うらみ)” の例文
夜がまだ明けきらぬ、ほの暗い木々の様を形容して「寐起」といったのは、気の利き過ぎたうらみはあるが、或感じを現し得て妙である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
顔淵季路きろ侍す。子曰く、なんぞ各なんじの志を言わざると。子路曰く、願わくは車馬衣軽裘けいきゅう、朋友と共にし、之をやぶりてうらみ無からんと。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それ故にこそ電火一閃いっせんするごとに拍手くが如きなれ。ただ小町のことばに和歌のために一命を捨つるはうらみなしとあるは利きたり。
わたくしは大いにこれを疑うのである。そして墓誌の全文を見ることを得ず、その撰者をつまびらかにすることを得ざるのをうらみとする。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
殊に私の起臥きがしていた書院造りの八畳は、日当りこそ悪いうらみはあったが、障子襖しょうじふすまもほどよく寂びのついた、いかにも落着きのある座敷だった。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
はじめは一山を上下して更に一山を登る方法を取っていたが、それでは一夏に登り得る山は多くも二、三に過ぎないうらみがあるので、之に満足せず
山の今昔 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
故に此一章の文意、美は則ち美に似たれども、特に男子よりも云々と記して男女を区別したるは、女性の為めに謀りて千載のうらみと言うも可なり。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
伊太利に名どころ多しといへども、このアマルフイイの右に出づるもの少かるべし。われは天下の人のことごとくこれを賞することを得ざるをうらみとす。
人伝ひとづてにては何分にも靴を隔ててかゆきを掻くのうらみに堪へぬからです、今日こんにちいたつては、しひて貴嬢の御承諾を得たいと云ふのが私の希望では御座いませぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
自然の興趣に伴わざるのうらみはあるが、新聞の紙面にはもとより限りのある事だから、不都合ふつごうを忍んで、これを一二欄ずつ日ごとに分載するつもりである。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
親の死目に逢はぬうらみは、一生償ひ難からむと、日頃の温和には似ず、男々しくも思ひ定めて、夫への詫びはくれぐれも下女にいひのこし、心も空に飛行きぬ。
心の鬼 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
わたくしをして言わしむれば、東京市現時の形勢より考えて、上野の公園地は既に狭隘に過ぐるうらみがある。
上野 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
呼吸の音も聞えぬほど静かな憩いの席から活溌溌地の現実へ向けて、こういう註解は本質にまだ不熟の素が在って、向うに消化の力が行届かないうらみがあります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
其處に久保田君獨特の藝術境があると共に、此の傾向は屡々作品を平面的なものにしてしまふうらみがある。
さいはひに此の一念通じ候て、ともかくも御披おんひらか被下候くだされさふらはば、此身は直ぐ相果あひはて候とも、つゆうらみには不存申候ぞんじまをさずさふらふ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しかし他の方面に於てはこれがために何れも円満なる発達を阻止されたうらみも大にあると思われる。
東西相触れて (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
スティヴンスンに欠けている実際家的才能を多分に備えていたファニイは、彼のマネージャアとして確かに優秀であった。が、時に、優秀すぎるうらみがないではなかった。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
こひねがはくば、満天下の妙齢女子、卿等けいら務めて美人たれ。其意そのこゝろの美をいふにあらず、肉と皮との美ならむことを、熱心に、忠実に、汲々きふ/\として勤めて時のなほ足らざるをうらみとせよ。
醜婦を呵す (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
加うるに南軍は北軍の騎兵の馳突ちとつに備うる為に塹濠ざんごうを掘り、塁壁を作りて営とすを常としければ、軍兵休息のいとますくなく、往々むなしく人力をつくすのうらみありて、士卒困罷こんひ退屈の情あり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
非文学的な扱いに歪められた紹介だの評価だのに煩わされ支配されたうらみもあった。
頑児これを聞き、跳躍すること三百、いわく、「神州の正気、遂に消蝕せざるなり、政府の議、もとよりまさに四家を合従し、邪気を鎮圧すべきなり」と。しかれども児なおうらみあり。事、四家に出づ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
但君ハカント派ノ哲学ヲ喜ビ余ハコムト氏ノ実学ヲ好メリ。故ニ円鑿方枘、論相かなハサルノうらみヲ免レザリキ。今余ガ唯物論ヲ唱フルモ其原ハ即此時ニ在リキ。爾来歳月ヲ経過セシコト茲ニ四十年。
西周伝:05 序 (新字旧仮名) / 津田真道(著)
国民の芸術趣味を訓練し誘導してゆく点にも力の足らないうらみがあろう。
芸術と社会 (新字新仮名) / 津田左右吉津田黄昏(著)
しかも前者の我蔵本に交りてともに焼けしは、我最もうらみとする所なり。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
観世流の美点を没却したうらみがあった。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
がむかしこそうらみなれ。
佐藤春夫詩集 (旧字旧仮名) / 佐藤春夫(著)
それなら「人の音」といっても同じようなものであるが、「人の音」では夜涼を背景にした町の空気が、全然現れぬうらみがある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
タヴォオテの、あの巻頭の短篇を読んで見れば、多少隔靴のうらみはあるとしても、前後の文意で、ニヒト・ドホがまるで分からない筈は無い。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
総じて松王は品格上々にて貫目も充分にあり、こたふるところも応へたれど、慾をいへば調子がどす一てんばりなるため、やや変化に乏きをうらみとす。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
唯二人とも登山には勇猛精進であったが、民衆の登山を誘致するには熱意の足りないうらみがあった為に、広く世に知られずして終ったのは惜しい。
山の今昔 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その来舶らいはくするや、ただ西陲せいすいの一長崎のみなれば、なお書籍のとぼしきに論なく、すべて修学の道、はなはだ便ならざれば、いま隔靴かくかうらみを免れず。
慶応義塾の記 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
おん身若し彼夕もろひとにはづかしめられんには、われ深くうらみとすべし。その事なくしてをはりしは、まことに自他の幸なり。
作家を会員としても、作品の価値判断に最後的決定を下すのは文学でも作家でもないうらみがあった。文芸懇話会の本質的な弱点、矛盾錯誤は主としてそういうところに露出したのであった。
近頃の話題 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
作家としての氏を見る眼と、思想家としての氏を見る眼と——この二つの間には、又自らな相違があつた。作家としての武者小路氏は、作品の完成を期する上に、余りに性急なうらみがあつた。
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は憎き女の頬桁ほほげたをば撃つて撃つて打割うちわあたはざるをうらみなるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
嗚呼ああ子にして父の葬に会するを得ず、父のなりとうと雖も、子よりして論ずれば、父の子を待つもまたにして薄きのうらみ無くんばあらざらんとす。詔或は時勢にあたらん、しかも実に人情に遠いかな。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
七夕に関する行事も、人間扱にしてある点が面白いのであるが、あまり度々繰返されては、句として成功しにくいうらみがある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
中に就いて木村は茶山が甲戌乙亥の遊に相見ることを得なかつたために、茶山は今にいたるまでうらみとすると云つてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
夢幻境を出で現實界に入らしめざるこそうらみなれ、汝が心身の全くえんは人なみになりたる上の事ぞといひぬ。
甲武信岳の頂上へ来るたびに、いつも果されざるうらみもつて、すぐ脚の下に瞰下みおろしたまま空しく過ぎ去るに止まっていた其沢を、うして無事に遡ることが出来たと思うと
釜沢行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「女子の身に恥ず可きことは男子に於ても亦恥ず可き所のものなり」「男女を区別したるは女性の為に謀りて千載のうらみと云うも可なり」そして、例えば「七去」についても、民法の条文を引用して
三つの「女大学」 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
うらみとすると云つたのは、この活力に満ちた病的傾向を
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
わたくしは蘭軒が初め奈何いかにして頼菅二氏にまじはりれたかをつまびらかにすること能はざるをうらみとする。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
清澄な水と深い森林とがあれば、谷川の趣はそなわるとはいうものの、活躍する水の姿態は終に見られず、従って変化に乏しいうらみがあり、豪宕の偉容に接することを得ないであろう。
渓三題 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
一斎はこれに反して露姫の夙慧しゆくけいを「有物憑焉」となした。わたくしはペダンチツクに一斎の迷信を責めようとはしない。しかし心にその可憐の女児ぢよじを木石視したるをうらみとする。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
就中なかんずくうらみとすべきは京水の墓の失踪しっそうした事である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)