“出立(いでた)” の例文
あはれ新婚(しんこん)の式(しき)を擧(あ)げて、一年(ひとゝせ)の衾(ふすま)暖(あたゝ)かならず、戰地(せんち)に向(むか)つて出立(いでた)つた折(をり)には、忍(しの)んで泣(な)かなかつたのも、嬉涙(うれしなみだ)に暮(く)れたのであつた。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
真女児は、「我身稚(おさなき)より、人おおき所、或(あるい)は道の長手(ながて)をあゆみては、必ず気のぼりてくるしき病(やまい)あれば、従駕(とも)にぞ出立(いでた)ちはべらぬぞいと憂(うれた)けれ」
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
山朸のさきには鎌(かま)をゆわえ、それにオコノコという長い荷繩をそえてかたげているのが、作男(さくおとこ)や小百姓(こびゃくしょう)の常の出立(いでた)ちであったともいわれている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
われ等は拿破里を出立(いでた)ちたり。葡萄栽ゑたる丘陵は見る/\烟雲の間に沒せり。一行は羅馬に向ひて行くこと四日なりき。
みんな出立(いでた)ちは甲斐々々(かいがい)しく、ラウドスピイカアも、「これより、オリムピック・クルウの独漕(どくそう)があります」と華々(はなばな)しく放送してくれたのでしたが
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
我は汝の淑女がヴィルジリオを出立(いでた)ゝしめし處にありて、四千三百二年の間この集會(つどひ)を慕ひたり 一一八—一二〇
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
いわゆる黒鴨出立(いでた)ちであった。体のこなし、声の調子、どうでも年は三十七八、そういう武士が立っていた。
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
折から通りかゝった二人の女性は殊に大胆な新型のワンピースに出立(いでた)って官憲の許す限りを露出していた。それが新太郎君にニッコリと目礼して行き過ぎた。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
楠公(なんこう)へでも行くべしとて出立(いでた)たんとせしがまてしばし余は名古屋にて一泊すれども岡崎氏は直行なれば手荷物はやはり別にすべしとて再び切符の切り換えを求む。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
刺青(ほりもの)だらけの舁夫(かごや)が三枚で飛ばして参り、路地口へ駕籠を下(おろ)し、あおりを揚げると中から出たのはお久で、昨日(きのう)に変る今日(きょう)の出立(いでた)ち、立派になって駕籠の中より出ながら
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そこで在京日数およそ二百日の後、余は空しくまた京都に逆戻りと決し、六月何日に根岸庵を出て木曾路を取ることに極(き)めた。古びた洋服に菅笠、草鞋(わらじ)、脚絆(きゃはん)という出立(いでた)ち。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかし東京の大火の煙は田端(たばた)の空さへ濁(にご)らせてゐる。野口君もけふは元禄袖(げんろくそで)の紗(しや)の羽織などは着用してゐない。何(なん)だか火事頭巾(づきん)の如きものに雲龍(うんりゆう)の刺(さし)つ子(こ)と云ふ出立(いでた)ちである。
近い道を物詣(ものまい)りにでも歩くのなら、ふさわしくも見えそうな一群れであるが、笠(かさ)やら杖(つえ)やらかいがいしい出立(いでた)ちをしているのが、誰の目にも珍らしく、また気の毒に感ぜられるのである。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
これより出立(いでた)ちまする。父君の御遺訓、母うえが日常の御庭訓(ていきん)、御旗(みはた)に生かして翻(ひるがえ)す日は今です。ふたたび、お膝の許に、正行が身、生きては還りますまい。長いお愛(いつく)しみ、死してもわすれませぬ。
日本名婦伝:大楠公夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
相川青年は、今夜は態(わざ)と制服をさけて、黒っぽい背広に黒ソフトという出立(いでた)ちであったが、その黒い影が、公園を通りぬけ、桜木町から谷中の墓地へと、さも刑事探偵といった恰好(かっこう)で、歩いて行った。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
本望を遂げるのは、今からではどうしても夕刻だ、或(ある)いは夜に入るかも知れないと思われた。しかし急いで七日町を出た。慎九郎もきいも、身軽に出立(いでた)っていた、植木才蔵も助太刀の用意をしていた。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
岡山公園なる観楓閣(かんぷうかく)指して出立(いでた)つ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
これが出来上った時、しかも玉虫色の皆絹裏(かいきうら)がサヤサヤと四辺(あたり)を払って、と、出立(いでた)った処は出来(でか)したが、懐中空(むな)しゅうして行処(ゆくところ)がない。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かくてかの父たり師たりし者は己が戀人及びはや卑(いや)しき紐(ひも)を帶とせし家族(やから)とともに出立(いでた)てり 八五—八七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
その証拠には同時代の人物——たとへば大阪五奉行の一人、長束大蔵(ながつかおほくら)の少輔正家(せうゆうまさいへ)を岩見重太郎と比べて見るが好い。武者修業の出立(いでた)ちをした重太郎の姿はありありと眼の前に浮んで来る。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それより相川の養子となり、其の筋へ養子の届をして、一人前(ひとりまえ)の立派な侍に出立(いでた)って往来すれば、途中で人足などに馬鹿にもされず宜(よ)かろうから、何(ど)うぞ家内だけの祝言を聞済んでください
台所に杯盤(はいばん)の音、戸口に見送りの人声、はや出立(いでた)たんと吸物の前にすわれば床の間の三宝(さんぽう)に枳殻(からたち)飾りし親の情先ず有難(ありがた)く、この枳殻誤って足にかけたれば取りかえてよと云う人の情もうれし。盃一順。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
其詞つきの、唯だ假初(かりそめ)の旅路抔(など)に出立(いでた)ち給ふにかはらぬぞ、なか/\に哀なりける。アントニオに暇乞(いとまごひ)せずやといふは、フアビアニ公子の聲なり。坐上にて、獨り此君のみは面に憂の色を帶び給へり。
何と、足許(あしもと)の草へ鎌首が出たように、立すくみになったのは、薩摩絣(さつまがすり)の単衣(ひとえ)、藍鼠(あいねずみ)無地の絽(ろ)の羽織で、身軽に出立(いでた)った、都会かららしい、旅の客。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其の昔、駕籠訴をいたします者は何(いず)れも身軽に出立(いでた)ちまして、お駕籠脇の隙(すき)を窺(うかゞ)い、右の手に願書を捧げ、左手(ゆんで)でお駕籠に縋(すが)るのでございますから、時に依ると簾を突破(つきやぶ)ることがございます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
すらすらと歩を移し、露を払った篠懸(すずかけ)や、兜巾(ときん)の装(よそおい)は、弁慶よりも、判官(ほうがん)に、むしろ新中納言が山伏に出立(いでた)った凄味(すごみ)があって、且つ色白に美しい。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝から見物に出掛けた……この初阪とは、伝え聞く、富士、浅間、大山、筑波(つくば)、はじめて、出立(いでた)つを初山と称(とな)うるに傚(なら)って、大阪の地へ初見参(ういけんざん)という意味である。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
出立(いでた)つ時(とき)、私(わたし)は、納戸(なんど)のその鍋(なべ)をさしてきいた。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)