媚態びたい)” の例文
この歌は、額田王が皇太子大海人皇子にむかい、対詠的にいっているので、濃やかな情緒に伴う、甘美な媚態びたいをも感じ得るのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
突襟つきえりのうしろ口になり、頸の附根を真っ白く富士山形に覗かせて誇張した媚態びたいを示す物々しさに較べて、帯の下の腰つきから裾は
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いささうらめしそうな態度にも見えたが、しかし私はソレを彼女独特の無邪気な媚態びたいの一種と解釈していたので格別不思議に思わなかった。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わざとする媚態びたいがあるというが、それは、多くのものに、よろこばせたい優しみを、とる方がそうとりちがえたのではないか。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そうしてまだ粉飾や媚態びたいによって自然を隠蔽いんぺいしない生地きじ相貌そうぼうの収集され展観されている場所にしくものはないようである。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかしこの黄文炳こうぶんぺいの評判はすこぶるよくない。多少の学をはなにかけ、下の者にはふんぞり返り、上には媚態びたいおくめんなしという型の男である。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
周囲は黒い女ばかりの所へ、マルガリットは白い中でも美人である。要求と媚態びたいに、みな争って金を借すようになった。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
瑠璃子の処女のごとつつましく娼婦しょうふの如く大胆な媚態びたいに、心を奪われてしまった勝平は、自分の答がう云うことを約束しているかも考えずに答えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
媚態びたいもなく虚栄心もない善良な少女で、クリストフがやって来たころまでは、自分が醜いということに気づきもせず、それを気にしてもいなかった。
媚態びたい」といい、「意気地いきじ」といい、「あきらめ」といい、これらの概念は「いき」の部分ではなくて契機に過ぎない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
これなん當時たうじ國色こくしよく大將軍梁冀たいしやうぐんりやうきつま孫壽夫人そんじゆふじん一流いちりう媚態びたいよりでて、天下てんかあまねく、狹土けふど邊鄙へんぴおよびたるなり
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
翌る朝の辰刻半いつつはん(九時)頃、その時はもうお専は、すっかり元気を取戻し、日頃の媚態びたいへ輪をかけたような表情で、事細かに昨夜の一らつを話してくれました。
その容姿に何処どこということなく妙になまめいた媚態びたいのあったのを子供心に私は感づいていて、その人を自分の母だと思うことが何んとなく気恥しかったのであろう。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
可憐かれんでおおように見えながら媚態びたいの備わったのが彼女である、宮のお相手には全く似合わしいものであるから、すべて今からお譲りしてしまいたい気も薫はしたが
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そういう場合の彼女の媚態びたいが、常よりも一層神経的でもあり煽情的せんじょうてきでもあって、嫉妬と混ざり合った憎悪と愛着の念が、彼を一種の不健康な慾情に駆り立てたからで
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
無思慮。ひとり合点。意識せぬ冷酷。無恥厚顔。吝嗇りんしょく。打算。相手かまわぬ媚態びたい。ばかな自惚うぬぼれ。その他、女性のあらゆる悪徳を心得ているつもりでいたのであります。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼は涙ぐみて身をふるわせたり。その見上げたるまみには、人にいなとはいわせぬ媚態びたいあり。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ぼくは、びっくり敗亡、飛ぶようにして自分の船室に逃げ帰りましたが、内田さんの小首をかしげた横坐りの姿は、可愛かわいねこのような魅力みりょく媚態びたいあふれていて、ながく心に残りました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
沼南の味も率気そっけもないなしじるのような政治論には余り感服しなかった上に、其処此処そこここで見掛けた夫人の顰蹙すべき娼婦的媚態びたいが妨げをして、沼南に対してもまた余りイイ感じを持たないで
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
岡本の媚態びたいのこと。どうしてこんな風になるのだろう。とても苦しい。
媚態びたいをせよとはいわぬが、好きなひとの前では、おのずから媚態をなし、声もやさしくなるものだ。料理においても、吸いもの一つ作っても、真心さえあれば水くさくともいいというものではない。
筆にも口にもつくす (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
もし慈悲と救いをあからさまに意識し、おまえ達をあわれみ導いてやるぞと云った思いが微塵みじんでもあったならばどうか。表情はたちまち誇示的になるか教説的になるか、さもなくば媚態びたいと化すであろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ゆれこぼれんばかりの媚態びたいを作つてうなづくのであつた。
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
貴族的な義務からくる媚態びたいをおびて。
命松丸がカユわんを下においてき込むと、雀は、彼の肩から兼好の肩へピラと移って、餌をネダるような媚態びたいを作る。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女が彼女のサロンで多くの異性に取囲まれながら、あの悩ましき媚態びたいを惜しげもなく、示しているかと思うと、自分の心は、夜の如く暗くなってしまう。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
菱屋が沒落してから三年、江戸を外にして放浪して歩いて、艱難と貧苦とが、この女から大店おほだなの娘らしい上品さを奪つて、媚態びたいと下品さだけを殘したのでせう。
むしろ近付いたら却って興醒めのしそうな懸念もある遠見のよさそうな媚態びたいがこの山には少しあった。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「旅ゆく」はいよいよ京へお帰りになることで、名残を惜しむのである。情緒が纏綿てんめんとしているのは、必ずしも職業的にのみこの媚態びたいを示すのではなかったであろう。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
近松秋江ちかまつしゅうこうの『意気なこと』という短篇小説は「女を囲う」ことに関している。そうして異性間の尋常ならざる交渉は媚態びたいの皆無を前提としては成立を想像することができない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
親戚しんせきたのむべきものもない媼は、かねて棺材まで準備していたので、玄機は送葬の事を計らって遣った。その跡へ緑翹りょくぎょうと云う十八歳の婢が来た。顔は美しくはないが、聡慧そうけい媚態びたいがあった。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして、その惧れも消えたので、近来はまたそろそろ、高氏へ媚態びたいを呈して来ているものと、右馬介はにらんでいる。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女が彼女のサロンで多くの異性に取囲まれながら、あの悩ましき媚態びたいを惜しげもなく、示しているかと思うと、自分の心は、夜の如く暗くなってしまう。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
フランクの音楽が地味で、知的で、無用の媚態びたいを持たなかったために、一般人は言うまでもなく、当時の楽壇人も、これを理解するに至らなかったのであろう。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
ほんものゝ植物以上に生々と浮き出てゐる草花が染付けられてゐる鉄辰砂しんしゃの水差や、てのひらの中に握り隠せるほどの大きさの中に、恋も、嘆きも、男女の媚態びたいも大まかに現はれてゐる芥子けし人形や
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
この際、長く引いて発音した部分と、急に言い切った部分とに、言葉のリズムの上の二元的対立が存在し、かつ、この二元的対立が「いき」のうちの媚態びたいの二元性の客観的表現と解される。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
野中にみえる一本の喬木きょうぼくの根へ、百は、女のからだをしばりつけた。お稲は、媚態びたいと狂態のかぎりをつくして、百に、命をたすけてくれと泣いてさけんだ。
野槌の百 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
菱屋が没落してから三年、江戸を外にして放浪して歩いて、艱難かんなんと貧苦とが、この女から大店おおだなの娘らしい上品さを奪って、媚態びたいと下品さだけを残したのでしょう。
六歳にして、すでに女らしい媚態びたいを持つ、おませなモダンガールの美智子である。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
わたくしは得たりかしこしと、女の持つ媚態びたい、女の持つ技巧を次々と繰り出させ
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
信長の逆境であった時代——これはいかんと早くも見限みきりをつけて、羽振りのよい今川義元のほうへひそかに媚態びたいを送って、軍事的な盟約をむすんでおいた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この上品で淋しくさへある内儀に、こんな素晴らしい媚態びたいのあることは、錢形平次にも豫想外でした。
夫人としては、自分の媚態びたいが、男性にどんな影響を及ぼしそのために男性の眼に、どんな熱情が浮び、どんな不安が浮び、どんな哀願が浮ぶかを見ることが、楽しい刺戟であるらしかった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
頸の附根を真っ白く富士形に覗かせて誇張した媚態びたいを示す物々しさに較べて、帯の下の腰つきから裾は、一本花のように急にげていて味もそっけもない少女のままなのを異様に眺めながら
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
たまッたものではない、自分の女が、よその男の席へ出てかつて自分へしたような媚態びたいをほかへ売っているのだ。夜も眠れない。昼も不安で外へ行く気も出ない。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その全裸體の半面はやゝ登つた十三夜の明月に、青々と照し出され、あとの半面には、六つ七つの灯りを明々と浴びて、それは實にたとへやうもなく凄まじい媚態びたいです。
どうかしたらお近のいやしい媚態びたいと、その恥を知らない態度に、中年過ぎの女らしい激しい憎惡を感じてゐたのが、はゞかる者がなくなつて、いつぺんに爆發したのでせう。
孟獲夫妻は善を尽し美を尽して三日間の饗宴を続け、あらゆる媚態びたいと条件を附して、木鹿もくろくの歓心を得るに努めた。大王のご機嫌は斜めならず、ようやく着城四日目に
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
王子のお滝という、名題の女巾着切きんちゃくきり、二十四五の豊満な肉体と、爛熟らんじゅくし切った媚態びたいとで、重なる悪事をカムフラージュして行く、その道では知らぬ者のない大姐御おおあねごです。
甲州の勢いも、はや落日の褪色たいしょくをあらわして来たではないか。——われから求めもせぬ質子ちしを、送りかえして来たことは、われに寄せる甲州の媚態びたいでなくて何であろうぞ。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)