齟齬そご)” の例文
阿賀妻は海に向いてくンと洟汁はなをかんだ。——だが、これも、移住を思いたった日からのさまざまな齟齬そごのうちの一つかも知れない。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
しかしこれらの心のいろいろのはたらきは必しも常に調和しているのではなく、その間に齟齬そごのあることがあり、時には衝突も生ずる。
いわゆる松陰が、「国に酬ゆる精忠十八歳、家をこぼつ貧士二十金」の一聯はこの事を指すなり。ここにおいて要駕策また齟齬そごせり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ところが政府の農業政策が、農村の現実と齟齬そごする程度が増すにつれてこの委員会の活動は不活溌にされ、現在は解体している。
今日の日本の文化問題 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
思いもよらざる事柄が飛び出して挫折ざせつしたわけでもないのだ。つまりは諸氏の望みと諸氏の用意との間に齟齬そごがあったのである。
換言すれば人間の心に関する知識の科学的系統化とその応用が進んでいないために起こる齟齬そごの結果ではないかとも考えられるのである。
科学と文学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
日本軍が上陸してから俄に違約を蒙つて齟齬そごを来しては重大だから、彼らの本心を見究めるため、自分らを先発させて欲しい。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
一切は大賀一味の逮捕たいほと、露顕ろけんによって齟齬そごしてしまった。のみならず、甲軍の方策は、早くも徳川方に読み抜かれてしまったわけである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明智小五郎という日本の名探偵の為に、僕の計画はすっかり齟齬そごしたけれど、僕は最後の土壇場で、あいつをこっぱ微塵に粉砕してやった。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
伯林ベルリンフィルハーモニーには感情の齟齬そごもなければ、気分のむらもなく、ばらばらの気持はかつて見られたことがないのである。
人を順良にせんとするの方便は、たまたまこれを詭激に導くの助けをなし、目的の齟齬そごする、これよりはなはだしきはなし。
経世の学、また講究すべし (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そんなことよりも法師丸は、昨夜あれ迄順調に運びながら、最後の瀬戸際で折角の計畫が齟齬そごしたのが残念でならなかった。
失策と齟齬そごを繰返すのを冷やかに見ていた……そういう見方をすれば、日常の質素な身なりも、控えめな挙措動作も、習慣のつまらぬ喰違いも
三十二刻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
が、しかしそのタチバナなる名称は全く名実が齟齬そごしていて昔タチバナと称したものは断じてこの品ではないのである。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
傾けるようになりました。よく口癖に申したりします。『事というのは齟齬そごするものだ。わしはこれからは我は張らぬよ』
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その飜訳料をもて本月の費用にあてんと思ひをりしに今は空だのめとなりしか、人事齟齬そご多し、覚えず一歎を発す。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
両公左右の□臣たれども才徳さいとく年齢ねんれい双璧さうへきをなさず、故に心齟齬そごして相くわせず。これ 菅神の讒毒ざんどく玉ふの張本ちやうぼんなり。
王子と、ラプンツェルの場合も、たしかに、その懐姙、出産を要因として、二人の間の愛情が齟齬そごきたした。たしかに、それは神の試みであったのである。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
候わば今日道通りの民家を焼払わしめ、明日は高清水を踏潰ふみつぶし候わん、と氏郷は云ったが、目論見もくろみ齟齬そごした政宗は無念さの余りに第二の一手を出して
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかして世に熟せず世の奥に貫かぬ心には、人生の不調子、不都合を見初める時に、初理想のはなは齟齬そごせるを感じ、想世界の風物何となく人を惨憺さんたんたらしむ。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうしたことから、お二人の計画は、全く齟齬そごしてしまったのでございます。私は時折、かような、いらぬ詮議だてをいたしました事を、悔む事がございます。
二人はときどき気持の些細ささい齟齬そごを感じ、たがいの愛情をもってしてもそれを避けることができなかった。
しかるに事は志と齟齬そごして、富井女史は故郷に帰るの不幸にえり。ついでに女史の履歴を述べて見ん。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
そうして人間にはこれと齟齬そごする病的な状態がある。即ち物を食べていながらこの事に熱中しがたくて食べている物の味を享楽することが出来ないような状態である。
母性偏重を排す (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
嬉笑きしょうにも相感じ怒罵どばにも相感じ、愉快適悦、不平煩悶はんもんにも相感じ、気が気に通じ心が心を喚起よびおこし決して齟齬そご扞格かんかくする者で無い、と今日が日まで文三は思っていたに
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
絶命時刻と齟齬そごしている脈動や呼吸などについては、まさに甲論乙駁おつばくの形で、わけても、易介が傴僂ポット病患者であるところから、その点に関した偏見が多いようだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
いろんな齟齬そごのうちに、富岡は、自分のからだをもてあましてしまつてゐる。別の人間として、再出発するには、もう一度、何処かへ場所を変つてみなければならないのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
唯僕は前に挙げた「伝記私言数則」の中に、「天みづから言はず、人をして言はしむ、されど人の声は、必ずしも天の声と一致せず、人の褒貶毀誉ほうへんきよは、数々しばしば天の公裁と齟齬そごす。 ...
大久保湖州 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「残酷って言うことを知らないからでしょう。」私の考えと、判事さんの話とは、少し齟齬そごするところがあった。私の考えでは、都会の人は神経が糜爛びらんしているように思えた。
帰途 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
新聞で宝石の紛失を知った賊は、岩見の所為と見たでしょう。そこで兇漢は彼の計画を齟齬そごせしめ、あの宝石を奪われたのを知った時、如何いかに之を取返そうと誓ったでしょう。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
欧州戦争の為に、出征、負傷、財産の減少、企業の中絶、凡ての計画が齟齬そごしてからは、已むを得ず、学生町で、下宿業などを始めるようになったが彼は到底商売人ではなかった。
二人のセルヴィヤ人 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
斯うして日米の間は自然につながれる。お馨さんは常に日米感情の齟齬そごを憂えて居る女であった。日米の親和を熱心に祈って居た女であった。其祈は聴かれて、彼女は米国に死んだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
短歌! あの短歌を作るということは、いうまでもなく叙上の心持と齟齬そごしている。
弓町より (新字新仮名) / 石川啄木(著)
初理想の甚だ齟齬そごせるを感じ、実世界の風物何となく人をして惨惻さんそくたらしむ。
厭世詩家と女性 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
啓司が話す勉強生活の齟齬そごの経験、何の種類にしろ女が一たんおのれの偽装を剥がれたと思う男には、もはや心置きなく又、逃さじと心を相手に身を捨てゝ心を通わして行くものであります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その目的と全く齟齬そごした仲間を、同志のうちに加えて行かねばならない——たとえば女子と小人とは養い難いものであるとも、結局は大人君子の背負物しょいものであって、度し難いものであるに拘らず
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
右様天下衆人之能存候よくぞんじそろ罪状有之者を誅戮ちゆうりく仕候事、実に報国赤心之者に御座候間、非常之御処置をもつて手を下し候者も死一等を被減候様仕度げんぜられそろやうつかまつりたく如斯かくのごとく申上候へば、先般天誅之儀に付彼此かれこれ申上候と齟齬そご
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
多年来たねんらい西洋の書をこうじて多少に得たるところのその知見ちけんも、今や始めて実物じつぶつに接して、おおい平生へいぜい思想しそう齟齬そごするものあり、また正しく符合ふごうするものもありて、これをようするに今度の航海は
ゆえに名称のために拘束せられてその信ずるところの真理を主張するあたわず、あるいは真理を主張してかえってその名称と齟齬そごするものあり。名を先にして実を後にす。ああまた奇なりと言うべし。
近時政論考 (新字新仮名) / 陸羯南(著)
彼は自分の計画の齟齬そごしなかったことに興味を覚えた。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
(何か、大事の企画が、齟齬そごしたのであろう)
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
計画の齟齬そごを知つた。彼はムカ/\とした。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
簡単な実験でも何遍も繰返すうちには四囲の状況は種々に変化するから、結果に多少の異同や齟齬そごを来すのは常の事である。
物理学実験の教授について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
けだしこの亡邸の一挙たる、彼が身世しんせい齟齬そごの第一着にして、彼れみずからその猛気を用いたる劈頭へきとうに加えたり。彼れ何故にかくの如き事を為せしか。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
岡崎の大賀おおが一味が裏切りの策も齟齬そごし、また、長篠の城内へ、信長の使いと偽って、誘降ゆうこうの矢文を射たが、それもまず失敗のかたちに終った。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人々は各々その好むところに従って任意にこの語を用いているようであり、従ってその間には往々齟齬そごし矛盾するところさえもありげに見える。
日本精神について (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
そのこれを給するや公共のめにも私の為めにも近く実利益を期するがごと胸算きょうさんにては、本来の目的に齟齬そごするものなり。
人生の楽事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それはワーロージャという青年が、自分の個人的な行動からその列車にのり組んだ仲間全体の計画を齟齬そごさせた責任を感じて、自殺しかけて失敗する。
広場 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
折角、彼が単身、敵の背後を襲って、屋根の上で賊を引捕えようとした計画が、すっかり齟齬そごしてしまったのだ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
両公左右の□臣たれども才徳さいとく年齢ねんれい双璧さうへきをなさず、故に心齟齬そごして相くわせず。これ 菅神の讒毒ざんどく玉ふの張本ちやうぼんなり。