たく)” の例文
幸子の受けた印象では、昨夜の会はたくまずして自然に見合いをしたことになり、その結果は双方に取り上々の首尾であったと思えた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
仕舞ひければ寶澤もともして歸りぬ彼盜取かのぬすみとりし毒藥はひそかに臺所のえんの下の土中どちうへ深くうづめ折をまつて用ひんとたくむ心ぞおそろしけれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
二一吉備津きびつ神主かんざね香央造酒かさだみき女子むすめは、うまれだち秀麗みやびやかにて、父母にもよく仕へ、かつ歌をよみ、二二ことたくみなり。
といって僕はいつわりを構えたり事をたくんだりするのは大嫌だいきらいだから嘘は言ってれず、ありのままの事情を述べて両親の反省をうより外に仕方がない。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
その不自然な動作ゆえに却って名優が大まかにたくんだ芸をしてるようにも受取れるあの様子を、男女、二人、しかも手つなぎで揃って行くものですから
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
市※の若旦那もナカ/\あじをやる。甘くたくんだ。僕は久子さんの件で菊太郎君の頭を押えていたが、今度は物の見事に押えられてしまった。しかし五分々々だ。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
押戴おしいたゞいて巻納まきおさめもう一盃いっぱい。と酒を飲みながら如何いかなることをかたくむらん、続けて三盃さんばいばかり飲みました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かかるたくみのありぞとも、知らぬ澄は、己が名の、澄も、すまぬ心から、自づと詞も優しげに
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
朝起きるや否や、もう好かろうと思って、腹の近所へ神経をやって、さぐりを入れて見ると、やッぱり変だ。何だか自分の胃が朝から自分を裏切ろうとたくんでいるような不安がある。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
狂歌は卜養ぼくよう貞柳ていりゅう未得みとくらの以後その吟咏にたくみなるものなかりしが故か、一時ややふるはず、安永末年あんえいばつねん朱楽菅江あけらかんこう唐衣橘洲からころもきっしゅう四方赤良よものあからら青年狂歌師の輩出するを待つて始めて再興せられたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「信長公を安心の出来る味方と思っているかも知れぬが、そうとは限らない。折あらば殿を難儀の軍などさせ戦死をもなさるようにたくまぬとも限らない。今度の御出陣ことに大事である」
姉川合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
われはくさぐさの言葉を作り、説をたくみ、わが胸の内に、異る聲々こゑ/″\を集めたるが
頌歌 (旧字旧仮名) / ポール・クローデル(著)
おそらく、何のたくみもなく、ただ支那帽に支那服のままで、いつもの通りに自然にあるいていたのは私一人だったろう。だが仮装といえばいえるであろう。素面すめんといえば素面であろう。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
幾枝の「エポレット」が映射する光、彫鏤ちょうるたくみを尽したる「カミン」の火に寒さを忘れて使う宮女の扇のひらめきなどにて、この間仏蘭西語フランスごを最も円滑に使うものはわれなるがゆえに
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
農家の人々から見たら、あるいは平凡な事柄であるかも知れぬが、こういう句は机上種浸の題をあんじただけで拈出ねんしゅつし得るものではない。実感よりきたった、たくまざるところに妙味がある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
ややもすれば喧嘩口論をしてひしめくによって、その父、なにとぞしてこれらが仲を一味させたいといろいろたくめども、しょうずるようもなかったが、あるとき児ども一処いっしょに集まりいたとき
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかしそれ程のたくみをしなくても済むようになった。なぜというに、その晩からのちには、男のはげしい色情が、暴風あらしいだように鎮まったからである。男は女を、疲れを帯びた優しさで待遇した。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
眠けざましに、イシオピア人の真似でもして天の一揆をたくもうか。
対話 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
向き合っていて、何かたくんでいられるらしかった。
ここでは親も狐、子も狐であって、しかも静と忠信狐とは主従のごとく書いてありながら、やはり見た眼は恋人同士の道行とえいずるようにたくまれている。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かけ邪舌じやぜつを以て罪科をおはせんとたくみ右の金子は殘らず酒喰しゆしよく遊興いうきよう遣捨つかひすてだん重々ぢう/\不屆至極ふとゞきしごくに付町中引廻ひきまはしの上獄門
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
たくみは何よりそれがよい。それでは、お園の旧夫おつととやらを、お前が巧手たくみに取込んで。お園を
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
何でもよこしまな心を起し、一にでかく儲けべいと思って人の物を貪るような事をしちゃアいけねえ、随分でか投機やまたくんでやれば金が出来べいが、其の金は何うしても身に附いてはいねえ
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ところがこの晩はいつもと違っていた。鬼瓦と呼ばれて有名な盤台面ばんだいづらが一向怖くない。父親の前へ出てこんなに平気でいられるのは初めてだった。心にたくむところがあると、兎角悪びれる。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「ほろ/\と椿こぼれて雨かすむ巨勢こぜの春野に雉子なくなり」という歌は、美しいことは美しいけれども、大和絵風の繊麗にした傾がある。茎立つ麦に啼く雉子のたくまざるにかぬような気がする。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
心掛候に付きへだて候へども伊豆守御役宅に於て天一坊樣御面部をひそかに拜し奉りしに御目とほゝの間に凶相きようさうあり存外ぞんぐわいなるたくみあるの相にて又眼中がんちう赤筋あかすぢあつひとみ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
添寝の夢も、まどかには、結びかねたるこの頃に、深いたくみの紅葉狩。かりに行て来て、帰るさの、道はさながら鬼女の相。心の角を押隠す、繻珍の傘や、塗下駄に、しやなりしやなりとしなつくる。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
しかしそうと分ってみても、いみじくも此方の心を見抜いてお虎子まるにこれだけの趣向をらし、男を悩殺するようなことをたくむとは、何と云う機智にけた女か、矢張やはり彼女は尋常の人ではあり得ない
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
く春を詠歎する心持をたくまずに現わしていた。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)