矢絣やがすり)” の例文
横手からそう遠くない千屋せんや村あたりのみの深沓ふかぐつで大変細工のよいのを見かけます。蓑はここでも襟飾りに矢絣やがすりなどを入れてります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
高島田が初々しく、紫矢絣やがすり、立やの字の帯、白粉おしろいが濃くて、小さい唇が玉虫色に光るのも、楷書で書いてルビを振った美しさです。
銘仙矢絣やがすり単衣ひとへに、白茶の繻珍しゆちんの帯も配色うつりがよく、生際はえぎはの美しい髪を油気なしのエス巻に結つて、幅広のねずのリボンを生温かい風が煽る。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「エエ、一度訪ねました。併し、新しい発見は何もないと云っていました。その筋でも、やっぱり例の矢絣やがすりの女を問題にしている様ですね」
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
妹は二十歳前後の小柄なせた女で、矢絣やがすり模様の銘仙めいせんを好んで着ていた。あんな家庭を、つつましやかと呼ぶのであろう。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
少女はやゝ黄味がかつた銘仙の矢絣やがすりの着物を着てゐた。襟も袖口も帯も鴾色ときいろをつけて、同じく鴾色の覗く八つ口へ白い両手を突込んでつてゐた。
小町の芍薬 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「まあお母さん、此の矢絣やがすりのきれが出て来たぢやないの……。」と彼女はぼろきれのうちからさもなつかしいものを見附けたやうに母親にかう云つた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
ふと、そこに廂髪ひさしがみって、紫色の銘仙めいせん矢絣やがすりを着て、白足袋をはいた十六ぐらいの美しい色の白い娘が出て来た。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ひざぎりの水兵の服を着て、編み上げ靴をはきたり。一人の曲者は五つか、六つなるべし、紫矢絣やがすり単衣ひとえくれないの帯して、髪ははらりと目の上まで散らせり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「東京はえらい矢絣やがすり流行はやるねんなあ。今ジャアマンベーカリーを出てから日劇の前へ来る迄に七人も着てたわ」
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
少年はそつと眼をあげて、大柄な矢絣やがすりの胸もとを盗み見た。息をはずませてゐるのか、大きく波を打つてゐる。
地獄 (新字旧仮名) / 神西清(著)
かわやのぞく尼も出れば、やぶしゃがむ癖の下女も出た。米屋の縄暖簾なわのれんを擦れ擦れに消えるあおい女房、矢絣やがすりの膝ばかりで掻巻かいまきの上からす、顔の見えない番町のお嬢さん。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それはさておき、私の上野音楽学校への通学ですが、私は前髪を赤いリボンで結んで、紫の矢絣やがすりの着物に海老茶の袴、靴をはいて自転車で芝から上野に通いました。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
少女だちは同じように紫の矢絣やがすりそでの長い衣服きものていた。広巳は知らない女の児のことであるから、他の人を呼んでいるのだろうと思ってそのまま往こうとした。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
三十年も過ぎると流行はやりというものは再び戻って来るものでしょう。私の目に残っている智恵子はよく藤色矢絣やがすりのお召の着物を着ていました。それがまたよく似合いました。
鉄の処女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
矢絣やがすりらしい着物に扱帯しごきおびを巻いた端を後ろに垂らしている、その帯だけを赤鉛筆で塗ってある。
海水浴 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それでは、篁村翁こうそんおうにでも言わせれば、余りに「紫の矢絣やがすり過ぎている」それであの人のいつも作るような、殆ど暴露的な歌が作られようか。今の十六の娘にそんなのがあろうか。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
めしのコートと、羽織と、瓦斯ガス矢絣やがすり単衣物ひとえものと、女持のプラチナの腕時計の四点を、合計十八円也で、昨日きのうと、一昨日おとといの二日にわけて、筥崎馬出まいだし三桝みます質店に入れたものである。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いつもよく例の小豆あずき色の矢絣やがすりのお召の着物に、濃い藍鼠あいねずみに薄く茶のしっぽうつなぎを織り出したお召の羽織を着てやって来たのだが、今日は藍色の地に細く白い雨絣の銘仙の羽織に
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そして、自分も縞メリンスのちょいちょい着に着かえて、よそいきの紫矢絣やがすりぶい半纏ばんてんで克子を背負い、どんどん戸締りをした。健は、けっきょく追い出されるように、仕方なく縁側に出た。
大根の葉 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
女はしおしおしたような目をして、派手な牡丹ぼたんの置型のある浴衣ゆかたのうえに、矢絣やがすりの糸織りの書生羽織などを引っかけて、くずれた姿形なりかたちをして自分がそこへ陥ちて行った径路や、初恋などを話した。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「それからお舟の書いたのは——姉樣人形、紫の矢絣やがすりの着物をきてゐたと思ふ。もう一つは赤い袖無し、麻の葉絞り——とある」
白地に濃い葡萄色の矢絣やがすりの新しいセルの単衣に、帯は平常ふだんのメリンス、その整然きちんとしたお太鼓が揺めく髪に隠れた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
縞目しまめは、よく分らぬ、矢絣やがすりではあるまい、濃い藤色の腰に、赤い帯を胸高むなだかにした、とばかりで袖を覚えぬ、筒袖だったか、振袖だったか、ものに隠れたのであろう。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
就中なかんずく「伊達げら」には編みに入念なのがあり、模様を出し色どりを加えたものに逢う。織物に近い感をさえ受ける。模様に色々の変化はあるが、一番多いのは矢絣やがすりである。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
廂髪ひさしがみって、矢絣やがすりつむぎ海老茶えびちゃはかまをはいた女学生ふうの娘が、野菊や山菊など一束にしたのを持って、寺の庫裡くりに手桶を借りに来て、手ずから前の水草の茂った井戸で水を汲んで
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
少女は紫の矢絣やがすりたもとをひるがえしてさきに立って往った。門の中には禿びて枝の踊っているような松の老木があり、椿つばきの木があり、嫩葉わかばの間から実ののぞいている梅の木があって門の中を覆うていた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
矢絣やがすり銘仙めいせんがあったじゃないか。あれを着たら、どうだい?」
花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「それでは先づお銀のを讀まう。えーと、紫の矢絣やがすりの着物を着た姉樣人形と、あさの葉を絞つた赤いおちやんちやん——かうだ」
紫の矢絣やがすりの、色の薄いが鮮麗あざやかに、朱緞子しゅどんすに銀と観世水のやや幅細な帯を胸高に、緋鹿子ひがのこ背負上しょいあげして、ほんのり桜色に上気しながら、こなたを見入ったのは、お妙である!
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
卒業式に晴衣はれぎを着飾ってくる女生徒の群れの中にもかれの好きな少女が三四人あった。紫の矢絣やがすり衣服きもの海老茶えびちゃはかまをはいてくる子が中でも一番眼に残っている。その子はまちはずれの町から来た。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「十七八でせうか、矢絣やがすりたてやの字の帶で、素顏に近い島田髷の、良い娘でした——あ、それから左の頬に可愛らしい愛嬌ぼくろがあつて——」
紫の矢絣やがすり箱迫はこせこの銀のぴらぴらというなら知らず、闇桜やみざくらとか聞く、暗いなかにフト忘れたように薄紅うすくれないのちらちらするすごい好みに、その高島田も似なければ、薄い駒下駄に紺蛇目傘こんじゃのめそぐわない。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
絞つたちやんちやんや、紫矢絣やがすりの着物などと細かい事など覺えて居る筈はない
かぐはしい唇の曲線と、矢絣やがすりのお仕着せに包んだしなやかな四肢てあしの線を見ただけで、平次は何やら秘密の一つの鍵がこの娘のすぐれた肉體の美しさに潜んでゐるやうな氣がしてならなかつたのです。