疵口きずぐち)” の例文
御経おきやうふしをつけて外道踊げだうをどりをやつたであらう一寸ちよツと清心丹せいしんたんでも噛砕かみくだいて疵口きずぐちへつけたらうだと、大分だいぶなかことがついてたわ。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
例の疵口きずぐちも日に増し目立たないほどにえ、最近に木曾福島の植松家から懇望のある新しい縁談に耳を傾けるほどになったとある。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
庖丁ほうちょうやナイフで手をった時塩を塗っておく代りにお砂糖の固まりを押付けて疵口きずぐちへよく浸み込ませておけばむような事はありません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
その上に疵口きずぐちが光悦あるいはのんこう作に於てしばしば見られるように、喰い違って段をなしているなどは、ますます以て面白いのである。
古器観道楽 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
その疵口きずぐちをおさえた手からも血がしたたりおちて、さも無念げに城代屋敷のほうを指していることは、このまえとなんのかわりもありません。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
モウ一度深く胸の疵口きずぐちに刺し込んだまま出て行かれたりしているところは、百パーセントに夢中遊行者特有の残忍性をあらわしておられるのです。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
急速にひろがる二人の距離、明るいその海面の広さを、そのまま、遠ざかる帆の速さで彼女の胸を裂き、ひろがる一つの疵口きずぐちのように感じながら。……
朝のヨット (新字新仮名) / 山川方夫(著)
消毒の係りはただちに疵口きずぐちをふさぎ、そのほか口鼻肛門こうもん等いっさい体液の漏泄ろうせつを防ぐ手数てすうをとる。三人の牧夫はつぎつぎ引き出して適当の位置にすえる。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
どうして、苦しんでいるもの、疵口きずぐちくちばしで押さえているもの、じっと立っておられないものなどがあるのだろう。
吸い付いたが最後、容易に離れまいとするのを無理に引きちぎって投げ捨てると、三角に裂けた疵口きずぐちから真紅まっかな血が止め度もなしにぽとぽとと流れて出ます。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ひゅうひゅうと云うのは、切られた気管の疵口きずぐちから呼吸をする音であった。お蝶のそばには、佐野さんが自分のくびを深くえぐった、白鞘しらさやの短刀のつかを握って死んでいた。
心中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と気丈な殿様なればたもとにて疵口きずぐちしっかと押えてはいるものゝ、のりあふれてぼたり/\と流れ出す。
それから私は左の手でその噛まれた右の足の疵口きずぐちを押えてジーッとして居ると、其薬これが犬に噛まれた時の一番良い薬であると言って、ある老婆は薬を施してくれたから
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
切り裂かれた疵口きずぐちからは怨めしそうに臓腑ぞうふい出して、その上には敵の余類か、こがねづくり、薄金うすがねよろいをつけたはえ将軍が陣取ッている。はや乾いた眼の玉の池の中にはうじ大将が勢揃せいぞろえ。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
そして、十五夜の晩以来、お雪の家の中に隠されていた疵口きずぐちのないこの町人体ちょうにんていの男の死体は、本石町ほんごくちょう金座用達きんざようたしをしている両替りょうがえ佐渡屋和平さどやわへい、俗に佐渡平という商人にちがいないと申し立てた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
取寄とりよせ兩人の前に差出せば次右衞門三五郎は改めて見にかさ衣類いるゐ笈摺おひずる等一々きずつけ有共其疵口きずぐちの不審さに流石さすが公儀こうぎの役人是は盜賊たうぞく所爲しわざならず寶澤人に殺されしていに自身に疵付きずつけし者ならんとそみたる所を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
牢屋の下男はすぐにその疵口きずぐちに砂をふりかけて血止めをして、打役の者がまたもや打ちつづけるのである。
拷問の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
先ず負傷して疵口きずぐちへ応急の手当をするには塩かまたは上等の砂糖を沢山塗り付けると防腐の功があります。塩や砂糖はどんな処でも得られない事はありません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
向って右側に立っている水夫の鼻の横に出来ている疵口きずぐちが、白くフヤケた一寸四方ばかりの口を開いている向うから、奥歯の金冠が二三本チラチラと光っていた。
幽霊と推進機 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ちょっと清心丹せいしんたんでも噛砕かみくだいて疵口きずぐちへつけたらどうだと、だいぶ世の中の事に気がついて来たわ。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの細い横町よこちょうほうに参り、庄三郎に突かれたなり右の手を持ち添えて、左から一文字にぐうッと掛けて切った、此方こっち(左)の疵口きずぐちから逆に右の方へ一つ掻切かっきって置いて、気丈な新助
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
……だが、その海こそが、いまは彼女の中の一つの巨大な疵口きずぐちであり、そこに永遠の、無限の沈黙を見る少女の目は、もはやただ一つの問いかけなのでしかなかった。彼女はくりかえした。
朝のヨット (新字新仮名) / 山川方夫(著)
まるで基督キリストが復活してきた時に磔柱はりつけになった後の疵口きずぐちへ手を突っ込ませてみせてくれなくちゃ、人違いだか何だかわかんねえと言い張った十二使徒の中のタマスみたいに、懐疑派の御大おんたいではある。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
眠れるか、少年はわずかにそのかしらったが、血はとまらず、おさえた懐紙は手にもたまらず染まったので、花の上に棄てた。一点紅、お雪は口を着けてその疵口きずぐちを吸ったのである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
... 一週間過ぎれば疵口きずぐちえてしまって外の鶏と遊んでいてどれが去勢したのだか分らない位だ」小山「そういうものかね。やさしいようなむずかしいものだ」とひとりで感心する。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
勿論、誰もその事実を知った者はないが、二つの死骸の疵口きずぐちから考えると、実雅がまず兼輔を切り殺して、自分はその場から少し距れた川下へ行って自害したものらしく思われた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
重蔵は不図ふと𤢖わろを思い出した。この殺人事件をして𤢖の所為しょいであるかのようによそおって、ひとの目をくらまそうと考えた。彼は熊吉の屍体を抱き上げて、咬殺かみころした如くに疵口きずぐちを咬んだ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それを宅へ持ち込まれた時には私もただ狼狽ろうばいするばかり、疵口きずぐちへどういう手当てあてをしていいものだかどうしていいか訳が分りません。医者を呼びにっても急には来てくれず、ホントニまりましたよ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)