり、衝立ついたて、小机、竹馬、大小の箱、むち、それに何に使うか見当も付かないものが舞台裏一パイに並べてあり
木之助はちょっと身繕みづくろいした。だが衝立ついたてかげから、始めて見る若い美しい女の人が出て来て、そこに片手をついてこごんだときはまた面くらった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
このうち一ノ沢、二ノ沢、衝立ついたて沢の方面は未だ自分の知らない領域であり、滝沢は全く手がつけられていない所である。
一ノ倉沢正面の登攀 (新字新仮名) / 小川登喜男(著)
ここの二階は広い座敷の入れ込みで、ところどころに小さい衝立ついたてが置いてあるだけであるから、あとから来た客の顔も見え、話し声もよくきこえた。
半七捕物帳:52 妖狐伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
クスタリヌイ博物館と、夜はメイエルホルド座——「証明書マンダアド」の今年のシイズンにおける何回目かの上演だ。花道と廻り舞台。木の衝立ついたてだけの背景。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
寝台の裾にちょいとした衝立ついたてがあって、そのかげに、水のつかえるところがあって、顔を洗ったり、茶を入れたりする場所になっているらしかった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
横手の衝立ついたて稲塚いなづかで、火鉢の茶釜ちゃがまは竹の子笠、と見ると暖麺ぬくめん蚯蚓みみずのごとし。おもんみればくちばしとがった白面のコンコンが、古蓑ふるみの裲襠うちかけで、尻尾のつまを取ってあらわれそう。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
市街地の後方に、衝立ついたてのような高塔山たかとうやまを控えている若松は、海の方へ領土拡張をする以外に、発展のしようがない。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
南向きの窓硝子に近い衝立ついたての蔭のテーブルに席をとって、斜めに差し込む日の光に朝の顔を眩しくしていました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
風巻はまだ社に出ていなかったが、もうすぐ来るはずだと言うので、衝立ついたてで仕切られた応接間で待つことにした。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
また、寝室の衝立ついたての陰へ入る。壁紙と同色のその金庫の扉を開くと、奥にもう一つ、頑丈な鋼鉄の扉が見える。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
圭一郎は丁寧にお叩頭じぎして座を退り齒のすり減つた日和ひよりをつつかけると、もう一度お叩頭をしようと振り返つたが、衝立ついたてに隱れて主人の顏は見えなかつた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
そのお関所の跡に近く、町はずれの丘の地勢について折れ曲がった石段を登り、古風な門をはいりますと、玄関のところに置いてある衝立ついたてが目につきます。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
無言のまま、向うの衝立ついたてかげにはいって、しばらくすると、素肌の上にガウンを着たらしい様子で出て来た。
悪霊物語 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
男はおもむろにへやの四方を看まわした。屏風びょうぶ衝立ついたて御厨子みずし、調度、皆驚くべき奢侈しゃしのものばかりであった。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
では、向かふに白紙を張つた衝立ついたてをおいて、ぼくがそれに一つ文字を射ぬいて現すから、あなたもそれをやつてごらんなさい。出来たら、僕が負けたことにしよう。
風変りな決闘 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
引越の荷車からは、丹念に加工した麻栗樹チイクテーブルや、東洋風に縫取ぬいとりの施してある衝立ついたてなどが下されました。それを見ると、セエラは妙に懐郷的ノスタルジャーな気持になりました。
衝立ついたても何も無い部屋だから、妙な場面に陷つてしまつた三田とおりかを、先方では早くもをかしく思つたらしく、しきりに視線を集めては、さゝやき合つて居た。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
彼らは、口ほどにもない上役の圧迫された恰好かっこうを、むしろ胸のすく思いで眺めていた。なおそのとき、彼のうしろには、その上の官員が衝立ついたてのかげに立っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
シュルツは終日だれにも会わなかった。室の中は薄暗かった。黄色い霧が、衝立ついたてのように窓ガラスを張りつめて、視線を妨げていた。暖炉の熱が重々しくものうかった。
夜中にお手洗いに起きて、お玄関の衝立ついたてそばまで行くと、お風呂場ふろばのほうが明るい。何気なくのぞいてみると、お風呂場の硝子戸ガラスどが真赤で、パチパチという音が聞える。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
城の崖からは太い逞しい喬木きょうぼくや古い椿つばきが緑の衝立ついたてを作っていて、井戸はその蔭に坐っていた。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
叩頭じぎをしいしい、わざとゆっくり足を運んで、遠目に玄関口をのぞいてみると、正面に舞楽ぶがくの絵をかいた大きな衝立ついたてが立ててあるばかりで、ひっそり閑としずまり返っていた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
そうすると奥さんが、岡村は今年の夏万翠楼のふすま衝立ついたてを大抵かいてしまったのだと云った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
行く手には、岬のように出張でばった山の鼻が、真黒い衝立ついたてとなって立ちふさがり、その仰向いて望む凸凹な山の脊には、たった一つ、褪朱色たいしゅいろの火星が、チカチカと引ッ掛っていた。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
いちばん年齢としの若い女給の信子のぶこは遠くから気遣わしそうに波瑠子を眺めていたが、やがて用ありげに二人のそばを通り抜けて、衝立ついたての背後をひと回りしてもとのところへ戻った。
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
幾日かのあとで、彼は遂に錢府せんふの照壁(衝立ついたての壁)の前で小Dにめぐり逢った。「かたきの出会いは格別ハッキリ見える」もので、彼はずかずか小Dの前にくと小Dも立止った。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)