一目いちもく)” の例文
クリームの色はちょっとやわらかだが、少し重苦しい。ジェリは、一目いちもく宝石のように見えるが、ぶるぶるふるえて、羊羹ほどの重味がない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かなりな酒好きで、多少の道楽はしたようだが、どこまでもやさしい心の持ち主だった父は、私の母には常に一目いちもく置いていたようである。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
林右衛門は、家老と云っても、実は本家の板倉式部いたくらしきぶから、附人つけびととして来ているので、修理も彼には、日頃から一目いちもく置いていた。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その百姓に対して、彼は一目いちもくも二目も置いたような卑下ひげした態度を取っている。どっちからいっても、よくよくおとなしい可愛い男だと次郎左衛門は思った。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それでもすつかり手拭てぬぐひまへまでつて、いかにもおもつたらしく、ちよつとはな手拭てぬぐひしつけて、それからいそいでめて、一目いちもくさんにかへつてきました。
鹿踊りのはじまり (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
このような魔術的手腕のみは、ほとほと自分にも真似ができぬものと、師直も彼には一目いちもくおいていた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其処そこで一同は、互にいましめ合って、家を出てその提燈の行衛ゆくえを追うて行った。皓々こうこうとして、白雪に月の冴え渡った広野は、二里も三里も一目いちもくに見えるように薄青く明るかった。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それに家柄いえがらも相当で、上層社会に知人が多く、士官学校の同期生や先輩せんぱいで将官級になった人たちでも、かれには一目いちもくおいているといったふうがあり、また政変の時などには
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
今もそうで、旅のうらない師というこの若い女を引き入れているところへ、ちょっと一目いちもくおかなければならない玄心斎の白髪あたまが、ぬうっと出たので、源三郎、ちゅうぱらだ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
旦那様は随分他人ひとにはひどくおあたりになりましても、貴嬢あなたさまばかりには一目いちもく置いていらしたのが、の晩の御剣幕たら何事で御座います、父子おやこの縁も今夜限だと大きな声をなすつて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
その才物さいぶつなるは一目いちもく瞭然りょうぜんたることにて、実に目より鼻へ抜ける人とはかかる人をやいうならん、惜しいかな、人道以外に堕落だらくして、同じく人倫じんりん破壊者の一人いちにんなりしよし聞きし時は
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
だが、「旦那」の看守が俺に一目いちもくおいたとなると、みなは途端に小さくなってしまった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
いずれにしても、酔眼に人なき道庵も、一休禅師には一目いちもくぐらいは置いているらしい。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と思っていた清盛だったが、わが子とはいえ、一目いちもくおいている上に、その礼儀正しさと、慈悲深さは定評のある男であり、会ったとたんに清盛は、自分の格好が恥ずかしくなってきた。
しかるにさすがのお師匠さんもおれには一目いちもく置いているなどと云いらしことに佐助を軽蔑けいべつして彼の代稽古を嫌いお師匠さんの教授でなければ治まらずだんだん増長する様子に春琴も癇癖かんぺき
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それでも一座は事務長には一目いちもく置いているらしく、また事務長と葉子との関係も、事務長から残らず聞かされている様子だった。葉子はそういう人たちの間にあるのを結句気安く思った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「そんなことはないだろう。僕には一目いちもくいて、英語の質問をするもの」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ソレ故一寸ちょい一目いちもく見た所では——今までの話だけをきいた所では、如何いかにも学問どころの事ではなくただワイ/\して居たのかと人が思うでありましょうが、其処そこの一段に至ては決してうでない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜
お伽草紙 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
「君のようなせわしない男と碁を打つのは苦痛だよ。考える暇も何もありゃしない。仕方がないから、ここへ一目いちもく入れてにしておこう」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おとわも勿論素直すなおに云うことをく筈はありませんが、旦那の喜兵衛も一目いちもく置いているような変な奴にみこまれて、怖いのが半分でまあ往生してしまったんでしょう。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
なぜならば、日一日と、彼は藤吉郎に対して、その智略にも度量にも、尊敬を増して、自分以上のうつわと信じ、人間的に、今では自分より一目いちもくも二目も上に見ているからであった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その文にいわく(中略)貴嬢の朝鮮事件にくみして一死をなげうたんとせるの心意を察するに、葉石との交情旧の如くならず、他に婚を求むるも容貌ようぼう醜矮しゅうわい突額とつがく短鼻たんび一目いちもく鬼女きじょ怪物かいぶつことならねば
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
そんな風に、奥さんの方でも御主人の亡くなられた跡はともすると爺やに一目いちもく置いているように見えましたが、それは一つには爺やにやるものを殆どやらずにいたからでもあったのでしょう。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
清さんの百成清一郎は俺に対していつも一目いちもくおいた口のきき方をしていたが、金原はそうでない。そうでない金原がそれなりに俺には、反対に俺を妙に立てていた朝倉と同じように気に入っていた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊稱を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜
お伽草紙 (旧字旧仮名) / 太宰治(著)
そうして済まねえと言って一目いちもく置く。
長蔵さんは教育のある男ではあるまいが、自分の風体ふうていを見て一目いちもくかたるべからずと看破するには教育も何もったものではない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「はははは、そうでもない。わしは無学だ、お身は学識がある。わしは野からえた人間だ。お身は菩提山ぼだいさんの城主の子だ。そういったような差かなあ。——何となく一目いちもくけるよ」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少しく支那小説を研究なされた方々には一目いちもく瞭然であろうと考えられます。
民衆は、これに一目いちもくをおくのだから、こたえられまい。
如是我聞 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いわゆる因果法と云うものはただ今までがこうであったと云う事を一目いちもくに見せるための索引に過ぎんので、便利ではあるが
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
憎みながらそれには一目いちもくおいておりますので
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
窓から眺める時はどこに何がいるか、一目いちもく明瞭に見渡す事が出来るが、よしや敵を幾人いくたり見出したからと云って捕える訳には行かぬ。ただ窓の格子こうしの中から叱りつけるばかりである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はすに延ばして負けにけりか、そんならこっちはと——こっちは——こっちはこっちはとて暮れにけりと、どうもいい手がないね。君もう一返打たしてやるから勝手なところへ一目いちもく打ちたまえ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
隻手を挙ぐれば隻手を失い、一目いちもくうごかせば一目をびょうす。手と目とをそこのうて、しかも第二者のごうは依然として変らぬ。のみか時々に刻々に深くなる。手をそでに、眼を閉ずるは恐るるのではない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)