永年ながねん)” の例文
永年ながねんの繁盛ゆえ、かいなき茶店ちゃみせながらも利得は積んで山林田畑でんぱたの幾町歩は内々できていそうに思わるれど、ここの主人あるじに一つの癖あり
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
永年ながねんしまっておいたあぶらは、もうこればかしになってしまった。もうすこしなが月日つきひがたったら、あぶらは、一てきもなくなってしまっただろう……。
びんの中の世界 (新字新仮名) / 小川未明(著)
といって永年ながねん下宿していらっしゃるお客様だし、副食物おかずのお更りなら銭も取れるが飯の代を余計に貰う事も出来んといつでも愚痴ぐちばかり言う。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
召使一同厳重に取調べられたが、一人も疑わしい者はなかった、皆永年ながねん玉村家の恩顧おんこを受けたものばかりであった。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
じつはわたしもおにむすめです。永年ながねんあなたとおなじようなどくなめにあった人をっています。けれどもそれをどうしてげることもできませんでした。
人馬 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
他人の非に出あわぬ朝とて幾十年の間ほとんどないのを思いよくも永年ながねんこの忍耐をしつづけて来たものだと、我が身をふり返って今さら感慨にふけるのだった。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しからばいかなる方法をもって寝室内へ忍び込む事が出来ただろうか? 毎夜、彼はドアに鍵をかけて錠を下す事が永年ながねんの習慣になって一夜でも忘れた事が無い。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
今この下人が、永年ながねん、使はれてゐた主人から、ひまを出されたのも、この衰微の小さな餘波に外ならない。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
永年ながねん連添つれそう間には、何家どこでも夫婦ふうふの間に晴天和風ばかりは無い。夫が妻に対して随分ずいぶん強い不満をいだくことも有り、妻が夫に対して口惜くやしいいやおもいをすることもある。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
永年ながねんさがしてきたほんもののお高に会ってことばまでかわしながら、頭から別人と思いこんで、そのままはなしてやって、いまだに、預かっている財産を渡すために
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
わたくし他所よそ情婦おんなをつくりましたのは、あれはホンの当座とうざ出来心できごころで、しんから可愛かわいいとおもっているのは、矢張やは永年ながねんって自家うち女房にょうぼうなのでございます……。
この足こそは、やがて男の生血に肥え太り、男のむくろを蹈みつける足であった。この足を持つ女こそは、彼が永年ながねんたずねあぐんだ、女の中の女であろうと思われた。
刺青 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
儂は、この青軍の航空母艦『黄鷲きわし』に乗っていて、戦闘機を一台受持ってた。こいつは最新型というやつではないが、儂達わしたちには永年ながねん馴染なじみの、非常に使いよい飛行機だった。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
自分はこの永年ながねん方々を流浪るろうしてあるいて、折々こんな因縁に出っ食わして我ながら変に感じた事が時々ある。——しかしそれも落ちついて考えると、大概解けるに違ない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたしも永年ながねんその中に交っていたのだ。アニキが家政のキリモリしていた時に、ちょうど妹が死んだ。彼はそっとお菜の中に交ぜて、わたしどもに食わせた事がないとも限らん。
狂人日記 (新字新仮名) / 魯迅(著)
保雄には幾分でも自分の感化を受けてう云ふ青年文学者の出るのがたゞに嬉しいので、永年ながねんの苦労も、ぶんに過ぎた負債も、世間の自分に対する悪評も然程さほど苦には成ら無かつた。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
しかし永年ながねん一人で苦労して来た老人や子供の世話を、東京に行けば、子息むすこと一緒にすることが出来ると思ふと、何となく肩がりるやうな気がした。子息むすこと住むといふことも嬉しかつた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
これまでにも、永年ながねん男の中で働いてきている八重に、いねはある警戒の目を向けたことはあったが、面と向うと八重の顔からは、恥さらしのことはせん、とでもいうような安心より読みとれなかった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
己が永年ながねん聞いていて
雲飛うんぴおどろいて『んだことを言はるゝ、これは拙者せつしや永年ながねん祕藏ひざうして居るので、生命いのちにかけて大事だいじにして居るのです』
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
子規は人間として、又文學者として、最も「せつ」の缺乏した男であつた。永年ながねん彼と交際をしたの月にも、の日にも、余は未だ曾て彼のせつを笑ひ得るの機會をとらたたためしがない。
子規の画 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
中にも気の毒なのは乃公のアニキだ。彼だって人間だ。恐ろしい事とも思わずに何ゆえ仲間を集めて乃公を食うのだろう。やっぱり永年ながねんのしきたりで悪い事とは思っていないのだろう。
狂人日記 (新字新仮名) / 魯迅(著)
あにはいって、永年ながねん自分じぶんにぎってきたくわを、地面じめんにたたきつけるようにしました。すると、くわは、ひっくりかえって、さもうらめしそうなかおつきをして、あにをながめました。
くわの怒った話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
私達のように永年ながねん都会にんで、極度に神経を敏感以上、病的にけずられている者は、別に特殊な修練しゅうれんないでも、いつの間にか、ちょっとした透視とうしぐらいは出来るようになっているのだった。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「愚直な程です。同郷人で、永年ながねん目をかけている男です」
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)