“大尉(たいゐ)” の例文
読みて大尉(たいゐ)の壮行(さうかう)と予(われ)も共(とも)にするの感あり、其(そ)は此日(このひ)より後(のち)の事(こと)にして、予(よ)は此日(このひ)只一人(たゞひとり)嬉(うれ)しくて、ボンヤリとなり、社員にも辞(じ)せず
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
『脛押(すねおし)か。』と轟大尉(とゞろきたいゐ)は顏(かほ)を顰(しか)めたが、負(ま)けぬ氣(き)の大尉(たいゐ)、何程(なにほど)の事(こと)やあらんと同(おな)じく毛脛(けずね)を現(あら)はして、一押(ひとおし)押(お)したが、『あ痛(い)た、たゝゝゝ。』と後(うしろ)へ飛退(とびの)いて
其(それ)も其筈(そのはづ)、実家(さと)は生計向(くらしむき)も豊(ゆた)かに、家柄(いへがら)も相当(さうたう)に高(たか)く、今年(ことし)五十幾許(いくつ)かの父(ちゝ)は去年(きよねん)まで農商務省(のうしやうむしやう)の官吏(くわんり)を勤(つと)め、嫡子(ちやくし)は海軍(かいぐん)の大尉(たいゐ)で、今(いま)朝日艦(あさひかん)に乗組(のりく)んで居(を)り、光子(みつこ)は唯(たつ)た一人(ひとり)の其妹(そのいまうと)として
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
神(かみ)の使(つかひ)であつたらう、この鳥(とり)がないと、民子(たみこ)は夫(をつと)にも逢(あ)へず、其(そ)の看護(みとり)も出來(でき)ず、且(か)つやがて大尉(たいゐ)に昇進(しようしん)した少尉(せうゐ)の榮(さかえ)を見(み)ることもならず、與曾平(よそべい)の喜顏(よろこびがほ)にも、再會(さいくわい)することが出來(でき)なかつたのである。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ブラ/\と面白(おもしろ)き空想を伴(つれ)にして堤(どて)を北頭(きたがしら)に膝栗毛(ひざくりげ)を歩(あゆ)ませながら、見送(みおく)り果(はて)てドヤ/\と帰る人々が大尉(たいゐ)の年(とし)は幾(いく)つならんの、何処(いづこ)の出生(しゆつしやう)ならんの、或(あるひ)は短艇(ボート)の事(こと)
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
西(にし)も東(ひがし)も果(はて)しなき大洋(たいやう)の面(めん)では、荒浪(あらなみ)騷(さわ)ぎ、艇(てい)跳(をど)つて、とても仔細(こま)かい話(はなし)などは出來(でき)ない、かく言(い)ふ間(ま)も巨濤(おほなみ)は、舷(げん)に碎(くだ)けて艇(てい)覆(くつがへ)らんとす、大尉(たいゐ)舵(ラタ)をば右方(うほう)に廻(まは)し、『進(すゝめ)!。』の一聲(いつせい)。
其方(そのかた)さして歩(あゆ)む人は皆(みな)大尉(たいゐ)の行(かう)を送るの人なるべし、両国橋(りやうごくばし)にさしかゝりしは午前七時三十分、早(は)や橋の北側(きたがは)は人垣(ひとがき)と立(たち)つどひ、川上(かはかみ)はるかに見やりて、翠(みどり)かすむ筑波(つくば)の山も
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
水煙(すいゑん)は飛(と)ぶ、逆浪(さかなみ)は打込(うちこ)む、見上(みあ)ぐる舷門(げんもん)の邊(ほとり)、「ブルワーク」のほとり、士官(しくわん)、水兵(すいへい)頻(しき)りに叫(さけ)んで、我(わ)が艇尾(ていび)の大尉(たいゐ)は舵(ラタ)の柄(え)を碎(くだ)けんばかりに握(にぎ)り詰(つ)めて、奈落(ならく)に落(お)ち、天空(てんくう)に舞(ま)ひ