手古摺てこず)” の例文
初めは何といっても首を振ってかなかったが、剛情我慢の二葉亭も病には勝てず、散々手古摺てこずらした挙句がよんどころなく納得したので
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
流石さすがの名法医学者若林鏡太郎博士も、この事件には少々手古摺てこずったと見えて、その調査書類の中に、こんな歎息を洩している。いわく……
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
机竜之助の音無しの太刀先たちさきに向っては、いずれの剣客も手古摺てこずらぬはない、竜之助はこれによって負けたことは一度もないのであります。
どうかするとそんな相手に彼女もときどき手古摺てこずらされた事のあったのを、彼女はその間何んという事もなしに思い出していた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
今道心中馬ちゆうま甚斎が先日こなひだ京都の武徳殿で大暴れに暴れて、居合せた巡査八人を手古摺てこずらせた事は、八日の本紙夕刊に詳しく出て居た通りだ。
すがいい、八兄哥。その娘の口を開かせるよりは、田圃たんぼの地蔵様を口説くどく方が楽だぜ。俺はもうさんざん手古摺てこずったんだ」
「いや、御苦労さま。君達も疲れたろうが、僕もこの事件には全く手古摺てこずったよ、というのは、弁護士の佐伯田博士の処へまた鳩が来たんだ」
鳩つかひ (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
あれが妖怪狐狸の類ならば、こんな下手へたな化け方はしないでしょうが、そこが人間の情けなさから頗る深酷に手古摺てこずっているのでありました。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
駱駝の荷を揚げ卸し谷を渡す間に眠ってやろうとの算段で、沙上に転び廻りて荷をくつがえしすこぶる人を手古摺てこずらせたとある。
武藤泰子さんから来信、妙に抱き込んだような調子で、段々私が好きになって来た、手古摺てこずるほど行くかもしれない、などと云って来る。あわれ。
実に手古摺てこずらされたということをブランデス自身が書いている。そんな事で色々面倒なことがあった末、ようよう連れて行ってチャンと坐らせた。
模倣と独立 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
相手が大物だし、つかみようのない幸村という人物なので、手古摺てこずっているといううわさもかねがね聞くところだし
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どうも気に食わぬ女を抱いたものだと思ったら、帰り途にさえこんなに手古摺てこずるわいと彼は愚痴ぐちるのだった。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
どうしてもこの富士をはっきり焼きつけてれとねじ込んで、開業した許りの写真屋を手古摺てこずらせたりした。
初旅の大菩薩連嶺 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
いくら女の方が早く大人になるとはいえ、二ツ違いの兄さんなら粋なのだけれど、二ツ違いの生徒では、手古摺てこずらされるのは当り前だったかも知れませんね。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
「ウム、いかに連れ去ろうとしても、あの、左膳の落ちた穴のまわりにへばりついておって、どうしても離れようとせんのだ。だいぶ手古摺てこずっておったようだが」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
少し気に向かなければ、なかなか気随者きずいもので、いい張ったとなると、誰が何んといっても我意を張り通すような有様で随分手古摺てこずらされたような塩梅あんばいでありました。
電燈会社は、此杉林を横断おうだんして更に電線を引きたがって居るが、松友の財産家が一万円出すと云う会社の提議ていぎねつけて応ぜぬので、手古摺てこずって居るそうである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
お大は姉と違つて、ちひさい時分から苦勞性の女であつたが、糸道いとみちにかけては餘程鈍い方で、姉も毎日手古摺てこずつて居た。其癖負けぬ氣の氣象きしやうで、加之おまけに喧嘩がすきと來て居る。
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
今でも時々あるようですが、むかしも寺々の捫著はたびたびで、寺社奉行を手古摺てこずらせたものですよ
半七捕物帳:25 狐と僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
行田も酒井も「あれでは困る。」と云つて、その古い芝居に馴らされてしまつたそうして頭腦のない録子に手古摺てこずつてゐたけれ共、録子はそんな事には平氣であつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
「学問があって大豪で、それで海賊というのだから、随分ととらえるには手古摺てこずったものだ」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それが黒田刑事にとって一つの難関だったのだ。刑事もこれには大分手古摺てこずったとっているがね。が、マア苦心よろしくあった後、発見したのが、しわになった数枚の反故紙。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
祖父を手古摺てこずらせた私の内気も、三年生になって級長を勤めるようになってからはそれほどでもなくなって、凧揚たこあげやとんぼ採りの仲間入りも一人前に出来るようになるばかりか
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
おれは小さい時には顏に青筋が出てゝ、ひどい疳性で皆んなを手古摺てこずらせたさうだよ。炒粉いりこが思ふやうにゆだらないと云つて泣き入つたまゝ氣絶して、一時は助らないと思はれたさうだ。
母と子 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
さんざん手古摺てこずった挙げ句にようやく眼をさまさせて、表のドアの鍵をかけさせた。
越後の上杉景勝の国替のあとへ四十五万石(或は七十万石)の大封たいほうを受けて入ったが、上杉に陰で糸をかれて起った一揆いっきの為に大に手古摺てこずらされて困った不成績を示した男である。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ことに、暴れ者で、代々の守備隊長を手古摺てこずらせていた黄中尉を、伍長の彼が、まるで犬かなんぞのように射殺したという話は、孫伍長を有名にすると同時に、新任の隊長を恐れさせた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
S島がナポレオンの存在に困るからとて、T島にやったのでは、同じような無気力者の寄合に違いないT島でもやはりこの少年に手古摺てこずるに違いない。もっと他に何か方法は無いものか。
しかるに後継内閣の組織は、前内閣の倒れた際における議会の多数的勢力というものが明瞭に纏まって居れば、容易に出来るが、しからずんば少なくとも一時は中々手古摺てこずるものである。
毎日留守宅の妙子や女中達を手古摺てこずらせる始末であったが、悦子の帰宅後は、彼女が学校から戻るのを待ちかねるようにして、残るわずかな日数を、一日も欠かさず一緒に遊び暮していた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
俗にいわゆる色気である。これが亢進こうしんして、心眼の玲瓏れいろうおおい、ために幾多の聖賢哲人をも、政治家立法者をも手古摺てこずらせ、その判断を誤らせて、大切なる人生をも解釈し得ざらしめたのである。
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
最初のうちしどろもどろな陳述で係官を手古摺てこずらしたが、それでも段々落つくに従って、赤沢脳病院の現状からあのいまわしい雰囲気、院長のすさんだ日常、そして又三人の狂人の特長性癖等に就いて
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
妾というのならばどうしてもいやだと、口入れを散々手古摺てこずらした。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
銭金や米穀なんぞは眼中に置かねえ、七生までも手向いをしやがる、慾に目のねえのもこわいが、慾のねえ奴にも手古摺てこずるもんですなあ、親方
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何んの變哲へんてつもない事件なのですが、その底に妙に煮え切らないものがあつて、平次をすつかり手古摺てこずらせてしまつたのです。
未来派と活動写真が合同した訳だから面白くて堪まらないのだ。私はこの近代的な興行に共鳴してなかなか動かず父を手古摺てこずらせたものである。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
そうして町なかにある仁丹の看板をみつけては一人でそれをして「お父うちゃん」と言ってばかりいるので、母たちも随分手古摺てこずったらしい。……
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
せんだっての晩手古摺てこずらされた酒場バーの光景を思い出さざるを得なくなった彼は、まゆをひそめると共に、相手を利用するのは今だという事に気がついた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そいつが四尺近くもあろうかと思われる長い髪を色々な日本髪に結うのじゃそうなが、髪結いの手にかけると髪毛かみのけが余って手古摺てこずるのでヤハリ自分で結うらしい
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「それをガツガツと食べ終りますと、手真似てまねをして、もっとくれいと強請せがみましたから、いかん、と首を振ってみせたら、さまざまなあだをいたして、いやはや手古摺てこずりました」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その後に甚五郎に会った時に、彼はお安に手古摺てこずった話をすると、甚五郎は笑った。
恨みの蠑螺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お客様を前にしたコンサートでさえこういうわがままなのですから、お客様の居ないところ、プライベートの生活は大変なわがままでまわりの人はずいぶん手古摺てこずらされたものです。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
められて子路は変な気がした。親孝行どころか、うそばかりついているような気がして仕方が無いからである。我儘わがままを云って親を手古摺てこずらせていたころの方が、どう考えても正直だったのだ。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
同研究室は、普通の民間探偵とは違い、其筋そのすじでも手古摺てこずるほどの難事件でなければ、決して手を染めようとはしなかった。所謂いわゆる「迷宮入り」の事件こそ、同研究室の最も歓迎する研究題目であった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
各男装女装して事を行えばその犯罪夥しく社会動揺少なからず。仏国のデオンごとき男子女装して常に外交や国事探偵に預かり、死尸しかばねを検するまで男女いずれと別らず、大いに諸邦を手古摺てこずらせた。
松本良順など手古摺てこずって居た、と云った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「止すが宜い、八兄哥。その娘の口を開かせるよりは、田圃の地藏樣を口説くどく方が樂だぜ。俺はもう散々手古摺てこずつたんだ」
八百屋やおやの女房が自転車に乗って走ったらはでな仕事となるし、百号を手古摺てこずってナイフで破ったといえばはでな事をしたと感心してもいいのである。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
けれどもこういう場合に、大丈夫だと思ってつい笑談じょうだんに押すと、押したこっちがかえって手古摺てこずらせられるくらいの事は、彼に困難な想像ではなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)