“毎度(まいど)” の例文
毎度(まいど)亂心(らんしん)之者有り家業ならざる中は養生牢(らう)とて入牢仰付らるゝ故則ち願書取上となり翌日(よくじつ)本郷三丁目徳兵衞組合(くみあひ)名主付添へ白洲へ罷り出控居るを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
有難(ありがた)う存(ぞん)じます、毎度(まいど)御親切(ごしんせつ)にお見舞(みまひ)下(くだ)すつて。金「お前(まへ)さん医者(いしや)に掛(かゝ)つたら何(ど)うです。源「いえ掛(かゝ)りませぬ。 ...
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
前垂(まへだれ)がけの半纏着(はんてんぎ)、跣足(はだし)に駒下駄(こまげた)を穿(は)かむとして、階下(かいか)につい居(ゐ)る下足番(げそくばん)の親仁(おやぢ)の伸(のび)をする手(て)に、一寸(ちよつと)握(にぎ)らせ行(ゆ)く。親仁(おやぢ)は高々(たか/″\)と押戴(おしいたゞ)き、毎度(まいど)何(ど)うも、といふ。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
毎度(まいど)御乗船(ごじようせん)ありがたう御在(ござい)ます。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
進め然(され)ば秀盛先生はこの近邊(きんぺん)にも御弟子これ有よしにて時々御指南に御出(おいで)なされて滯留(たうりう)の節(せつ)は毎度(まいど)私方(わたくしがた)にて御宿(おやど)を申上夫ゆゑ大先生の御咄(おはな)しに貴方樣の御噂(おうはさ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
私(わたくし)も毎度(まいど)参(まゐ)りますが何(ど)うも遠いのに恐入(おそれいり)ましたよ、へい御内室(ごしんぞ)さん此間(こなひだ)は誠に有難(ありがた)う存(ぞん)じます、エヘヽヽ私(わたくし)はね何(ど)うもソノお肴(さかな)が結構(けつこう)なのに御酒(ごしゆ)が好(よ)いのと来(き)てえませう
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
私(わし)は一體(いつたい)京都(きやうと)の者(もの)で、毎度(まいど)此(こ)の金澤(かなざは)から越中(ゑつちう)の方(はう)へ出懸(でか)けるが、一度(ど)ある事(こと)は二度(ど)とやら、船(ふね)で(一人坊主(ひとりばうず))になつて、乘合(のりあひ)の衆(しう)に嫌(きら)はれるのは今度(こんど)がこれで二度目(どめ)でござる。
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
與(あたへ)んとて懷中より三兩(りやう)出し長助へ渡しけるに長助は大地(だいち)に鰭伏(ひれふし)此御恩(このごおん)は忘(わす)れまじとて悦(よろこ)びけり是よりは別(べつ)して此(この)長助而已(のみ)毎度(まいど)お常(つね)始(はじ)めの惡巧(わるだく)みを内通(ないつう)して又七を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
お噂(うはさ)には毎度(まいど)承(うけたま)はつて居(を)りましたよ、立派(りつぱ)なお住宅(すまひ)でお庭(には)は斯(か)う、何(なに)は斯(か)うと、能(よ)くまア、何(な)んでございますよ、名草屋(なくさや)の金(きん)七といふ道具屋(だうぐや)が参(まゐ)りまして始終(しじう)お噂(うはさ)でございますよ。
「だつてお前樣(まへさん)はお客樣(きやくさま)ぢやあないかね、お客樣(きやくさま)なら私(わたし)ン處(ところ)の旦那(だんな)だね、ですから、あの、毎度(まいど)難有(ありがた)う存(ぞん)じます。」と柳(やなぎ)に手(て)を縋(すが)つて半身(はんしん)を伸出(のびで)たまゝ、胸(むね)と顏(かほ)を斜(なゝ)めにして、與吉(よきち)の顏(かほ)を差覗(さしのぞ)く。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「えゝ、毎度(まいど)難有(ありがた)う存(ぞん)じます。」と、罪(つみ)のない口(くち)の利(き)きやうである。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)