歴々ありあり)” の例文
とは思ったが、歴々ありあり彼処かしこに、何の異状なくたたずんだのが見えるから、憂慮きづかうにも及ぶまい。念のために声を懸けて呼ぼうにも、この真昼間まっぴるま
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……もちろんその詳細な内容は遠からず貴方の眼の前に、歴々ありありと展開致して来る事と存じますから、ここには説明致しませぬが……
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
八五郎はうなりました。平次が指摘した死体の喉には、荒縄とは似も付かぬ、細くて深い溝が一と筋、歴々ありありと走っているではありませんか。
すこしも早く本望を遂げた上は、兵馬に然るべき主取りをさせて、自分もその落着きを楽しみたい心が歴々ありありと見えることもある。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
瞳の色は、飽くまで冷たかったが、かすかにせまった眉や、顎のあたり、胸底の懊悩おうのうをじっと押しこらえている感じが、歴々ありありと浮び上った。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
宗利は悲鳴をあげながら、両手で眼を押えて草地へ転げた、指のあいだからあふれ出る血が半面を染めた。いまでも宗利は歴々ありありと覚えている。
松風の門 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
田中は袴のひだを正して、しゃんと坐ったまま、多く二尺先位の畳をのみ見ていた。服従という態度よりも反抗という態度が歴々ありありとしていた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
其の長い手袋をはずし爾して手首の所を露出むきだしにして余に示した、示されて余は見ぬ訳に行かぬ、見たも見たも歴々ありありと見たのだが
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
が、腹の立ったありのままが少しも飾られないで表白されているだけに、二葉亭の面目が歴々ありありと最も能く現われていた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
といえる有様の歴々ありありと目前に現われ、しかも妾は禹の位置に立ちて、禹の言葉を口にしょうし、竜をしてつい辟易へきえきせしめぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
私はこう云っている中にも、向うの銅板画の一枚を見るように、その部屋の有様が歴々ありありと眼の前へ浮んで来ます。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一人の女の人が短刀をふり下すときの表情まで、実に歴々ありありと見えるのよ。たしかに鬼の顔よ。ヤキモチの鬼の顔
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そうして自己の心の動きや、業の変化は反対に、相手に決して悟られません。貴殿のようすを見ていると、貴殿の心の動き方が、拙者にはいちいち歴々ありありと見えます。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その座敷は庭に面していたので、夕闇の中に広い裏庭と、例の土蔵のはげ落ちた白壁の一部がぼんやり見えたが、庭にはやっぱり、無残に掘返したあとが歴々ありありと残っていた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その「わたし宮ですよ。」という、何とも言うに言えない句調が、私の心を溶かして了うようで、それを聞いていると、少し細長い笑窪の出来た、物を言う口元が歴々ありありと眼に見える。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
凸凹の途に足がいたんでたまらない。見ると、脚下に遙か遠く、人家が立並んでゐる。薄曇の空は上から覆ひかゝるやうにしてゐるが、鐵色した塔の頂、白壁の家などが、歴々ありあり目に入る。
(旧字旧仮名) / 吉江喬松吉江孤雁(著)
黙って座ってる女がる、鼠地ねずみじ縞物しまもののお召縮緬めしちりめんの着物の色合摸様まで歴々ありありと見えるのだ、がしかし今時分、こんなところへ女の来る道理がないから、不思議に思ってよく見ようとするが、奇妙に
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
重田さんの影がゆると、安達君あだちくんの顔が歴々ありあり主人あるじの頭に現われた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その横に年の頃は十七八で君とか僕とか生意気な事をべらべら喋舌しゃべってるのはこの近所の書生だろう。そのまた次に妙な背中せなかが見える。尻の中から寒竹かんちくを押し込んだように背骨せぼねの節が歴々ありありと出ている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何も、朦朧もうろうあらわれたって、歴々ありありと映ったって、高がおんなじゃないか。婦の姿が見えたんだって言うじゃないか。何が、そんなに恐いものか。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あおいその顔には肉の戦慄せんりつ歴々ありありと見えた。不図ふと、急に、辞儀をして、こうしてはいられぬという態度で、此処ここを出て行った。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ことに今日は神尾主膳から仕掛けて行って、敵を引張り出そうとする形勢が歴々ありありと見えるから、能登守のためにひそかに心配する者もありました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
マザ/\と見えている壱万円也と云う金額が、杉野や木下等の罪悪を、歴々ありありと語っているように、子爵には心苦しかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
突然、彼女の閉じたまぶたの裏へ、あの日の信之助の姿が歴々ありありと浮かんで来た。……別れた直ぐあとでも思い浮かべることの出来なかった信之助の姿が。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かつ隅から隅まで万遍まんべんなく行渡った編輯上の努力の跡が歴々ありありとして、一座の総帥たる貫録が自ずから現われていた。
之が天の助と云う者か、此のお影で今迄蝋燭の光に見えなんだ深い深い塔の底の秘密が殆ど歴々ありありと余の目に見えた。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
私は今も歴々ありありと覚えてゐる。私は十二月六日まで水風呂へはいつた。もう東京の街にはサイパンからのB29が爆弾を落しはじめてゐたのである。寒い朝だつた。
焼けて焦茶色になった秩父銘仙の綿入れを着て、堅く腕組みをしながら玄関を下りた時の心持は、吾れながら、自分の見下げ果てた状態ざまが、歴々ありありと眼に映るようで、思い做しばかりではない
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
犯人がわからないばかりでなく、何の目的で選り抜きの美しい娘ばかり殺すのか、皆暮かいくれ見当も付かないのです。そのうえ死体は、洗い落してはあるが、歴々ありありと全身に金箔を置いた跡があります。
部屋は冷かな朝の空気に、残酷な位歴々ありありと、あらゆる物の輪廓を描いてゐた。古びたテエブル、火の消えたランプ、それから一脚は床に倒れ、一脚は壁に向つてゐる椅子、——すべてが昨夜ゆうべの儘であつた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
どじょうか、こいか、ふなか、なまずか、と思うのが、二人とも立って不意に顔を見合わせた目に、歴々ありありと映ると思う、その隙もなかった。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よってこのたびの流鏑馬の催しに、功名をわが手に納めんとの下心より、一層、当家に対して、腹黒き計略が歴々ありありと見え透くようでござりまする。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
誰が呼ぶとなく、いつかしらそういう名が付いてしまったのだ……いまこの突傷を見ると、歴々ありありと彼の姿が見える。
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
が、チラリと美奈子の顔を見た眼には美奈子の少女らしい優しい好意に対する感謝の情が、歴々ありありと動いていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
これを聞いた芳子の顔はにわかにあかくなった。さも困ったという風が歴々ありありとして顔と態度とにあらわれた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
炭の赤々と燃えてゐる大きな支那火鉢の模様も、飾り棚の花瓶の模様も、本箱の本の名も歴々ありありと頭に沁みて、恋の告白をするやうなとりのぼせた思ひがまつたくなかつた。
お浦が夕衣いぶにんぐどれすを着けて居るとき余は其の草花の外囲いが歴々ありありのこって居るのを見た、殊に余のみではなく、お浦の知人中には折々之を見た人が有ろう、根西夫人なども確かに其の一人だ
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「その内是非一つ行って見てやろう。」という心が歴々ありありと見える。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ほっと吹く酒の香を、横ざまらしたのは、目前めさき歴々ありありとするお京の向合むきあった面影に、心遣いをしたのである。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もしや他へ納い忘れはしなかったか、箪笥たんすの中は? 手文庫は?——しかしどこからも金は出てこなかった。上りがまちへ来て、ふと気付く板敷に歴々ありありと残る草履の足跡
暗がりの乙松 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「まあ、酒場バーに、じゃ女給さんですか。」と、夫人の言葉には歴々ありありと、あざけりと侮蔑とが強く響いた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
夏川が宿酔ふつかよいの頭に先づ歴々ありありと思ひだしたのがその呟きで、もう十年若ければねえ……アヽ、もう遅い。女はさうつけたして呟いたやうな気がする。それは夏川の幻覚であらうか。
母の上京 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
遠く離れていても歴々ありありと読み取り得られるほどに鮮かに記されてあることです。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
雲もない空に歴々ありありと眺めらるる、西洋館さえ、青異人あおいじん赤異人あかいじんと呼んで色を鬼のようにとなうるくらい、こんなふうの男はひげがなくても(帽子被シャッポかぶり)と言うと聞く。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると、私の眼の前の老女の姿は、たちまちに消えてしまって、清長きよながの美人画から抜け出して来たような、水もたるるような妖艶ようえんな、町女房の姿が頭の中に歴々ありありと浮びました。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ちやうど中村地平と真杉静枝が遊びにきて、そのとき真杉静枝が、蜘蛛が巣をかけたんぢやないかしら、と言つたので、私は歴々ありありと思ひだした。まさしく蜘蛛が巣をかけたのである。
いづこへ (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
とお銀様がふるえ上るその頭髪かみの上で、二つの蝶が食い合っていました。竜之助には、いよいよ判然はっきりとその蝶が透通すきとおるように見えるのであります。蝶の噛み合う歯の音まで歴々ありありと聞えるのであります。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
真先まっさきに、布、紙を弁えずひるがえした、旗のおもてに、何と、武州、こおりの名、村の名、人の名——(ともにはばかると註してある)——歴々ありありと記したるが矢よりも早く飛過ぐる。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と美和子は、もう姉のために弁ずるよりも、いかにもけんだかな増上慢を、歴々ありありと顔に出している夫人に、突っかかって行く興奮に自ら酔うているように、止めどもなく、喰ってかかって行く。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
塀の外におけるこれらの問答が、いま、屋根の上の物音だけで耳を澄ましていた能登守の耳へ歴々ありありと聞えました。屋根の上のは何者とも知れないが、この塀の外のはまさしく捕方とりかたの人数であります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)