咆哮ほうこう)” の例文
しかし喧騒、咆哮ほうこうは、よく反響する絶壁に当って、何倍にもされながら、たかまりひろがり、眩惑げんわく的な狂気にまでふくれあがった。
風雨の咆哮ほうこうをうち消すように、ぶきみな地鳴りが起こり、非常な圧力をもった黒い山のようなものが、二人のうしろへ轟々ごうごうと押し寄せた。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さも精悍せいかんな一匹の虎が、狭い鉄棒のあいだを、ノソリノソリ、往ったり来たりしながら、時々「ウオー」とすさまじい咆哮ほうこうを発している。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ふかい春眠の霞をぬいで、山も水も鮮やかに明け放れてはいるが、夜来の殲滅戦せんめつせんは、まだ河むこうに、大量な人物をいて咆哮ほうこうしていた。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一声高く咆哮ほうこうしておどり上がりおどり上がると、だだっ子の兵児帯へこおびがほどけるように大蛇の巻き線がゆるみほぐれてしまう。
自己の劃したる檻内かんない咆哮ほうこうして、互にみ合う術は心得ている。一歩でも檻外に向って社会的に同類全体の地位を高めようとは考えていない。
文芸委員は何をするか (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮ほうこうしたかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
かくの如く長崎の港門は、むしろ外舶に対して狭窄きょうさくとなりたるにかかわらず、我が辺海の波濤は、頻年ひんねん何となく咆哮ほうこうして、我が四境しきょうの内にとどろけり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
かのいはほの頭上にそびゆるあたりに到れば、谿たに急に激折して、水これが為に鼓怒こどし、咆哮ほうこうし、噴薄激盪げきとうして、奔馬ほんばの乱れきそふが如し。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
猛獣は、ものすごい声をあげて咆哮ほうこうする。どれもこれも、腹がへっているらしい。この咆哮につれて、檣の下には刻々と猛獣の数がえてゆく。
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、同時に封生の体は跳りあがって、咆哮ほうこうする声が四辺の空気をふるわした。杜陽は後ろへひっくりかえった。獣の咆哮するような声がまた起った。
陳宝祠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
機械が空気を喝散かっさんする音、野性が自然に向って咆哮ほうこうする声を聞くことは二人の心身を軽くした。プラトニックな愛。葛岡はこういう言葉も覚えて。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
象軍は、耳をろうする様な咆哮ほうこうを立てて、長い鼻を巻き上げながら、肉の厚い赤く湿った口をくわっと開くのであった。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
その上、強大な武力は明らかに示され、大砲は咆哮ほうこうし始めていた。それで軍隊は一挙に防寨におどりかかった。今は憤激もかえって妙手段であった。
千の雪崩の音、魔神の咆哮ほうこうと——僕が報告に書いたがね。それは、この開口をのぼった間近で合している二つの氷河の、右側のを吹きおろす大烈風だ。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
咆哮ほうこうし終ってマットン博士は卓を打ち式場を見廻みまわしました。満場しんとして声もなかったのです。博士は続けました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
なんじに筧の水の幽韻ゆういんはない。雪氷をかした山川の清冽せいれつは無い。瀑布ばくふ咆哮ほうこうは無い。大河の溶々ようようは無い。大海の汪洋おうようは無い。儞は謙遜な農家の友である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
突然、彼は大声でサイレンのように咆哮ほうこうした。立ち上ると、手足を突っぱるようにして奇妙な踊りをはじめた。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
その凄まじい格闘の中で、さっきから檻の中を行ったり来たりして猛っていたマフチャズが、突然ウォーと烈しい咆哮ほうこうを挙げて檻の鉄棒を掴んで揺すぶった。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
おおかみであろうか。熊であろうか。しかし、ながい旅路の疲れから、私はかえって大胆になっていた。私はこういう咆哮ほうこうをさえ気にかけず島をめぐり歩いたのである。
猿ヶ島 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その絶壁の陰鬱いんうつな感じは、永遠に咆哮ほうこうし号叫しながら、それにぶつかって白いものすごい波頭を高くあげている寄波よせなみのために、いっそう強くされているばかりであった。
政宗だとて何で一旦関白面前に出た上で、また今更にきばをむき出し毛を逆立てて咆哮ほうこうしようやである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
平次は思わず呶鳴どなりました。かなたこなたに寝ていた下女どもは平次の声と、焔の咆哮ほうこうに驚いて
ものすごい咆哮ほうこうは、かなたの森のやみの底からひろがってくる、猟犬りょうけんフハンはむっくとおきて憤怒ふんぬのきばをならし、とびさろうとするのをゴルドンはやっとおさえつけた。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
怒濤の咆哮ほうこう。風の号泣ごうきゅう。海鳥の叫声。火を噴く山。それから、岩に獅噛しがみついたわずかばかりの羊歯と腕足類カマロフォリヤ。そのほかに、何ひとつない、地底の海の、荒涼たる孤独の島。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
波浪が舷側げんそくをどうっとばかり流れてゆき、まさに耳もとで咆哮ほうこうするのを聞くと、あたかも死神がこの水に浮んでいる牢獄ろうごくのまわりで怒り狂い、獲物をもとめているような気がした。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
あるいはそれらのものの眠りを和らげ、また河波の響きのままにみずからもうとうとしてるかと思われる。あるいはみつこうとて狂い回ってる野獣のように、いらだち咆哮ほうこうする。
その頃から空が曇り、浪が高く海岸に咆哮ほうこうして、本当の大暴風おおあらしとなって来ました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
その浮々した歓楽と、外の暗い冬の海の咆哮ほうこうとを対照して、伸子は鋭く感じた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
河身を見れば濁水巨巌きょがん咆哮ほうこうしてまさしく天にみなぎるの有様、方等般若ほうとうはんにゃの滝もあったものにあらず、濁り水が汚なく絶壁を落つるに過ぎない。中の茶屋で昼食ちゅうじき。出かけるとまたもや烈風強雨。
大変、いったいなんとした叫び声だろう! こんな不自然な物音や、こんな咆哮ほうこうや、悲鳴や、歯がみや、哀泣あいきゅうや、乱打や、罵詈雑言ばりぞうごんは、いままでついぞ一度も聞いたことも、見たこともない。
人為では、とてもそんな真似は覚束おぼつかない、平生へいぜい名利のちまた咆哮ほうこうしている時は、かかる念慮は起らない、が一朝塵界じんかいを脱して一万尺以上もある天上に来ると、吾人の精神状態は従って変ると見える。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
ラジオの拡声機かくせいきで聞く猛獣の咆哮ほうこうのようだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いやここばかりでなく、乱闘乱戦、さながら野獣群の咆哮ほうこうとなった。誰か一人が小屋へ火を放つ。その炎と黒煙も双方の殺伐を煽り立てた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
栄二が眼をさますと、部屋の中はまっ暗で、起きだしたみんなのざわめきと、風のすさまじい咆哮ほうこうとが耳におそいかかった。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その物凄い咆哮ほうこうするかのように、流れるような雨脚とともに、雷鳴は次第次第に天地の間に勢を募らせていった。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
無気味な咆哮ほうこうと意味をなさぬわめき声が入れまじり、三つのからだがともえに乱れて、床板の上をころげまわった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「わかりました。電車通りを探します」てなわけで私はもっと咆哮ほうこうしてくれようと思ったが、しかしこれ以上咆哮して私の溜飲が下った途端、お気の毒ですが
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
すると、この森閑とした死の境域へ、どこか遠くでしている咆哮ほうこうが聴えてきた。それが、近くもならず遠くもならず、じつにもの悲しげにいつまでも続いている。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
けれども間もなくまったくの夜になりました。空のあっちでもこっちでも、かなみり素敵すてきに大きな咆哮ほうこうをやり、電光のせわしいことはまるで夜の大空の意識いしき明滅めいめつのようでした。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
何坪何合のうちで自由をほしいままにしたものが、この鉄柵外にも自由を擅にしたくなるのは自然のいきおいである。あわれむべき文明の国民は日夜にこの鉄柵にみついて咆哮ほうこうしている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
思わず、けだもののような咆哮ほうこうが腹の底から噴出した。一本の外国煙草がひと一人の命と立派に同じ価格でもって交換されたという物語。私の場合、まさにそれであった。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ジャン・ヴァルジャンと向き合って馬車の中にいた間に、幾度となく法のとらは彼のうちに咆哮ほうこうした。幾度となく彼はジャン・ヴァルジャンの上に飛びかかりたい念に駆られた。
尾を引いた「U」の音をもつ一定した咆哮ほうこうで、そのすべてが、低いはとの鳴声のような、むやみとしつっこい笛の音でつづられ、身の毛のよだつほど甘美にひびき勝たれている。
三日目にようやく泣声がやむと、今度は猛烈な罵声が之に代った。口惜し涙の下に二昼夜の間沈潜していた嫉妬と憤怒とが、今や、すさまじい咆哮ほうこうとなって弱き夫の上に炸裂したのである。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
彼は獣どもを咆哮ほうこうさせるために、そして内心の動物園の豊富さをいっそうよく感ずるために、むちを響かせて非常に喜んでいた。彼は孤独ではなかった。孤独になるの恐れはさらになかった。
下の方で何だか恐ろしく大きな声で咆哮ほうこうしている人がある事に気が付いていたが、席が定まってからよく見ると、それは正面の高い壇の中壇のような処に立って何事か演説している人の声であった。
議会の印象 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
このときまたもや、おそろしい咆哮ほうこうの声がきこえた。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
女の悲鳴と焔の咆哮ほうこうと、血潮と、水と、火と。
海上からは尊氏の数千ぞうの兵船、陸地から直義ただよしの万余の兵。むかしの兵庫沖から須磨口から、今日の烈風のごとく、咆哮ほうこうして来たことだろう。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)