火屋ほや)” の例文
「蛞蝓が火ぶくれを拵へるものか。三河島の火葬場で、火屋ほやの中に首でも突つ込んだのか。あそこで、時々燒場團子を盜まれるさうだぜ」
引窓の閉まる拍子に、物音もせず、五ばかりの丸い灯は、口金から根こそぎいで取ったように火屋ほやの外へふッとなくなる。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
上框あがりがまちには妻の敏子が、垢着いた木綿物の上に女兒を負つて、頭にかゝるほつれ毛を氣にしながら、ランプの火屋ほやを研いてゐた。
足跡 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
十刹じつせつの僧ども経を捧げ諷経ふうきんをなせり。十五日には野辺の送りの御わざ始まり、蓮台野れんだいのには火屋ほやれいがん堂などいかめしく作り、竹垣をゆへり。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夫人が戸を開けたとたんに、さっと吹きこんだ風でランプは消え、しぶきが横っ倒しに来ると、熱した火屋ほやが破裂してその破片がしきいに散った。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
そのうちに窓の外は眩しいくらいに冴えかえって、薄い霧ごしに日の照るのが、電灯の火屋ほやでも見つめるような気がする。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
その前に緑色の火屋ほやの小さいランプに明りが附けて供へてあつて、それから矢張その前に色々に染めたイイスタア祭の卵が供へてあるのであつた。
二階は六畳敷ばかりの二間で、仕切を取払った真中の柱に、油壷のブリキでできた五分心のランプが一つ、火屋ほやくすぶったままぼんやりとぼっている。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
石油をかした硝子の壺、動かない焔を守つた火屋ほや、——さう云ふものの美しさに満ちた珍しいランプを眺めました。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
なるほど火屋ほやが薄黒くくすぶっていた。丸心まるじん切方きりかたたいらに行かないところを、むやみにを高くすると、こんな変調を来すのがこの洋燈の特徴であった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
火屋ほやをめぐつて舞ひ狂ふものがあり、笠の内側にへばりついたまま、ぢつと動かぬものもあつた。
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
天井から吊るされたランプの火屋ほやに、さっきから、一羽の大きな蛾が、しきりと、戯れていた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
その出し過ぎた心の右の端が高くなっていて、火屋ほやに黒い油煙をつけていた。その燃えているさまがちょうど狂人の濁ってしかも真紅な動乱した心をあらわしているようだった。
不幸 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
今度は暫く時間が立つて、火屋ほやのないブリツキの小ランプを手に持つて帰つて来た。
灯がその火屋ほやの中にともるとキラキラと光るニッケル唐草の円いランプがあって、母は留守の父のテーブルの上にそのランプを明々とつけ、その上で雁皮紙を詠草のよう横に折った上へ
父の手紙 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
茶かすつもりであったことばはしに何か神秘的なものがつながった。賢次は洋燈ランプへ眼をやった。しんの切りようでもわるいのか、洋燈は火屋ほやの一方が黒く鬼魅きみわるくすすけていた。広巳はその時うなずいた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ランプの火屋ほや
短歌集 日まはり (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
上框あがりがまちには妻の敏子が、垢着いた木綿物の上に女児こどもおぶつて、顔にかゝるほつれ毛を気にしながら、ランプの火屋ほやみがいてゐた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
縁起の悪い灯籠ですよ、よっぽどすわりが悪いと見えて、三年に一度位ずつは大風か大雪で笠と火屋ほやが転がり落ちますよ。
銭形平次捕物控:245 春宵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
せたげても頓着とんじゃくせず、何とか絶えず独言ひとりごちつつ鉄葉ブリキ洋燈ランプ火屋ほや無しの裸火、赤黒き光を放つと同時に開眸かいぼう一見、三吉慄然りつぜんとして「娑婆しゃばじゃねえ。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
接客用の提げ煙草盆、見事な蒔絵まきえで、青磁せいじ火屋ほやがはいっている。煙管きせるをそえて、上の間と、下の間へさし出し
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「時に小夜の事だがね」と先生は洋灯ランプを見ながら云う。五分心ごぶじん蒲鉾形かまぼこなりとも火屋ほやのなかは、つぼみつる油を、物言わず吸い上げて、穏かなほのおの舌が、暮れたばかりの春を、動かず守る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
芭蕉 おつと、この緑のランプの火屋ほやを風に吹き折られる所だつた。
新緑の庭 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
貝殻を敷いた細いきたない横町で、貧民窟とでもいいそうな家並だ。山本屋の門には火屋ほやなしのカンテラをとぼして、三十五六の棒手振ぼてふりらしい男が、荷籠を下ろして、売れ残りの野菜物に水をれていた。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
無言で、金五郎は、それをおいしそうに吸い、蛾の戯れているランプの火屋ほやを、じっと、見あげていたが、ふいに、その両眼から、ラムネ玉のような、大粒の涙が、タラタラタラと、あふれ落ちた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
今ほど此室ここかけり来て、赫々かくかくたる洋燈ランプ周囲めぐりを、飛びめぐり、飛び狂い、火にあくがれていたりしが、ぱっと羽たたき火屋ほやの中へ逆さまに飛び入りつ
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄暗く火屋ほやの曇つた、紙笠の破れた三分心の吊洋燈の下で、物思はし氣に悄然と坐つて裁縫しごとをしてゐたお利代は、『あ、お歸りで御座いますか。』と忙しく出迎へる。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
と、わずかに、銀の籠目かごめ火屋ほやを掛けた手炉の端をそっとわかつぐらいなものだった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
芭蕉ばせう おつと、この緑のランプの火屋ほやを風に吹き折られる所だつた。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ぐるりとその両側、雨戸を開けて、沓脱くつぬぎのまわり、縁の下をのぞいて、念のため引返して、また便所はばかりの中まで探したが、光るものは火屋ほやかけらも落ちてはいません。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ガタビシする入口の戸を開けると、其処から見透すとほしの台所の炉辺ろばたに、薄暗く火屋ほやの曇つた、紙笠の破れた三分心の吊洋燈つりらんぷもとで、物思はし気に悄然しよんぼりと坐つて裁縫しごとをしてゐたお利代は
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
燈火ともしびの赤黒い、火屋ほや亀裂ひびに紙を貼った、笠のすすけた洋燈ランプもとに、膳を引いた跡を、直ぐ長火鉢の向うの細工場さいくばに立ちもせず、そでつぎのあたった、黒のごろの半襟はんえりの破れた
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つりランプだが、火屋ほやも笠も、すすと一所に油煙で黒くなって正体が分らないのであった。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
持っていた洋燈ランプ火屋ほやが、パチン微塵みじん真暗まっくらになったから、様子を見ていた裏長屋のかみさんが、何ですぜ、殺すのか、取って食うのか、生血なまちを吸うのかと思ったっていうんですぜ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
卓子テイブルの上に両方からつないで下げた電燈の火屋ほや結目むすびめを解いたが、うずたか書籍しょじゃくを片手で掻退かいのけると、水指みずさしを取って、ひらりとその脊の高い体で、靴のまま卓子の上にあがって銅像のごとく突立つッたった。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ドギドギする小刀ナイフを、火屋ほやの中から縦に突刺してるじゃありませんか。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「はい、」と潤んだ含声の優しいのが聞えると、ぱッ摺附木マッチる。小さな松火たいまつ真暗まっくらな中に、火鉢の前に、壁の隅に、手拭のかかった下に、中腰で洋燈ランプ火屋ほやを持ったお雪の姿を鮮麗きれいてらし出した。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)