自宅うち)” の例文
主人も行くがいいと勸め、我々兩人ふたりもたつてと言つたのだが、わたしはそれよりも自宅うちで寢て居る方がいいとか言つてつひに行かなかつた。
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
自宅うちにいると皮肉やで毒舌で、朝から晩まで女房に口小言をいっている藤木さんも、アンポンタンには馴染なじみ深い面白い大人だった。
この人は自宅うちに居る折は、座敷に胡座あぐらをかいたまゝ、すぐ手をのばしたらとゞきさうな巻煙草一つ、自分からは手にとらうとしなかつた。
自宅うちへも寄らずにその足で海老床へ駈けつけた勘次は、案の定暢気そうな藤吉を見出してそのままにじり寄ると何事か耳許へ囁いた。
電話室へ入って、東京の自宅うちの様子を聞くことのできたのは、それから大分たってからであった。小野田はまだ帰っていなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
直ぐ口を明けて見たかったけれど、ア後の事と、せっせと朝飯の仕度をしながら「え、四五日どころか自宅うちなら十日もあるよ」
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「おかしいですね。妻は……久美子は今朝から教会の会報を書くのだと言って何処へも行きません。無事に自宅うちにおりましたが」
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「なんですよ、あんまり貴方あなたの評判がいゝもんですから、さういふ方ならぜひ一度自宅うちでも診ていたゞきたいと思ひましてね」
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
はやくから、ここに気がついたなら、むやみに人をうらんだり、もだえたり、苦しまぎれに自宅うちを飛び出したりしなくっても済んだかも知れない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今頃自宅うちへ行っても居ないことを知っているので、林之助はお絹を東両国の小屋にたずねると、お絹もお君も見えなかった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「わたくしも、せめてこの一月なり自宅うちに戻って楽々としていたら、このような病い、じきになおろうと思いますが——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
決して間違ったことは致しません。其手拭は、確に自宅うちのです。出掛る前には何処にあったか、覚えは在りません。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
自宅うちへ帰って来た紋太郎はニヤニヤ笑いを洩らしている。皮肉の笑いとも受け取られ笑止の表情とも見受けられる。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大原伝蔵は先夜、偶然途上で谷村夫人に逢い、御主人にすこし面倒な細工を頼んで貰いたいから、一寸一しょに自宅うちまで来て下さいといったのである。
謎の咬傷 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
亡くなつた老母がまだ存命ちゆうの頃のことでな——戸外そとでは酷寒マローズがぴしぴしと音を立てて、自宅うちの狭い窓をこちこちに凍てつけるやうな冬の夜長の頃
「電話位掛けるはずだが……」浅田は給仕をよんでたずねたが、自宅うちから何にもいって来ないというので、念の為に電話をかけて見ると、妻は不在であった。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
慚愧ざんきに堪へないのだ、彼は今や小松内府の窮境にるのだ、今頃は、君、自宅うちの書斎で涙に暮れて祈つてるヨ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「精霊どの!」と、スクルージは云った、「もう見せて下さいますな! 自宅うちへ連れて行って下さいませ。どうして貴方は私を苦しめるのが面白いのですか。」
奴さん自暴自棄やけくそになって、もと往ったことのある烏森からすもり待合まちあいへ往って、女を対手あいてにして酒を飲んでいたが、それも面白くないので、十二時ころになって自宅うちへ帰ったさ
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
終日駈けずり𢌞つてゐた十風は朝から晩迄自宅うちにごろ/\して癇癪ばかり起してゐるやうになつた。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
「どうしたんですか。何となく挙動が怪しいぞ! まさか、自宅うちでは芝居はないでせうに。」
趣味に関して (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「園長はそんなとき、帽子も上衣も着ないでお自宅うちにも云わず、ブラリと出掛けるのですか」
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は満身の勇気を奮いおこして、柄にもないこの気怯きおくれに打克うちかとうとした。そして結局夜遊びから自宅うちへ帰って来た男のような、気安い歩調でつかつかと隣室へ入って行った。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
今夜來て呉れるとは夢の樣な、ほんに心が屆いたのであらう、自宅うちで甘い物はいくらも喰べやうけれど親のこしらいたは又別物、奧樣氣を取すてゝ今夜は昔しのお關になつて
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
と同時に、狼籍者ろうぜきものは雲を霞と逃げ失せて、肋と頤へ怪我をした又七は、ようよう溝から這い出して、折柄通りかかったあの若造に助けられて自宅うちへ帰り着いたというのである。
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
えい? わたくしなぞはこれから自宅うちけえって、やッと——その、な——熱いのにありつけるかと思ってますのでげすが、な、かかアがその用意をしてあるかどうかも分りません
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
休んで自宅うちくすぶっていると、喧しく寄席から迎えがきた。どうしても今夜出てくれ、と。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
流水は築地の自宅うちへ歸る處だからと云つて自分と連立つて一緒に話しながら歩く。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
暫く自宅うちを明けましたので、母も心配致して手紙をよこし、それ故一寸ちょっと立帰って参りましたが、お前さんの事が気になって、何うもわたくしうちにも居られないひょっとしてわたくしが遅く来まして
それに、アアミンガアドは急に呼ばれて、二三週間自宅うちに帰っていましたので、忘れられるのがあたりまえだったのです。彼女が学校へ帰って来た時には、セエラの姿は見えませんでした。
今試験をしておりますが、昨日きのう自宅うちめまいがしましたから、今日ももしやそんなことでもないかと思って、ここに待っております。まさかの時にはれて帰るつもりで、くるまを頼んでまいりました。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
自宅うちにて教授をする時にわたしわずかなるたくわえにてあがないしもので、二面共にわたしにとっては忘るべからざる紀念きねんの品である、のみならず、この苦しく悲しきながの月日のこの中外うちそとを慰めたのもこの品
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
自宅うちへは、つまり亡父が雇われていた主人の家へは、およそ一週一度ぐらい姿を見せたが、冬分は毎日やって来た。しかし、それもほんの夜だけで、入口なり牛部屋なりで泊ってゆくのであった。
「傷口を洗う焼酎しょうちゅうはあるか。なくば自宅うちから取って来るが」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
李剛 自宅うちへ行くと何かあるようだが——。
「ここが自宅うちの田だ。」という。
自宅うちから心配して迎えに来た忠義な手代に会いは会うても、大阪という処が、どこかに在りましたかなあという顔をしていた。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その上坑夫と聞いた時、何となくうれしい心持がした。自分は第一に死ぬかも知れないと云う決心で自宅うちを飛出したのである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
銀之助はしづわかれて最早もう歩くのがいやになり、車を飛ばして自宅うちに帰つた。遅くなるとか、めてもいとかふさに言つたのを忘れてしまつたのである。
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
「前田めが、きい/\騒ぎ立てるので、つい自宅うちの患者までが殖えるやうだ。もつと我鳴り立てて呉れるといゝがな。」
お里はその女の遠縁に当るので、おととしの夏場から手伝いに頼まれて、外神田の自宅うちから毎晩かよっているが、内気の彼女は余りそんな稼業を好まない。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もっとも、現代でも、よく似た話があるもので——ある方が、会社で上役と喧嘩をして、帰りにカフェーで気焔をあげて自宅うちへ帰ったら、速達がきていた。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ところがある晩、祝い事があるというので、この大屋さん、店子一同を自宅うち招待んでご馳走したそうで。とそこへ新鋳しんぶきの小判十枚が届けられて来たそうです。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
東京の自宅うちの方へ、時々無心の手紙などを書いていた壮太郎が、何の手応てごたえもないのに気を腐らして、女から送って来た金を旅費にして、これもこの町を立って行ったのは
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
今夜来てくれるとは夢の様な、ほんに心が届いたのであらう、自宅うちうまい物はいくらも喰べやうけれど親のこしらいたは又別物、奥様気を取すてて今夜は昔しのお関になつて
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
私はその時、あがなつた繪雙紙ゑざうしをもつてゐたので差上げたらば、大層よろこばれて、自宅うちにはなかつたので、母が——松崎大尉未亡人が非常によろこび、懷しがつたとお禮を申された。
日本橋あたり (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
自宅うちでは大方寢臺の上でごろごろしてゐた。それから非常に美しい詩を一つ寫した。
狂人日記 (旧字旧仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
自宅うちから寄席までワザと泥んこのなかばかり選りつつ歩いて草鞋を泥々にし、その泥草鞋のまんま高座へ上がっていたら、びっくり仰天して席亭、これも言うだけの金を貸してくれた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
恐ろしい君子があつたもんだ、芸妓買げいしやかひつて、自由廃業をさせて、借金を踏み倒ほさして、自宅うちへ引きずり込んで、其れで道徳堅固な君子と言ふんだ、成程耶蘇教ヤソけうと云ふものはらいもんだ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
自宅うちでもいゝつて言ひますから今日はお伴させて下さい、といふ。それはよかつたと私も思つた。今日はこれから九里の山奧、越後境三國みくに峠の中腹に在る法師ほふし温泉まで行く事になつてゐたのだ。
みなかみ紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)