悲歎ひたん)” の例文
また能に於ける「悲しむ人」は、形体の上で涙や悲歎ひたんを見せるのでなく、意味としての気分の上で、悲哀の心境を現わすのである。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
お濱も悲歎ひたんにくれてばかり居て何にも知らず、その上修驗者道尊坊だうそんばうが來て、夜中まで祈祷を續けて居たので、隣の物音も聞かなかつたと言ふのです。
また二人ふたり内祝言ないしうげんはチッバルトどのゝ大厄日だいやくじつ非業ひごふ最期さいごもととなって新婿にいむこどのには當市たうしかまひのうへとなり、ヂュリエットどのゝ悲歎ひたんたね
ちよつとひそかに上洛じょうらくされたやうなうわさもありましたので、それを種に人をお担ぎになつたのでございませう。鶴姫様の御悲歎ひたんは申すまでもございません。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
心苦しい御悲歎ひたんをもっともなことであると御同情をして見ながら、いろいろと、お慰めの言葉を尽くしていた。
源氏物語:41 御法 (新字新仮名) / 紫式部(著)
母親の夫人の悲歎ひたんはたの見る目も憐れなくらいであったところへ、てて加えて父のZ伯爵から
さしつらぬき見るに見られぬ形状ありさまなれば平吉はどうとばかりにたふふし死骸しがいに取付狂氣きやうきの如く天に叫び地にまろ悲歎ひたんくれて居たりしがやゝありて氣を取直し涙をぬぐ倩々つく/″\と父のおもて
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
父母の悲歎ひたん大方ならず、母は我が児の不憫ふびんさに天をうらみ人をにくみて一時きょうせるがごとくなりき。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その証拠にお前に見せる物がある。この手紙の一束を見てくれい。(忙がしげに抽斗ひきだしを開け、一束の手紙を取りいだす。)恋の誓言せいごん、恋の悲歎ひたん、何もかもこの中に書いてはある。
わたくしどもはべつ平生へいぜいあつ仏教ぶっきょう信者しんじゃというのでもなかったのでございますが、可愛かわい小供こどもうしなった悲歎ひたんのあまり、阿弥陀様あみださまにおすがりして、あのはや極楽浄土ごくらくじょうどけるようにと
この手紙を読み終って、あたしは悲歎ひたんに暮れた。なんという非道ひどいことをする悪漢だろう。銀行の金を盗み、番人を殺した上に、松永の美しい顔面をむごたらしく破壊して逃げるとは!
俘囚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
義母は愛着のこもった手つきで、見憶みおぼえのある着物の裾をひるがえして眺めている。彼には妻の母親が悲歎ひたんのなかにも静かな諦感をもって、娘の死を素直に受けとめている姿がうらやましかった。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
自分の悲歎ひたんや心境を単に無技巧に押しつけようとしても、読者はついてくるものでない。何事も言葉に表わされた以上一応は理解しうる。併し読者をして身をもって感ぜしめねば不可である。
悲歎ひたんの数分間が過ぎて、やっと気を取直した二郎が云った。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ちょっとひそかに上洛じょうらくされたようなうわさもありましたので、それを種に人をお担ぎになったのでございましょう。鶴姫様の御悲歎ひたんは申すまでもございません。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
御髪みぐしをおり捨てになった御兄の院を御覧になった時、すべての世界が暗くなったように思召されて、悲歎ひたんのとめようもない。ためらうことなくすぐにお言葉が出た。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
玉之助たまのすけなづ掌中たなそこの玉といつくしみそだてけるしかるに妻は産後の肥立ひだちあし荏苒ぶら/\わづらひしが秋の末に至りては追々疲勞ひらうつひ泉下せんかの客とはなりけり嘉傳次の悲歎ひたんは更なりをさなきものを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ハッと気がついて周囲まわりをキョロキョロと見廻すと、これはどうしたというのでしょう。かたわらに立って、こちらへ優しく笑額を向けているのは、あの悲歎ひたんぬし、谷村博士の老夫人だったのです。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
領主 暫時しばらく叫喚けうくわんくちぢよ、この疑惑ぎわくあきらかにしてその源流げんりう取調とりしらべん。しかのち、われ卿等おんみら悲歎なげきひきゐて、かたきいのちをも取遣とりつかはさん。づそれまでは悲歎ひたんしのんで、この不祥事ふしゃうじ吟味ぎんみしゅとせい。
打守りしみ/\悲歎ひたんの有樣なれば寶澤は婆に向ひ私し程世に不仕合の者はなきにそれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
衛門督の死で大臣と夫人はまして言いようもない、悲歎ひたんに沈んでいた。
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
河村は悲歎ひたん憤慨ふんがいとを、両眼からはふり落ちる涙にたくして、嗚咽おえつした。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)